MISSION 53. ドッグファイト


「ミッションの優先度は!?」

『Sモジュール破壊が最優先よ』


 執拗な急旋回で航空生理学をダイレクトに反映したペインアブソーバー的なモノが毛細血管を破裂させているし、9Gを超える重力加速度が顔面の皮膚を泡立て呼吸が苦しい。

 

 ――――さすがネームド、伊達にランカーの挙動を模しているわけじゃないぜ。


「アタックチームやUNASUR南米諸国連合を見捨てるとどうなる?」

『大幅な減点対象よ。間違いなくスコアランキングに響くわ』

「ばかじゃん! ムリじゃん!? 身体は一つしかねーっつーの!!!」


 これはよくある詰んだ状況だ。

 リアルタイムでなければSNSで攻略情報を探りたいところだがそんなマルチタスク能力をおれは備えていない。


「ビターと唐瞳タントンは!?」

『所定の任務を終えて離脱中、空中給油後ユリアナ基地へ帰投予定ね』


 ばっちり作戦通りに進んで涙が出るぜ。

 こちらの援軍はなしで相手は国籍不明機とアンティル地上軍の二勢力。

 

 ――――打開策があるならば。


「リリィ! アンティル防空部隊のネットワークに侵入できるか?」

『大佐の機体をプラットフォームにすれば可能よ』

「地上部隊の指揮系統は陸軍司令部が握ってる?」

『いいえ。アンティル西部地域軍は麻薬組織からの指示で動いてるわ。あの無人デバイス工場の表向きは麻薬生産工場だから』


 なんとなくだが、思っていた通りだった。

 無人デバイス工場を運用する正体不明の勢力に、あれほどの地上部隊がある理由は、麻薬工場という肩書きがあったから。

 で、あれば地上部隊はそもそも正体不明勢力と関わりはなく、西部地域の将軍が賄賂でも受け取って動員している戦力に違いない。

 

「リディア大佐! パッケージ撃破作戦にはぜひとも、第三作目『フライングエースオンライン~シャッタード・ヨルムンガンド~』の最終ミッションを参考にされたい!」

「――――!? 了解した! 3分くれ」

「おいリリィ、懇切丁寧な説明が必要か?」

『該当作品のログ解析終了。現在リディア大佐と秘密通信にて進行中よ』


 さすがリディア大佐、忙しすぎて敬称呼びに気付かず意図を理解してくれたし、人工頭脳SBDもおれの煽りに文句なく仕事をしてくれている。


 あとは時間稼ぎにネームドラプターF-22相手にフロッグフットSu-25を牽制したいところだが…………


「なんかやけに苦戦している気が……、身体も重いし」

『ああ、それ多分、ニューラテクトパイロットスーツNTPSにリミッター制限かけたからよ』

「なぬ!?」

『あんた気付いてないかもだけど、相当の筋肉断裂で身体中炎症起こしているわ。その傷が癒えるまで通常の耐G性能しか発揮しないから』

「そういう大事な連絡事項は早く言ってね? 学校で習わなかったの?」

『まさかあんたそのパイロットスーツNTPSがなきゃ勝てないの?』

「ふん、その程度の煽り、痛くも痒くもないわ!」


 もう何度目かの急速大G旋回は、互いに背中を取ろうとした結果で、どんどん高度を落としている。

 いつ携帯式地対空ミサイルが飛んでくるかも分からない。

 時たま対空機銃の曳航弾が上がるが、この速度を捉えきれるものでもない。


「あれれ? アゼルっちじゃん、何してんのー?」

「おまえの援護だよ!」

「うっそマジ? アタシちゃん感激」


 脳天気ギャルには悪いがこれは一種の囮作戦だ。

 ラプターF-22の優先事項は近接航空支援を司る攻撃機。

 

 ――――間違いなく食い付くはずだ。


「ちょっ!? アタシちゃん赤外線ロックされてる??」


 ふいにラプターF-22はおれとの空戦機動マニューバから離れてギャルにヘイトを移した。


 予想的中!!


「回避待て! そのまま飛び続けろ!!」

「それ死ぬやつっしょ!?」


 360°スクリーンに複数のウィンドウが展開され、ミサイル発射方向を示す矢印がバイザーに投影される。

 今頃、ギャルの背中は大量の冷や汗で濡れているだろう。


 いや、エロい意味ではなく。


「ギャーーーーーマジむりぃぃぃぃぃぃ」


 金切り声で叫び散らすのを無視して敵機の放ったミサイルに機体を近付ける。タイミングは一瞬だ。フルスロットルからの繊細を要する操作。NTPSの力を借りなくともこれくらいは造作もない。赤外線短距離ミサイルがウォートホッグA-10の尾翼に突き刺さる瞬間と同時に愛機が交差。ミサイルと刹那の併走。すぐさまの右旋回時、主翼の先でミサイルシーカー部をこつんとかち上げる。異常を起こしたミサイルは目標を失いふらつくように逸れて爆散。


「エースなめんな」

「え、なになに!? アゼルっちミサイルぶっ飛ばしたん? マジぱねえ!」

「うわお! 貴方、頭どうかしてるけど凄いわ!」


 ミサイル消失の仕方に驚愕するコハル中尉に、接近していたカオ大尉からの賞賛? も束の間、ミサイル警報音が鳴り響く。


「コハル! 3秒後にフレア射出して上昇しろ」

「オッケーイ、乗ってきた!」


 もう一発放ってきたラプターF-22からのミサイル。スロットルを一気に絞り操縦桿を思いっきり引く。エアブレーキ全開からのフレアばらまき。同時にウォートホッグA-10もフレアを放出し上昇中。急制動による愛機の軋みと人工頭脳SBDの苦情を聞き流す最中、ミサイルはフレアを誤認して爆発。亜音速で抜き去るラプターF-22に対して見事なオーバーシュートを決め、すかさずガン照準を合わせる。


「ドッグファイト中に色気出すと死ぬんだぜ?」


 おれの偏差射撃の腕はNTPSの恩恵がなくても百発百中だ。

 五発の30mm焼夷榴弾がラプターF-22に吸い込まれていき即座にブレイク。

 爆炎に揉まれたステルス戦闘機は最後に花火を咲かせた。


 キルレシオ100対1の獰猛な制空機に勝利出来たのも、システム戦におけるネットワーク連携のおかげだ。

 いくらステルス機といえども、探知された挙げ句にシステム支援を欠いた状態であればただの高機動な戦闘機だ。


 撃墜は容易いぜ。


「うっは~! 派手に決めたねアゼルっち-!」

「うっし、コハル中尉とカオ大尉、離脱するんだ」

「え? アタックチーム支援はいいのかしら? あと少しで救出ヘリポイントだけど」


 カオ大尉の疑問はもっともだが、後はリディア大佐と人工頭脳SBDの役目だ。

 早急に離れたほうがいい。


「リリィ、状況は?」

『来るわ。アルバトロスをリディア大佐のエスコートで空域離脱させてちょうだい』


 人工頭脳SBDの宣言通り、360°フルスクリーンに、新たな機影がポップアップした。国籍不明機のフロッグフットSu-25四機編隊が空域に出現する。


「こっちも来るぞ」

「了解、リン。いまラプターF-22の後ろを取った」


 リディア大佐と縺れ合っていた敵機を捕捉、牽制のレーダーロックでラプターF-22は回避機動を取った。

 その隙にリディア大佐は急降下していき、離脱しようとするアルバトロスの先頭へとポジショニング。


『さあ、ホストのお出ましよ』

「待ってたぜアンティル空軍」


 レーダースクリーンのサーチゾーンにはアンティル空軍のスクランブル機、フロッガーMiG-23MLが現れた。

 欺瞞情報によるスクランブル機の誘導に成功したのだ。

 更におれは愛機の光学迷彩機能をオンにし、周囲の風景に溶け込ませた。

 これにより相手の自機搭載レーダーには愛機が映り、有視界ではラプターF-22が映る。

 ヘッドオンの瞬間、フロッガーMiG-23MLラプターF-22に襲いかかり、おれは素知らぬ振りで高度を落としてレーダーの死角に滑り込んだ。

 アタックチームの攻撃をしようとしたフロッグフットSu-25には、別のスクランブル機が殺到し、地上からも現地軍による対空砲火を浴びていた。


 国籍不明機VSアンティル社会主義共和国という構図が完成した。


『あんたの案にしては旨くいったじゃない』

「じゃないとスコアに響くって脅されたからな」


 ぶっちゃけここでも過去の『FAO』攻略が役立つとは、ゲーマー冥利に尽きる。

 だが、これで心置きなくSモジュール破壊に専念できるってもんよ。

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