OFF MISSION 3. 現実ってつまんねー
おれはカレンダーを眺めながら汗を拭った。
季節は夏真っ盛りの八月。
セミはうるさいし近所のクソガキもうるさいし、こんな日は部屋籠りなくては過ごせない期間だ。
しかし、まあ壊れたエアコンのせいで部屋の室温は最悪である。
このままではゲーム休憩が休憩ではなくなるので、しっかり休養を求めて部屋を出ることにする。
とはいえ出たところで環境は変わらない。
リビングのエアコンも故障しているし、かといって無断で妹の部屋に進入すれば人権を剥奪されかねない罵倒を浴びるのは確定事項だ。
両親の部屋には入る気も起きない。
引きニートのおれには冷たいからね、態度が。
仕方ないけどもう少し柔らかくてもいいんじゃないかと思う。
いや、引きニートの扱いなんてどこもこんなもんだろうよ。
だから全国の引きニートはおれみたいにゲームに居場所を求めるのさ。
と、これ以上の自嘲は精神衛生上よろしくないので、涼を求めてリビングに向かう。
予想通りというかエアコンは起動しないので、リビングの窓を全開にする。
しかし、そこに涼はなかった。
ただただ真夏の蒸された風が入るだけなので、開けていても無駄である。
すぐにそっと閉めて真夏の室温に身を委ねるが、やはり暑いので再び窓は開けた。
次に必要なのは水分補給だ。
冷蔵庫を開き麦茶を取り出す。
全身を撫でるような冷気が心地良い。
いっそのこと冷蔵庫に住みたいと思うのは、日本の夏を知っている人間なら誰しも思うだろう。
ああ、涼しい。
食材はどうなってもいいから、このまま開けっ放しでいたい。
しかしこんな怠惰な姿を母親が見たら、基本的人権すら剥奪してきそうで怖い。
基本的人権がなんなのかおれは知らないけどね。
コップに注いだ二杯目の麦茶は、
うまかった。
「キンキンに冷えてやがる。こういうのでいいんだよ」
まるでどこぞの追い詰めらた人間が絶望の中に小さな幸せ感じた時や、忖度ばかりの気を使い世の中で乱暴かつシンプルな出来事に遭遇した時に発する言葉で人心地着いたおれ。
リビングのソファに尻を落ち着け、グラスに注いだ麦茶をワインのように揺らしたおれは、ログアウト前の長距離飛行中を思い出す。
リアルタイムで推移している【FAO】なので、リディア大佐が愛機のリモート操作を引き継ぐということで休憩を提案されたのだ。
もちろんおれはその言葉に甘えたね。
だって何にも起きない長距離飛行は退屈の一言に尽きる。
最初はくそぽんこつ補助システムとの銃火器の話で盛り上がったが、小一時間もすれば飽きてるものだ。
そもそも無線封鎖でリディア大佐さんとのキャッキャウフフな陽キャパリピ会話もできないし(もともとできない)、退屈過ぎてお腹と背中がくっつきそうだった。
まあ、ゲームだからこのミッションにどれほどの戦略的価値があるか分からないかが、現代航空戦において長距離飛行は特別なことではない。
半世紀以上前ならいざ知らず、今は航空母艦がなくても空中給油機が燃料をじゃぶじゃぶ運んでくれるので問題はない。
実際にイギリスVSアルゼンチンのフォークランド紛争でイギリス軍は超長距離爆撃をしてのけた。
その名もブラック・バック作戦。
アスンション島からフォークランド諸島まで爆撃機は5回も空中給油してもらったが、
なんとこの作戦、空中給油機も空中給油機に何度も空中給油を行ったという、ちょっとよくわからないことまでしたミッションだった。
なに言ってんだかわからないと思うが、とにかく空中給油が出来れば戦闘機が地球一週なんて造作もないことよ。
ただし欠点はある。
中のパイロットに限界がくる。
睡眠を含めた生理現象はどうにもできないのだ。
だからこそリディア大佐さんが心配だった。
長距離飛行は慣れているし、身体の生理機能はインプラントで制御できるから問題なしとして、おれに気を遣ってくれたらしいが、彼女のリアルは大丈夫なのだろうか?
どういう環境でログインしているのか知らないが、ゲーム接続が三十時間近くになる前に、どこかの段階で睡眠を取らないと身体が保たないと思う。
おれは溜息を吐き出して、コップを片付ける。
体調は万全なので急いで仮想世界に戻り、リディア大佐の負担を軽くしてあげなければと思った。
でも多分、睡眠自体は仮想世界でも取れるのかもしれない。
そもそもあの編隊飛行はオートパイロット機能で飛んでるわけだし、寝落ちしてても問題はなさそうな気もする。
機体同期システム&スコードロンによるパーティー編成機能で完全に制御されているのだから、そこに飛行の乱れはないはずだ。
まあ、それを統括しているのが
なのでおれ自身もほとんど操縦せずにいたのでログアウトしたということだ。
だ・か・ら、リディア大佐の負担を減らすとかは建前で。
早くログインして遊びたい。
本音はこれだ!
いまログインしたところで長距離退屈飛行は変わりないのだが、
――――つまらない現実よりマシマシのマシ。
現実のこの環境に耐えるのもムリムリカタツムリ。
今日一盛大な溜息を吐き出してから自室に戻り、フルダイブ型VRマシンであるHMD《ローシユ》を被った。
頭に馴染むのを確認してから、おれは【FAO】を起動させて、仮想世界へと潜っていったていった。
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