OFF MISSION 5. 考察しよう


 ふと気付けばリビングのソファで座っていた。

 いつ間にログアウトしていたのか、ローテーブルの上に結露しきったコップがある。

 手を伸ばしてすっかり温くなった麦茶を一息に煽った。


 身体が嘘のように軽いのは、リアル世界に戻ってきた証拠でもあるが、ゲームのやり過ぎで時間の感覚を消失していたようだった。


 カレンダーを見れば八月のページである。

 夏休みはまだまだあるようで、両親は自分のことを忘れているかのように旅行から戻ってこないし、妹は顔を見る前にどこかへ出掛けている。


 まあ、これがおれのいつもの日常ってやつだ。


 それにしても南極ミッションは冷や汗ものだった。

 ドッグファイトの存在しない対地対艦ミッションはもっとも苦手、というか航空支援の部類はもっとそれを得意とするプレイヤーに任せばいいものを。


 挙げ句に果てに失敗したら『核攻撃』というBプランも存在していたのだから、ざるな世界観設定のくせに、作戦自体は実際のミリタリーを踏襲しているのは流石といったところか。


 意外かもしれないが、軍は核生物化学兵器、いわゆるNBC兵器の使用に躊躇いなどない。

 本当は有効なのに使われない理由はの他ならないのだ。

 軍にとって理想は、いかに自軍に被害を出さずに勝利するかで、その為に相手の国土がどうなろうと知ったこっちゃない。

 その一端にある戦術に、破壊主義や無力化主義がある。


 第二次世界大戦時、ソ連軍がドイツ軍陣地に落とした爆弾や砲弾は100㎡あたり1・8tという膨大な量で、いかにソ連軍の砲兵火力による縦深制圧が凄まじいかが分かるだろうよ。


 もう周辺地域を全部ぶち壊して進むといった感じだ。

 これほど徹底的な戦術になるのも、その歴史を紐解けば第一次大戦の塹壕戦があったからなのだが、まあその辺の地上戦は【FAO】にはあんまり関係ないので置いておく。


 とにかくその破壊主義やら無力化主義による縦深制圧の戦術は東西冷戦中、ソ連軍ワルシャワ条約機構軍の第三次世界大戦においての西ヨーロッパ侵攻プランにおいて、実に120個の戦術目標に核攻撃を行ってから進撃するという世紀末っぷりを発揮する予定だったという。


 まさに恐ロシアであろうよ…………。


 その為に生産された戦車や、特に装甲車は核戦争を想定した完全密閉式で、ぶっちゃけこの頃の装甲車の『装甲』が薄すぎるのは、核攻撃のあとなんて焦土しかないから装甲の薄さなど問題ではない、といった運用思想もあるとかないとか。


 なのでそりゃあもう都市戦なんてものに投入された日にはフルボッコにされる。

 冷戦期の戦車は対戦車戦を想定しているので砲は仰角俯角もたいして取れず、建物高層階に潜む敵に攻撃出来ないし、弾薬を底部に配置している構造上、上部方向から被弾すると砲塔が上に吹き飛び乗員の生存率0といったびっくり箱な脆弱さを露呈する。


 そこでもっとも有効な戦術が破壊主義というやつで、敵がいそうな箇所をとにかく徹底的に破壊するのだ。

 戦車だって『建物の上層階に敵がいても狙えない? じゃあ建物そのものを破壊しろ』と言わんばかりにを砲撃しまくって破壊するのだ。


 なんか地上戦のことばかりだけど、ゲーム内で言っていたリディア大佐のに繋がっているんだよね。


 大小様々な無人機ドローンの出現で、今や廃れた対空砲ミートチョッパーも本来の活躍が期待できるかもしれない。

 音速のジェット戦闘機は無理でも、低空を低速で飛行する無人機ドローン相手であれば対空砲の本領が発揮される。

 特に民生品の超小型無人機ドローンだと有効かも知れない。

 携帯式対空ミサイルにはというのが設定されていて、例えばそれが500メートルくらいだとしたら、高度がそれ以下の場合、うまく誘導できなず当たらないといった事態が発生する。


 レーダー波も遠距離の低空目標は捕捉しにくいので、気付いたら近距離まで来ていて対空ミサイルの有効射程外になったということも考えられる。

 それに、人工頭脳SBDもハッキングされるということから、ジャミングにも強い古典的な対空火器の需要は爆上がりになる。


 とすると、これからのミッションは、かなりのに晒されるかもしれない。

 ま、こちとら音速のジェット戦闘機なのでたいした脅威にならないけどね。

 あくまで無人機ドローンには脅威になるってだけの話だ。


 立ち上がってキッチンにコップを置き、冷蔵庫を開ける。


 …………中に食材はない。


 おれの食事はウーパールーパーみたいな宅配一択になるなこれ。


 しかし、飲料水だけが消費しきれないほど詰まっているだけだった。

 熱中症対策だけは万全である。


 そういえば昨日のご飯は何を食べたのだろうか。

 ゴミ箱を開けても何にも入っていない。


 ふむ。


 近所の食堂で外食でもしたのだろう。

 引きこもりのおれにしてはめずらしい行動だがね。

 食欲はないのだから、何かは口にしたのだろうと思う。


 まあ、食欲がないなら部屋に戻ることにしようかな。


 いつもの自室に【FAO】にログインできる専用HMDローシュがある。

 他にやることもないし、HMDローシュを被ってゲームを再開した。

 微かな起動音を知覚した瞬間、視界はブラックアウトして仮想世界へと戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る