MISSION 33. 不吉な影


 眼下には真っ白な銀世界が広がっていた。

 機首を上げながらスクリーンに表示された高度計を見て慎重に操縦桿を操る。


 通常の滑走路なら誘導灯あり、また管制塔もあるのでその指示に従って操作すればいいが、生憎とここにはそんなご大層な設備はない。


 だからだろうか戦闘機に搭載されている人工頭脳SBDが自分の仕事を思い出したかのように視覚補助用合成画像をスクリーンに投影させている。


 開放しているランディングギアが路面を捉え、車輪が綺麗に設置した。

 柔らかな衝撃と共に操縦席に収まっているおれは安堵する。


『別に着陸くらいあたしに任せても良かったのよ?』

「たまには自分でしないと腕が鈍るだろ?」


 珍しく心配そうな表情を浮かべる人工頭脳SBDのリリィであるが、これはおれの腕の鈍りなど天地が引っ繰り返ってもありえないことを分かっていて、それよりもパイロット補助が仕事の自分から役割を奪わないでくれという些細な不満なのである。


「ほい、これで着陸完了」

『お疲れ様、久々のよ。気分はどう?』

「……ね」


 まあこれは一種の冗談の類だろう。


 機械である人工頭脳SBDがようやく人間らしい茶目っ気たっぷり愛嬌豊かな表現方法をマスターしてるのだから、パイロット冥利に尽きるだ。

 

 ――――でもね。


「なぜおれたちはにいるんだ?」


 寒風嘯く灰色の空に活力はなく、一帯は濃紺を極めた生命の見えない海、陸地?はどこまでも真っ白に続く世界。


【FAO】設定でもただ単にと示されるマジもんの氷の世界だ。

 なんせここにはホッキョクグマすらいない。


 南極だから。


 ああ、まあペンギンたちペパプはいるだろうよ。


『そりゃあ燃料補給の為よ?』

「……おれの視界には文明的な建物が一切ないのだが?」


 きょとんと首を傾げる人工頭脳SBDの言葉の意味が分からない風な仕草むかつく。


 そりゃどっかのなんかの南極の基地ボストークで燃料補給なら理解できるが、見渡す限りの氷の風景しか場所で燃料のの字もない。


 しかも驚け。


 ここはそもそも厳密には南極大陸ではない。

 

 海氷の上だ!


 氷山とは違うぞ?


 あれは大陸に積もった雪が凍りとなってやがて海上に押し出されるもんだが、海氷は海の表面が凍って形成されて、厳密には流氷とも区別されるけど、まあ要するに、


 綺麗な平面が海上に形成されるのででも着陸できるというわけさ!


「いやだから航路でうすうすは気付いてたけど何で空中給油じゃなく南極大陸で着陸して燃料補給なんだ?」

『そんな都合よく味方の勢力圏外で空中給油できると思うの?』

「えー、だって超長距離爆撃って言われたら無着陸の空中給油でって思うじゃん普通。フォークランド紛争でイギリス空軍そうしてたじゃーん」

『あんな大々的にやるわけないでしょ。秘匿行動の意味わかってんの?』

「インドミタブルであんな大規模ミッションやった後によく言うわ!」


 最早この超長距離ミッション破綻してんじゃね?

 

 と思うくらいには派手なことをしてたと愚考するおれを余所に、上空から次々と海氷へと着陸するスヴェート航空実験部隊(現在名称変更協議中)だ。


 加わったばかりのビターマンはお手本のように綺麗な着地を決め、その後ろから着陸をした様子を見てから降下体勢に入るスウィートハニーだ。


 流石のランカーとあってこの程度の基本動作は楽々とこなしている。


「まあとりあえす、座ってても面白くないから南極見学といきますか」


 おれは装甲キャノピーをオープンにする。


 ――――した瞬間、後悔した。


 凍てつく冷気が頬を切り刻む。

 季節は夏とはいえ南極の平均気温はマイナス1度。


 そして今の気温は、


『あ、いまマイナス10度よ』

「……おまえざわと言わなかっただろ?」


 だがしかし、剥き出しの顔表面は以外はそうでもなかった。


 おそらくこの小っ恥ずかしいパイロットスーツニューラテクトパイロットスーツのおかげかもしれないのだろうが、やはり絵面のボルテージマックス感がやばいので既存のフライトジャケットを羽織る。


『今回はそのスマートグラス付けなくていいわよ』

「え、これないとおまえと会話できない設定だろ?」

『あら? あたしとお喋りできないのが寂しい?』

「何でそんなに煽り上手に成長してるんだよ……」


 頭痛が痛くなりそうな頭を抑えておれはため息を吐き出して操縦席から出る。

 脚立がない中でのジャンピング着地。


 フライトジャケットの襟を立てればさっきよりも白い息が灰色の空へと流れ、そこを爆音を響かせながらリディア大佐の機体が滑り込み、左右に付いたプラージャとレジヴィ両機体も同様に着陸態勢に入っていた。


 まあ、通常の滑走路と違って広いし順番に降りなくても別にいいか、燃料もなければ他の機体もないし事故ることもないよね。


「いやー、寒いね、悪魔ちゃん。あれ? 何か面白い耐Gスーツだねそれ」

「ほう、見たこともない耐Gスーツだが、効果あるようには見えないな」


 ビターマンとスウィートハニーが共に揃っておれのほうへ歩いてくる。


 もちろん彼女たちは通常のもこもこしている耐Gスーツに暖かそうなフライトジャケットをしっかり着込んでいた。


「まさか本当に南極大陸に来てしかもこーんなところに着陸ってすごいね」


 ビターマンは興味津々に辺りを見回している。

 どこまで見てもただの灰色と雪と氷の世界だ。


 見ていて面白いのは最初だけで、極寒の大地での厳しい環境にすぐ家に帰りたくなるに違いない。


 おれはすぐにでもログアウトして真夏の部屋で安堵したい。

 あのクソ暑い季節が恋しくなるなんて夢にも思わなかったよマジで。


「我々の燃料は僅かだ。何か手配していないわけがないと思うが、こんな軽装備では早々に低体温症で死ぬな」


 眼鏡があればそれをくいっとしそうな雰囲気で語るスウィートハニー。

 やはりクソ美人なので動作の節々が美しく見えてしまう。


 ちなみだがおれは一切の返答はしていない。


 いや、これは誰に対して言っているのか分からないから応えていないだけであって、決して会話が出来ないということではないのだ。のだ。


「まあ、でも大体の予想は付くけどねー」

「まあな。私の祖国イギリスでも所有しているしな」

「うちにだってありますよーだ」


 なにやら二人が意味深の会話しているようだが、美少女と美女が仲良さそうに会話している姿を嫌う男子はいない。


 例え会話に入れず内容も分からなくてもダ。

 冷気を振るわす爆音が止んだので振り返って見れば、海氷に着陸した3機の戦闘機が停止していた。


 そこからおれと同じようにパイロットスーツの上から大きめのフライトジャケットを着たリディア大佐が機体から器用に滑り落ちている。


「やっほー、隊長ーナイスランディング」

「ほう。彼女も同じスーツなのか」


 リディア大佐に手をぶんぶん振るビターマンの様子はまるでジャーマンシェパードの子犬のようだ。

 当然、スウィートハニーはゴールデンレトリバーだろう。なんとなく。


 リディア大佐は油断のない表情を浮かべながらおれの近くへと来て足を止める。

 特に喋りかけてくることもなく、上空を仰ぎみる。

 おれも釣られて灰色に染め上げられて無味乾燥の南極上空へと視線を飛ばすと、何か重苦しい音がした。

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