MISSION 34. 労働者の国こわっ
軋むような音だ。
分厚い何かが割れる音といってもいいだろうか。
――――いや、これは
突如、海氷の一部が盛り上がった。
氷を砕く破砕音をまき散らしながら、氷の下から真っ黒い構造物が姿を現した。
「げ…………、原子力潜水艦、か…………」
1メートルはあろう分厚い氷の固まりを押し退けたそれは、沈黙の軍隊と表現されるほどの存在。
その最強の抑止力とも呼ばれる由縁は――――
と、唐突におれの思考を遮る爆音が上空を通過した。
空を見上げれば2機の戦闘機がターンしてから、おれたちのほうへ着陸態勢を取って降下を開始している。
「え、え? なに? 新たなミッション開始? いや、でもこれは……」
おれが戸惑うのも無理はない。
だって
――――それにだ。
「……リン。あの潜水艦に、あの戦闘機って……」
「ああ。この状況下では、不安にさせてしまうな」
「え?」
おれの疑問符はすぐに解消された。
氷に覆われた潜水艦の艦橋から何人もの武装した兵士が飛び出してくる。
上空の2機は潜水艦のすぐ側へと着陸した。
十数人の武装した兵士が並び、こちらに銃口を向ける。
そして艦橋から、特徴的な色をした旗が上った。
戦闘機の垂直尾翼と同じ国旗が描かれている。
「マジかよ…………」
その国の名はゲーム設定名『大中華ソビエト共和国』。
つまり…………
「中華人民共和国だ」
リディア大佐の表情の意味が分かったよ。
これは、もっとも油断のならない国の軍隊と対峙しているんだから。
でも、ゲーム設定は守ろうね、リディア大佐。
「わたしはスヴェート航空実験部隊所属のリディア大佐だ。諸君らはどういうつもりで銃口をこちらに向ける?」
おれの前に出て堂々とした威厳をもって問いかけるリディア大佐。
その様子からまるで銃を恐れていない。
当然、おれもNPCのモブ如きに恐れなどない。
別にリディア大佐の背中に隠れているのはたまたまその位置におれがいるだけであって、決して強い女の子の後ろで守られているから虚勢を張っているわけではないぞ。
「っていうか、なんでこんな厳重に警戒されてる感じ?」
おれの言葉はリディア大佐に問いかけたつもりだったのだが、不敵に笑うビターマンと、腕組みするスウィートハニーが余裕そうに構えて返してきた。
「そんなの決まってんじゃ~ん」
「どんな時でも主導権を取りたいのだよ」
つまり威嚇の為の示威行動みたいなもんで、実際に撃つ気はさらさらにということ。
なるほどなるほど、これから何らかの交渉ごとに入るとして、様々な条件のやりとりを行うのだろう、きっと。
「はは~ん、なるほど、理解した。こいつらから給油してもらうのか……」
潜水艦から補給なんて太平洋戦争のどっかの南方みたいじゃないか。
しかし、侮るなかれ、その補給作戦自体はなかなかうまくいっていたのだ。
そもそも制海権が取れないor補給線を維持出来ないからと誰かが考えていたからこそ、潜水艦に曳航させる機材なりを短時間で用意出来ていたのだろう。
いくら対潜哨戒機を飛ばしたところで広い太平洋すべてカバーするのは不可能で、もし相手がこれをしてきた時は粘り強く抵抗される。
長期戦は覚悟せねばならない。
ま、潜水艦での補給をする時点で戦線は圧倒的不利な状況なので、おれなら消耗を抑えるためにとっとと退却するけどね。
おれは海氷に覆われた潜水艦のすぐ先を見る。
そこには先ほど着陸した戦闘機が駐機しており、二名のパイロットが潜水艦の兵士達に近付いていた。
「まだわかんないよ~? あの戦闘機の給油だけかもしれないし」
「そうかもしれないが、あれはJ-10か? もしかしたら……」
ビターマンの疑り深さは正しい。
おれたちの燃料補給は友軍の補給の次いでってことかもしれないが、スウィートハニーの何やら勘ぐっているのが気になる。
「相手のパイロット……、背格好からして女の人かな?」
何かやたらとパイロットに女性が多いのは気のせいか?
いや、そもそも向こうのパイロットがプレイヤーなのかが気になる。
イベントフラグっぽい登場の仕方なのでNPCかもしれないが、立て続けの新規ミッションだ。
もしかしたらまた上位ランカープレイヤー出現かもしれない。
なかなかこちらを退屈させない仕様じゃないか開発め。
「それにしても、さっきからなんなんだあのNPC。うざいにも程があるだろ」
三人の会話中にもリディア大佐と威厳たっぷりふかふか帽子を被った艦長らしき人が押し問答を繰り広げられている。
やたら高圧的でこちらを思いっきり下に見ている態度に普段は温厚なおれもさすがに切れそうになる、いや確かにカースト最下位の自覚はあるが、ここでは最強やぞ?
「おい、貴様。何だその目は?」
「え……?」
その高圧的な奴がおれに声をかけてきた。
「私を
いや知らんがな、と言いたいところだったが、王中佐の鋭い眼光はこちらの顔に穴を開けるんじゃないかという勢いだったので、とてもそんな言い返せる勇気はなかった。
――――多分、この日和ったのがいけなかったのだろう。
「貴様、前へ出ろ!」
突然の恫喝に対して反射的にリディア大佐より前に踏み出した途端だった。
いつの間にか近付いてきた王中佐の獰猛な笑み。
喉から何か込み上げてきた。
気付けば鳩尾に深々と王中佐の拳が食い込んでいる。
強烈な衝撃に前屈姿勢になったところに、新たな拳が風を切るように迫り顎にクリーンヒットした。
急激に視界が暗くなっていく。
意識が途切れる瞬間――――
憎悪の瞳に揺れるリディア大佐と目が合った。
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