MISSION 40. 非常事態

 

 鋼鉄色の薄雲が頭上を覆い、視界一面は色彩がなく灰色だった。


 天候は曇天、視認性は良好。


 海上には小さな氷床や氷河がちらほらと浮いているのがはっきり分かる。


「目標まで三分」


 リディア大佐のコールと共に、ハニーの機体と無人機であるプラージャとレジヴィが先行する。


 大佐とプラージャがアルファチーム、ハニーとレジヴィがブラボーチームの2機1組エレメントが囮役だ。


 一般的に飛行隊の最小単位は3機1組という認識が広がっているようだが、それだと2機の僚機を1機の長機ではカバーしきれない。


 なので、第二次世界大戦前に旧ドイツ軍が2機1組エレメントを最小単位として確立し(ドイツ語ではロッテ)、それぞれが長機と僚機に分かれて互いを援護する。


 そしてもう一組のエレメント(ドイツ語でシュバルム)と合わせて4機1組のフライトを形成して、エレメント同士で援護し合うというわけだ。

 

 当然、おれはビターとエレメントを組んで無人機即席近接防御火器システムDCIWSという謎の用語を生み出した爆発物の処理を行う。


 最後に唐瞳タントン邵景シァオジンのエレメントで爆撃して終了と。


 まあ、今回の作戦も空戦における基本中の基本編隊で行う簡単なミッションだ。


 ――――だってガン射撃で墜とすだけだもん


 ただなー、唐瞳タントン無人機即席近接防御火器システムDCIWSの排除に加わるとか意気込んでいたから面倒なことにならなければいいな。


『しばらく通信機に不具合が生じるわよ』

「え、マジ? あ、ジャミングか」


 バイザー上に表示されたツインテールがおれと同じようなパイロットスーツ姿で告げてくる。


 そうだったそうだった。


 作戦は電子作戦機エスコートジャマーの電波妨害で起爆を阻止するんだった。


 当然、色んな周波数を妨害するのだからうちらの無線も影響受けるよね!


「デビルツー、エンゲージ」

「ハニー、エンゲージ」


 いよいよミッション開始だ。


 レーダースクリーンを確認すれば、2つのエレメントが速度を落として緩やかに旋回している。


 作戦通り順調に進んでいるのがレーダースクリーン表示の乱れで確認できる。

 絶賛、電波妨害中で視界にも爆発の閃光が映らないから、すこぶる想定通りだ。


「さ、悪魔ちゃん、行こうか」

「了解、相棒」

「お、いいね、その響き」


 僚機のビターが機体を接近させて親指を立てる。


 ふむ、なかなかお茶目なやつだ。


 おれもサムズアップを返したいところだが、外から見ればキャノピーは装甲で覆われているので見えまい。


『無人船団が可視光認識範囲に入ったわ。見える?』

「お、あれか」


 人工頭脳SBDのリリィがバイザーに目標を点滅させた。


 全長200メートルの自動車運搬船と、その周りを大小の外洋漁船やプレジャーボートが無数に展開されており、一大輪形陣を構えている。


「……あのちっこいのも無人なんだよな?」

『船の操縦なんて航空機より簡単なのよ?』


 なに当たり前のこと聞いてんのよと言わんばかりだった。

 確かにタンカーも洋上に出ればオートパイロットで動かしている。


 混み合う東京湾でなく、障害物の少ない大海原で気象衛星の情報と操舵機とジャイロセンサーさえ連動させれば自動操船なんて簡単だろうよ。


「ビターマン、無人機即席近接防御火器システムDCIWS確認したよ。悪魔ちゃんと迎撃に入るね」


 人工頭脳SBDがスクリーンを拡大。

 見れば続々と各船から小さな無人機ドローンが砲弾をぶら下げて上昇していた。

 各エレメントの動きに釣られてまとまりつつある。


「そいじゃやりますか」


 おれはアルファチームが攪乱している無人機ドローンに近付く。

 目標は小さいし遅いしで亜音速だとあっという間に通り過ぎてしまう。


 スロトッルレバーを絞って速度を抑え、鼻歌交じりにガン射撃。

 もちろん、丁寧にワンショットワンキルを決めて無人機ドローンを破壊。


 飛行動力を失った152mm榴弾はしっかりと重力に引っ張られて落下する。

 失速性能ポストストールに優れた愛機が充分に活躍出来る機会だ。


 立て続けに無人機ドローンを撃破していたら、


『油断しすぎよ』

「へ?」


 人工頭脳SBDが指摘した瞬間。

 下方に落下していた152mm榴弾がいきなり炸裂した。


「うおう!?」


 凄まじい衝撃がコックピットを揺らす。

 たまらずスロットルレバーを出力全開急上昇。


『ほらね。多分、無人機ドローンが消失をしたら時限信管が発動するようね』

「脳天気につっこむな! びびったぞ!!」

『あら? 分かってたんじゃないの?』

「想像は付いてたけど、こんな衝撃があるとは……」


 愛機との距離はそれなりにあった。


 あったのに、その炸裂の衝撃はコックピットとおれの身体を激しく揺らした。


 正直…………


 死ぬかと思った!


「これ確実に88mm高射砲より威力あるよね!? なに? 当時のパイロットってこんな衝撃下で爆撃任務やってたの? こんなん無理ゲーじゃん!」


 確かに今おれは舐めプしていたが、改めて本格派VRMMOの神髄を知った。

 激震と重低音が腹に響く。


 至近距離で破裂した空対空ミサイルとは段違いの、内蔵が口から飛び出そうな衝撃にマジで戦慄した。


 陸上で戦う歩兵はこんな恐ろしい衝撃を味わっているのか?

 近くで何十発も撃ち込まれたら、おれなら逃げ出す自信がある!


『今時対空兵装で大口径高射砲を備えている軍はいないわね。152mm榴弾の神髄はにあるから、いつものようにやればいいだけよ』

「……一撃離脱か。効率わりー」


 だが、これは人工頭脳SBDの言うことが正しい。


 撃破即離脱を徹底すれば榴弾の破片は回避できる。

 丁寧に一機ずつ、地道に排除して爆撃進路の確保をしければならない。


 視界を転じればビターは慎重だった。

 152mm榴弾が炸裂する頃にはきちんと距離が取れている。


『さっすがランキング七位ね。どっかの脳筋とは大違いだわ』


 っち、いちいち煽ってくるやつめ。


「いやいや、こんなトリッキーな戦術を考案する開発が悪い。現代の防空は地対空ミサイルが主流で、それを潜り抜けても小口径対空砲が主役。大口径高射砲なんてないし。そもそも152mm榴弾をこういう使い方をするのが間違っている!」

『能書きはいいからしっかりやってよね。ランキングに響くわよ?』

「…………スンマセン」


 そうだよね、舐めプしたおれが悪いよね。


 心機一転、しっかり一撃離脱を徹底し、ビターに続いておれも一機ずつ墜とす。

 離脱後の下方で炸裂したところでおれの愛機に影響はない。

 

 ところで防空の要は対空砲じゃなくて歩兵が持てる携帯式防空ミサイルじゃね?

 

 って思う人もいるかもしれないが確かにその通りなんだが、あれはね。

 

 お高いんですよ。

 

 結構な値段なんですよ。

 

 しかも分隊あたりに標準装備として一つしかない。

 仮にあんなのを歩兵一人に装備させればもの凄い防空能力になるかもしれないけど、そんなことが出来るのは軍備が充実した国くらいかな。


 例外を言えば、それを大量に供給してくれるがあれば、つよつよのつよだ。

 歩兵携行式多目的ミサイルで完全武装した歩兵軍団なんて、空陸一体の諸兵科連合軍(歩兵、砲兵、戦車、航空機で構成された戦闘群)でさえ足止め出来る。


 歩兵だから歩兵に対抗出来るし、戦車は対戦車モードで撃破、ヘリだの航空機は地対空モードで撃破、砲兵なんて観測機がいないと間接砲撃できないし、防空網が生きていたらまともな効力射なんて無理だろう。


 少なくとも防御においては頑強なので、これに対して被害を抑えるには潜んでいそうな箇所の無差別砲爆撃して殲滅焦土化させて前進するしかないので、まー時間がかかる。


 と、まあ話がずれた気もするが、とにかく本ミッションにおける無人機即席近接防御火器システム《DCIWS》は侮れないってわけだ。


「――――緊急……、ただちに――――!」


 突然、通信機がリディア大佐の切羽詰まった声を流した。


 しかし、電波妨害の影響なのか明瞭に聞き取れない。


「え、なになに? 何かあったの?」


 事態が掴めないまま、未だに脳天気さが抜けないおれだったが、


 次の瞬間、


『第一級非常事態宣言発令! 本機はただちに緊急態勢に移行します。繰り返します。第一級非常事態宣言発令。本機はただちに緊急態勢に移行します。繰り返します。本機はただちに緊急態勢に移行します』


 いつもの人工頭脳SBDのリリィとは違った声色の、機械的なアナウンスへと変わっていた。

 

 そして、おれが人工頭脳リリィに問いかけようとしたその時、


 コックピットは一瞬で暗闇に閉ざされてしまった。

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