MISSION 46. 期待してないよ?


 UNASUR南米諸国連合軍基地の格納庫の中まで愛機を入れると、待ち侘びていたかのように整備員の人が集まってきた。


 ユリアナ基地でも見掛けた、スヴェート航空実験部隊の専属スタッフなのだろうか、パイロットおれに見向きもせずにすぐに機体整備に取りかかろうとする。


「こっちだ」


 先に駐機させたリディア大佐から声がかかる。

 視線の先にテントブースになっているエリアがあり、リディア大佐はそこへ入った。


『あんた達の専用ブースよ。他のパイロットはいないわ』

「おー、ここでもそういう待遇か」


 思えばユリアナ基地でも同じような感じだった。

 スペシャルフォースとしてユリアナ飛行隊と別にされ、ロッカールームやパイロット宿舎すら別の特別待遇。


 ――――いや、むしろこっちが隔離された感が強かったような気がする。

 

 それでも食堂は一緒だったけど時間帯はずらされていて、同じスペシャルフォースの人達と満足に会話することもなかった。


 自分がぼっち属性のコミュ障というのは横に置くとして。


 まあ、こちらからも積極的に話しかけるわけでもなかったからいいけど。


 HMDローシュを被ったままテントへ入ると、中はカーテンで仕切られていて椅子とロッカーの他には何もなく、更に奥へと続く通路があった。


「きみもここで着替えるんだ。3時間後に出発する。その間に充分休息を取ってくれ」

「………睡眠時間少なくね?」

「充分、じゃないのか?」


 きょとんと言い返してくるリディア大佐である。

 何そのさも当たり前のような極短睡眠時間で問題ないとしている様子。

 これは完全に超過勤務になると思うので労基に訴えていい案件だと思われる。


『あんたコックピットでも寝てたんだからいいでしょ』

「いやおまえそれさ、移動時のショートカット機能実装してない運営が悪くね? ただの遊覧飛行なんてめっちゃ退屈じゃん、ユーザー舐めんな」

『いいから早く着替えなさいよ』


 ちなみに、大佐はカーテンで仕切られた向こう側で着替えているようだ。

 衣擦れの音で分かるので何とも、もやもやする。

 とりあえず人工頭脳リリィもうるさいしHMDローシュを置いて着替えをするも、この状況下で平然としていられる思春期男子はいない。


 カーテン一枚、2メートル先での生着替え。


 どんな拷問だっつーの!


 鋼の意志で耐え抜き、着替えを済ませて奥へと進んだら平服姿のリディア大佐がいた。


「左がシャワーブース、右が仮眠ブースだ」

「猛烈な腹が減っているのはどうにかならない?」


 ここでも『FAO』のシステムの中で絶体にいらないであろう空腹という生理現象が発生する。マジで設定オフに出来ない仕様は致命的だと思う。


「仮眠ブースに栄養食品はあるだろう。残念ながら暖かい食事はユリアナ基地に戻ってからだ」

「いや……、設定自体をどうにかして欲しいんだけど」

「栄養食品が気に入らないなら、一緒にシャワーでもどうだ?」

「そうだな、海水浴びてざらざら…………、はっ????」


 え? え? なに? どゆこと????

 情報量が少なすぎて理解できないぞ????


 おれの混乱を余所にリディア大佐はシャワーブースに進むので、数秒間の葛藤の後に理性が無条件降伏。


 おれは後を付いて行く。

 いつも傍に出現する人工頭脳SBDも無粋な横やりも入らない。


 これはもしかしたら、ラノベみたいなラッキースケベな展開があるかも!


「女はこっち、男はそっちだ」

「ですよねーーーーーーーー」


 当然、シャワーブースは男女別になっていた。


 現実ってそんなもんだ。


 殺風景なシャワーブースにはシンプルな石鹸しか置いていない。

 無骨な石鹸受けのみで、オシャレなシャンプーボトルもなければ、身体を洗うボディ用品すらない。


 この石鹸一つで頭から顔から身体まで洗わなければならないとは、正に最前線の軍隊そのものやんけ。


 もうちょっとパイロットの待遇良くしてもらってものいいと思うのだが、変なところでリアルティに凝ってるんだよなこのゲーム。

 とはいえ使えるのが石鹸しかなければ洗うのも早い。


 近所の銭湯でおじいさんが石鹸一つで頭から顔、身体を一瞬で洗う要領で済まし、薄っぺらいタオルで身体を拭いて、すぐにシャワーブースを出る。


「さっぱりしたな」


 出るタイミングが一緒だったのか、リディア大佐と鉢合わせた。


「…………石鹸だけしかなかったけど、こんなもんなのか?」

「石鹸以外にもあるのか?」


 なんだろう、この会話の噛み合わない感じ。


 小さな頃からリアル軍隊生活送ってる人間ってこうなんだろうか。


 しかし、おかしい。


 同じ石鹸しか使っていないはずなのに、どうしてこんなに良い香りがするんだ。

 思わずくんかくんかしてしまったが、おれは決してそういう嗜好の変質者ではない。


 ただ、疑問に思っただけだ。


 改めてゲームだというのにこの男子の鼻腔を刺激する香りを再現するとは。


 前言撤回、運営わかってるじゃねえか。


「わたしは少し自機の調整がある。先に休んでいてくれ」

「あ、基地の見学とか出来ない? UNASUR南米諸国連合の運用してる機体とかめっちゃ興味あるんだけど」

「残念だがテントブース入口には歩哨がいてね。きみは出られないんだ」

「え、マジ? うわ、ミッション発生まで強制待機イベント出たー」

「きみの安全のためだ。わかってくれ」


 少し困ったような表情を浮かべるリディア大佐だ。


 本人は機体調整で出られることから後ろめたいと感じているのだろう。


「いやー、ちょうど眠気が襲ってきたわ。もう耐えられない。横になるわ」

「ふふ……、きみは優しいな」


 気遣いばればれだったが笑ってくれたので結構。

 おれは仮眠ブースへと向かい、リディア大佐と別れた。


 存分に寝てやるさ!

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