MISSION 39. ランキングは飾り?


瞳瞳トントン、随分と上機嫌じゃないか?」

「そんなことはない」


 通信機から邵景シァオジンの声が流れてくる。

 現在、唐瞳タントン達はスヴェート航空実験部隊に加わり、無人貨物船団の撃滅に向けて南極海を東へと進んでいた。


「ランキング一位と会えるのを楽しみにしていなかったか?」

「いちいち煩いな」


 からかい混じりの邵景シァオジンに少々、苛つく唐瞳タントンだ。


 もちろん、この回線は唐瞳タントン邵景シァオジンが所属している自空軍の戦術データリンクを介しているので、他のメンバーには通じていない。


 唐瞳タントンがスヴェート航空実験部隊に所属するアゼル・ナガセに興味を抱いていることは事実だった。


 同じ年齢で次世代パイロット育成シミュレーターとして使われている『FAO』世界のランキング一位の人間に興味を抱かないわけがない。


 そして、ついに特殊作戦任務としてスヴェート航空実験部隊に編入という時、あの騒ぎが起こってしまった。


 確かに海軍にとって、作戦の性質上、スヴェート航空実験部隊の介入は煩わしい。


 だからといって他国のパイロットへの暴行は許されることではない。


 正直、唐瞳タントンも艦長を殴りたかった。

 先に相手が殴り飛ばしてその機会を失ってはいたが。


邵景シァオジン。おまえは悔しくないのか、この任務?」

「そうだな。海軍の尻拭いでこんなところ南極まで来る羽目になるとはね」

「……そういうことじゃない」


 唐瞳タントンは唇を噛み締めていた。

 これは海軍の尻拭いかもしれないが、実際は


「妥当な判断だろうね。私達は本国から嫌われる存在だ。指揮系統から放逐できたし、なんならこの作戦で万々歳なんだろう」


 極めて冷静な口調に聞こえるが、何も彼女はこの境遇を諦めているわけではない。


 むしろ、冷たい炎を心の内に収めておき、いつかの時のために爆発させようとしているように感じる。


「っち。あのまま潜水艦を撃沈してくれれば良かったんだ」

「まあ気持ちは分かるがね」

「本当に氷の下が好きな連中だ。永遠に潜って出てくるな」


 原子力潜水艦が海氷の下を好むのは理由がある。

 氷の軋む音で早期警戒機からソナーや音響監視を回避する為だ。


「大丈夫だ。私達ならやれる。最早この機体は自分達の手足みたいなもんだろ?」

「……悔しいことにね」


 オペレーション・シエラ・エクスレイの一端である、包括的次世代パイロット育成プログラムはどういう権限で国家の軍指揮系統より上位に位置づけられたのか知らないが、コード89915101の受諾と共に隷下部隊に加われなければならない。


 この場合はスヴェート航空実験部隊だったのだが、いつ何時そうなるか分からないし、なにより指揮系統が国家とは別にあるので、それはもう嫌われる存在だった。


 そして、育成予算はその国家が負担しなければならない、というのが拍車をかけている。


 だから供与される機種のほとんどが一世代や二世代前の戦闘機ばかりだ。

 平たく言えばばかりで最新鋭機のステルス戦闘機なんてものには搭乗させてくれない。


「中身は近代化改修されているんだ。そう悪くないさ」


 邵景シァオジンのにやりとした顔が目に浮かぶ。

 彼女は本当に冷静な軍人だとつくづく思う。


 この任務は簡単ではない。


 既に海軍のミサイル攻撃が二度も失敗している。

 味方無人機ドローンからの偵察映像を見て、ミサイルの軌道に合わせて正確な自爆防御をしてのけるIED機に戦慄したものだ。

 きっとあの威力は半世紀前の大口径高射砲を遙かに凌駕するはずだ。


 事実、その爆発に巻き込まれた対艦ミサイルは誘爆して燃えながら海中に没していたからだ。


「あのを抜けて近接爆撃は正気の沙汰じゃないよ」

「おやおや、瞳瞳トントンは怖じ気づいたようだ」

「違う! もっと有効な戦術はなかったのかという意味だ」

「仕方ないさ。今回はあまりにも時間がなかったんだから」


 そうだ。


 時間さえあればこんな近接爆撃という危険なことはしなかった。


 自機に搭載されている雷霆2型レーザー誘導爆弾の射程距離は最大で10キロメートル。レーザー照準照射装置も積んでいるので単機で精密誘導も可能だ。


 これを安全圏の遠くから放てばいいだけなのだ。


 本来なら。

 

「ぼやいていても仕方ない。私達はリディア大佐の指示通り動けばいい。IEDもジャミングで妨害している内に墜としていまえばいいさ」


 スヴェート航空実験部隊の電子作戦機が搭載する無線電波妨害装置を使えば起爆を不可能にする。


 だが、すぐさまもう一つの信管が作動するようで、潜水艦の魚雷はそれで防がれたらしい。水圧か時限式か分からないが、とにかく不測の事態に備えているのか信管の種類が豊富なのだ。


「とはいえ、安全な時間は限られる」


 邵景シァオジンの言うとおりだ。

 一時的な電波妨害はもって数秒程度。

 その間に小型無人機ドローンを撃墜しなければならない。


「ここにランキング三位の私がいる」

「そうだね。どうやらスヴェート航空実験部隊には『FAO』ランキングと七位がいるから大船に乗った気だよ」


 いちいち強調するように言うから始末に悪い。

 あんなランキングはたかが累計スコアに過ぎない。

 操縦技術で負けたつもりも毛頭ない。


「おっと、十二位の自分を付け加え忘れた。ま、たいしたことはない」


 そう言って邵景シァオジン乾いた笑いをする。


「間もなく作戦空域だ」


 部隊共通回線からリディア大佐の声が流れた。

 彼女の『FAO』ランキングは四位。

 これだけの手練れが揃っているのだ。


 任務は必ず成功する。


「了解だ、デビルツー。露払いを頼むぞ」


 リディア大佐に答える邵景シァオジンの声に、やはり不安の色はない。

 相棒バディが問題なさそうなら、自分もそれに応えるまでだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る