MISSION 50. 胸熱展開!


「結局、目標はアンティル社会主義共和国に決まったわけか」


 夜間のカリビヤ海上空を飛行中のおれは、多機能ディスプレイを指で突いていた。

 アンティル社会主義共和国はゲーム設定上の名前で、現実世界ではキューバに該当する地域。

 反米でもっとも長くアメリカから経済制裁を食らっている国でもある。


『あたしたちの担当はFフォクストロット、短距離防空ミサイルね。制圧した後に近接航空支援機の援護に向かうのよ?』

「はいはい了解。えーとDデルタはビターとハニーで、Eエコー唐瞳タントン邵景シァオジンな。レーダー網の炙り出しは順調なの?」

『すこぶる順調よ』


 人工頭脳SBDは簡単に言ってくれるが、一国家の防空網制圧を一個スコードロンにも満たない8機で行うとは馬鹿げた話であり流石ゲームと言わざるを得ない。

 とはいえ、作戦上は地上部隊を支援する攻撃機の援護なので、一時的にでも航空優勢を確保出来ればいいのだ。

 仮に真っ当な遣り方であれば、最低でも一週間ほどの徹底した空爆が必要だろう。

 正にそれが可能なのはグランジア合州国アメリカ合衆国で、中東における二つの戦争では500~800の目標を緒戦で粉砕した。

 その合計出撃回数は2000~3000ソーティ出撃回数、つまり軍用機が延べ3000回も出撃したということだ。

 凄まじい出撃回数だろうが、これには訳がある。

 一旦、地上部隊が侵攻を開始したら、その支援の為に航空戦力を割かなければならず、純粋な航空優勢に戦力を振れなくなるのだ。

 そうなると、もし撃ち漏らした航空戦力及び防空部隊が健在していれば、ますますそれを壊滅させることが難しくなる。

 従って、いかに緒戦で防空網を制圧出来るかが戦争の趨勢を左右することがお分かり頂けるだただろうか。

 なので最初に防空網制圧を怠って地上部隊を侵攻させてしまうと、後の地上部隊の被害はえらいことになるのだ。


「っていうかこの作戦、かなり大々的じゃね? これじゃ本来のグランジア本土爆撃に支障を来すレベルになると思われ」

『あら、これがそもそもの目的なのよ?』

「は? え? 初耳なんだけど?」

『何言ってるのよ。最初からフロリダ州に揚陸予定のSモジュール、つまり無人デバイス群の輸送阻止作戦が目的っていう説明だったでしょ?』


 その語り口から冗談の様子はなかったのでおれは深く考え込んだ。

 ここまでの長距離飛行で色々起こりすぎたから、つい本土爆撃が任務だと勘違いしていたようで、思い返して見れば確かにSモジュールとやらの揚陸阻止が任務だった。


「グランジアとは一戦も交える気はない、と?」

『そんなことはないわよ』

「あんのかよ!?」

『無人デバイス工場から既に運び出されている場合は、それを追わなくちゃいけないの。もし目標物が合州国の防空識別圏内に入っていたら、スクランブル機との交戦の可能性もあるわ』

「ちょい待ち。ここまでお膳立てされてて、現時点でのをリアルタイムで把握してないのはぽんこつすぎないか?」


 非公式とはいえグランジアの当局も関わっているのだ。

 対象の行方が不明、とは言わないまでも把握状態ではないのは作戦としていかがなものか。


『これを見て頂戴』

「えっと、これは……、防空ミサイル部隊の画像?」


 人工頭脳SBDが360°スクリーンに衛生軌道上からの画像を表示させる。

 幾つかの防空陣地と移動車輌の画像だった。

 もちろんこれらは制圧目標の対象と同じである。


『この画像は過去24時間以内に撮影された衛星写真。それで次に表示させるのは、現地の展開している合衆国エージェントによるUAV無人偵察機の写真よ』

「まあ同じ画像だけど…………、ん? これ、場所がちがくね?」


 固定されている防空陣地はおろか、移動車輌の防空部隊の位置が大幅に違う。

 移動車輌が一日で移動できる距離にしては限界があるし、防空陣地だってそれはもう圧倒的に配置地域が違う。


「仮に衛星写真のほうを信じて飛行したら、不意のポップアップ対象に対応する機体がない以上、間違いなく撃墜されるじゃん。飛行ルートも大幅に変更しなきゃならんし、アタックチームの航空支援どころじゃなくなる、ってかこれどっちの情報が信憑性高いの?」

『軍事衛星の情報はアテにならないと、リディア大佐とあたしの見解は一致しているわ。それを踏まえて作戦立案をしたのよ』

「……もしかしてさ、軍事衛星そのものがハッキングされているとか?」

『その可能性も否めないからがどうなっているか分からないの』


 軍事衛星のハッキングとかご都合主義展開だがまあそれはいい。

 何でもかんでも人工頭脳SBDが働きで分かったら興ざめだからな。


「既に本土に運び込まれた可能性は?」

『流石にそれは分かるわ。フロリダキーズ諸島42の橋は無人機UAVで監視中よ。該当しそうな大型輸送車は今のところないようね』

「海上は?」

『衛星なしじゃ掴めないわ』


 ということは今頃海上輸送されている可能性もあり、最悪の場合はグランジアの防空圏内に侵入して叩く必要あるってことになる。


「そもそもデバイス工場の位置が分かってんだったら、そこを爆撃で済む話じゃね? 何か地上のアタックチーム支援の話にすり替わっている気がするけど」

『あちらさんは無人デバイスのを欲しがっているらしいわ。だから強襲して現物及びデータの奪取成功の後、工場を破壊、というプロセスにおいてスヴェート航空実験部隊の作戦と利害が一致しているのよ』


 おれは360°スクリーンに映し出されている防衛網制圧情報を見ながらも、さらりと言いのける人工頭脳SBDの言葉を聞き逃さなかった。


「おかしくない? って、カオさんの話じゃウォートホッグA-10の中身、無人デバイスと機体交換ということで渡したんじゃなかった?」

UNASUR南米諸国連合はそう信じているようね』

「あれか、渡した相手は空軍で、今度は海軍も欲しがったからとか?」

『確かにアタックチームはネイビーシールズNAVY SEALsの一個小隊だから海軍ね』

「ちょっと待った! アタックチームってシールズなの?? 元軍人のスカウトじゃなかったっけ??」

『そういう話になっているだけのようね』


 なにその胸熱展開やばすぎる。

 世界屈指の特殊部隊と合同作戦とかミリオタ冥利に尽きる。

 こんなんだったらおれが対地支援したくなるわ。


「あーおれがウォートホッグA-10操縦したかったわー、苦戦中の特殊部隊を救うとかロマン溢れすぎで脳汁出るやつじゃーん」

『得意分野が違うでしょうに。対地戦に慣れたパイロットのほうが適切だわ』

「そりゃあそうだけどさー」


 人工頭脳SBDの言う通り、ここは対地特化ランカーであるコハル中尉とカオ大尉が向いているのは誰の目で見ても明らかだ。

 先の南極海での戦いにおける無人機即席近接防御火器システムDCIWSを突破した戦術は『FAO・スカイズ・ウォー』での苛烈な弾幕を突破した時の遣り方だった。


 ――――サーモバリック爆弾の衝撃で弾幕ごと吹き飛ばすっていうね。


 これをやってのけたのがあのギャルコンビの2人だった。

 当時のシステムの穴を付いたと話題になったが、考察班のマジスレでは秒速2000mの爆風なので対空機銃や機関砲の銃弾は充分にその影響を受けるとかなんとか。

 とにかくその時もウォートホッグA-10で暴れ回っており、ミッション中に登場した敵機甲師団を血祭りに上げていた。


「……ちなみにひょっとして、あのギャルが所属してる空軍って」

『アルゼンチン空軍ね』

「やっぱりかー」


 界隈で有名な史実における超絶エースパイロット『魔王ルーデル』の系譜を引き継ぐ生粋の命知らずパイロット集団だ。

 ルーデル閣下の伝説は、それはもう常軌を逸している。

 なので、ここで語るのは割愛しよう。

 ググレカス先生にでも聞けばすぐに分かることだ。

 その魔王から教育を受けたパイロットが、フォークランド紛争においてイギリス艦を沈めたのも有名な話だ。

 超低空飛行で対空防御を躱して肉薄する動画まで出回っているしね。


「なら餅は餅屋に任せるのが一番か」

『そうよ。それにね――――』


 俺の言葉に同意した人工頭脳SBDのリリィは茶目っ気たっぷり言い放った。


『迎撃戦闘機が確実に待ち受けているから、あんたの担当空域は地上と空からの挟撃で間違いなく、断トツの難易度を誇るわよ』

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