MISSION 54. 制限はつきもの


 さて、唐突だがこのフルダイブVRMMOにおける【FAO】の世界設定は、国名が違うだけで現実の世界地図通りであり、地域や都市名は現実と一緒なことが多い。


「フロリダと言えば有名観光地、マイアミビーチに夢の国の総本山がある陽キャパリピが集うリア充天国だから爆撃してオッケってことだよね!」

『いきなり陰キャ爆裂させないでくれる? こっちは本気で捜索してんだから』


 怜悧な視線で刺してくる人工頭脳SBDのリリィは、スクリーン上にSモジュールの詳細、形状や大きさ、重量等の情報を羅列し、それを積載可能とする大型輸送車を所有するレンタル業者まで洗っていた。


「リリィぱいせーん、もう数分もしない内にグランジア領空侵犯以前の防空識別圏ADIZに引っかかりそうですが大丈夫ですかー?」

『大丈夫じゃないわ。でも過去数時間で公的に洋上から合衆国に入国した船はなし。予想では既に上陸して輸送されている可能性のほうが高いから、速度を落とさない為にも低空飛行は厳禁よ』

「あのー、それだとアンティルと同じくスクランブル機飛んでこない??」

『来るわね、っていうかもう捕捉されてるし』


 ここで盛大なため息をついたおれを誰も非難しないだろう。

 超長距離爆撃ミッションの最後、有終の美を飾るにはグランジア空軍とソロで大立ち回りを演じなければならないらしい。

 

 ――――ソロで!


 考えてみればふいに発生する緊急ミッションだらけで戦ってばかりだ。


 いや、まあドッグファイトのVRMMOなのでそれは仕方ないのだが、もうちょっとこう緩急付けたほうがゲーム的に盛り上がるのではないか?


 戦闘ばかりでなく、例えば各パイロット達との交流イベントとかさ。

 せっかくスヴェート航空実験部隊のパイロットは女子ばかりなんだし、プレイヤーとして少しは脳汁どばどばな萌えハーレム展開をだな。

 

 ん? ちょ、待てよ。


 みんなランカーということは同じプレイヤーというわけで、このゲームのアバターは現実世界の容姿そのままだから、


 つまり…………。


 もはやこれは、


 オフ会。


 と言っても過言でないのでは?


 いやむしろ合コン?


 いかん、戦闘疲れで脳ミソ溶け出しているなこれ。


『ちょっと、あたしの話聞いてる? レーダーに感ありよ』

「うん、聞いてた聞いてた。グランジアのスクランブルエッグね」

『全っ然聞いてないじゃないのよ! お腹でも空いてるの?』

「時間的には夜明けだと思われ」


 ふう、どうやら半分トリップしていた。

 下らん妄想はラノベだけにしておこう。

 世界よ、男のドッグファイトを魅せてやろうじゃないか。


『南西から国籍不明機の大編隊ね。光学迷彩モードで彼等と紛ればスクランブル機をやり過ごせるわね』

「え、そっち? このタイミングで国籍不明機かよ」

『十中八九あたしたちを狙っているわ。Sモジュールの輸送をどうしても阻止されてくないみたい』

「っていうかそもそもSモジュールってなんだっけ? どこに持ってくつもり?」

『S規格現行機搭載用モジュールポッド。航空機を完全無人自立制御する無人デバイスシリーズの総称ね。航空機に限らずヘリ、戦車、艦船、空母、大型施設、軌道衛星とコンピューター制御されたあらゆる兵器、施設、設備を自立制御可能とするシステムなの。今回のは衛星上で展開させるマニピュレーターを自立型無人機として稼働させる為のものね。それを二日後の宇宙センターで打ち上げ予定のシャトルに積み込む予定よ』

「へ~、大層なもんだけど、宇宙に持ってかれたらどうなんの?」

『数週間以内に軌道上の全衛星が掌握されるわね』


 随分と壮大な話だ。


 およそ1100機の人工衛星を掌握とか夢物語にも程があるだろう。

 ただ、仮に掌握され場合は、おそらくグランジア軍は相当な戦力ダウンになる。


 軍事ネットワークとして通信から諜報活動までこれらに依存しているので、衛星のアクセスが事実上不可能になれば戦争はアナログ時代に先祖返りしてしまう。


 あらゆるハイテク兵器、無人機から誘導ミサイル、戦術データリンクされた地上部隊が計画通りに動けなくなるからだ。


 それに、民間へのダメージも大きい。

 衛星通信網がなくなればデータ通信のほとんどがルート変更を余儀なくされ、地上や海底ラインに多大な負荷を与える。


 もの凄く飽和状態になってキャパ上限を超える。

 分かりやすく例えるとスマホがほとんど使えなくなる。

 どこへ行っても圏外だし、家にWi-Fiがあっても通信できないのだ。

 

 はは、現代の高校生には死活問題だろうね。


 他にも気象衛星が利用できずに大きな被害は出るだろうし、あらゆるシステムがGPS依存しているので航路制御や物流が滞って仕事にもならないだろう。


 古き良き紙の地図が復活するだろうな。


「…………で、グランジアは知ってるの?」

『キューバから持ち帰った無人デバイスの情報で知るわね。後から』

「手遅れじゃんよ」


 これはあれか?


 グランジア空軍と国籍不明機を同時に相手しながらSモジュール輸送隊を捕捉して撃破しろというクッソ難易度ミッションになるのか?


 なにこのSランクミッションマジキチじゃん。

 

 萌えハーレムルートににやにやしていた罰なのか?


「その光学迷彩作戦うまくいく?」

『さっきまではね』

「さっき…………?」

『んー、この空域に迷い込んだ航空機がいるんだけど』


 人工頭脳SBDが歯切れ悪く360°スクリーンに情報を表示させる。

 グランジア航空1177便、ロスからオーランド間の旅客便だが普段の航路より大幅にずれて飛行中だそうだ。


「これ、例のGPSが掌握されて民間機も影響受けてるってこと?」

『そのようね』


 とうとう民間まで影響を及ぼし始めた国籍不明機事件(と勝手に名付ける)は、いずれ世間に知れ渡って世界規模で民間の大ダメージを与えるだろう。


 いや、実際ゲーム内で民間でどう扱われているか知らんけど。


『問題なのはその航路上であんたとスクランブル機と国籍不明機が遭遇するってことなのよね』

「民間機やばくね?」

『グランジア管制から空域からの即時離脱が勧告されるでしょうけど、っていうか今現在それの真っ最中ね。ただ完全に位置情報のロストで退避に支障が出てるわ』

「空戦に巻き込まれる可能性は……」

『100%よ』

「おれとスクランブル機はいいとしても国籍不明機は」

『優先事項はあんた。もちろんスクランブル機が攻撃してきたら反撃するでしょうし、ネームドが含まれている場合は民間機を盾にするでしょうね』

「……ちなみに民間機を撃墜されたら?」

『スコアに大きな減点が入るわ』

「マジかよ」


 おれは考え込む。


 その様子に人工頭脳SBDは沈黙し、敵編隊の位置を定期的に知らせてくれる電子音とエンジンの唸りだけが耳に響く。


 ミッションの優先はSモジュール輸送隊。


 しかし、このままやり過ごせば国籍不明機とスクランブル機が交戦に入り、民間機が巻き込まれるかもしれない。


 スクランブル機がうまく立ち回れば民間機の撃墜はないかもしれないが、不確定要素に期待するほど頭はお花畑でもない。

 ミッションクリアは当然としても、民間機撃墜の減点はトップランカーにとって大きな痛手である。

 

 ――――腹を括るか。


「仕方ない。減点は勘弁だ。民間機の航路はおれたちと一緒なんだろ?」

『オーランドの管制に導かれたからむしろ最短距離ね』

「スクランブル機と国籍不明機の構成は?」

『フロリダ州軍F-15イーグルの2機とAV-8BハリアーIIの8機よ』


 通常においてはグランジア空軍制空戦闘機のネットワーク戦闘で相手にならない戦力だが、おそらく衛星間のデータリンク不具合や電波妨害によってほぼ有視界の近接格闘戦になる。

 そうなった場合、数を揃えている国籍不明機側が有利だろうか。


IFF敵味方識別信号欺瞞開始、光学迷彩にラプターF-22適用、ただし電波妨害下とはいえいずればれるわ。手間取ると安全に離脱出来なくなるわよ』


 視界下方にカーソルがポップアップ、かなり高度が低い位置に旅客機発見だ。

 ついでに別画面が開き、Sモジュール輸送隊を捉えたとされるカメラ映像が流れる。

 観光色の強いキーウエストの町並みに、不釣り合いなまでに大きなトラックが走行中だ。


「これ、時間的な猶予なくね?」

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