MISSION 22. 遠すぎる任務


 複合金属製の分割式キャノピーを閉じれば一瞬だけ真っ暗になるが、すぐに全方位スクリーンが点灯し視界が確保される。


 こちらからは360°全方位が見え、相手からはただのキャノピーにしか見えない。


 分かっているとはいえ、なんだか他の人から丸見え感があり、引き籠もりゲーマーの精神衛生上よろしくない。


 しかもこのクソ恥ずかしいパイロットスーツでは尚更だ。


「なにこの晒されてる感じ引くわー」

「何を引くんだ?」

 

 操縦席から伸びるコントロールパネルのディスプレイが起動し、リディア大佐の顔が映し出された。


「いやちょっとゲームから辱められるとは思わなかったんで……」

「きみは、さっきから何を言ってるんだ?」

「いえ、何でもないですごめんなさい。ご用はなんでございましょうか?」


 怪訝な表情になるリディア大佐をこれ以上困らせてはならないし、なによりきもがられたらあれなのですぐさま無条件降伏する。


「スヴェート航空実験部隊に出撃命令が出た」

「お、おお! おおおお!? 目標は? 北部戦域に転戦とか?」


 これは朗報だ。


 開始からプレイヤーの任意で戦地に行けなかったことに少なからず不満を抱いていたが、これで帳消しにしてやろう。


 きっと運営もゲームの公平性に問題があるとして修正したんだろうね。


「米合衆国フロリダ半島の小島に揚陸される軍事衛星に搭載されるSモジュールブロックの米本土運搬を阻止破壊を目的とする超長距離爆撃だ」

「な、んだと……?」


 一瞬、耳がおかしくなった気がした。

 激戦区の北部戦域転戦ではなく、仮想敵国に設定されている敵本土の爆撃というまったくおれ向きではないミッションに若干のテンションダウン。


 っていうかアメリカ合衆国って、ゲームの設定はどこいった?


『いま作戦概要を映すわね』


 いつの間にか360°フルスクリーンに出現したリリィがご丁寧にタブレットを持ち何やら操作してから、おれの目の前のバイザー上に作戦概要をびっしり表示させる。


 ただ、機体の兵装を確認すれば対地ミサイルの搭載はない。


 代わりに二本の増槽、つまり外付けの使い切り燃料、ドロップタンクのみが装備されていた。


 ――――なんじゃこりゃ?


 予備燃料は長距離飛行の際に必ずと言って良いほど搭載されるものだったが、そもそも米本土までは航続距離が足らなすぎる。


 オーディアム連合本部、まあヨーロッパからグランジア合州国本土、アメリカ合衆国(ややこしいな)までの直線距離が大体6000キロくらいだから、往復を考えてもどこかで空中給油機から燃料補給は必須だ。


「リ……ン。簡単に言ってるけどこれ相当な無茶ぶりじゃね? しかも長距離爆撃機ならともかく、この戦闘機にやらせるとかおかしいし、真っ正面からじゃ空中給油も厳しいんじゃないの?」


 危うくリディア大佐と言いかけた。

 本人にこう言うと、リンで結構と冷たく言われるんだよな。


「無論、大西洋ルートからは行かない。本土へは地球を逆回りで行き、帰りに大西洋を横断する」

「…………………やっぱそうなるよな」

『やったじゃない。地球一周の旅行よ』


 人工頭脳SBDはなぜかはしゃいでいる。

 機械の浮かれようはほっといて、そもそも地球一周は赤道付近でも約47000キロ。


 まっすぐ音速で飛んでも二十時間以上はかかるんじゃね?


「本作戦は秘匿行動だが、様々な勢力に支援要請を打診している。各ポイントで燃料補給や武器の供給を受ける手はずだ」


 お膳立ては完了しているようで結構なのだが、ディスプレイに表示された飛行ルートにも目を見張った。


「え、ちょ、これ、地球一周どころの距離じゃない、よな?」


 だが、おれは更に愕然とする。


 ヨーロッパからアフリカ大陸を経由し、インド洋を進んでから東南アジア諸国を抜け、南米諸国からフロリダ湾に向かい任務達成後に東海岸を抜けて南に転進するらしいが、この飛行ルート、特にアフリカ大陸からインド洋までルートが超絶ジグザグ航路になっているのだ。


「なんでこんな燃料を無駄にするような航法なん?」


 と、思わず関西弁になるのを許して欲しい。


 だってこんな超長距離飛行から爆撃なんて気の遠くなるミッション、この飛行ルートを本気で行えば距離による飛行時間は三十時間を超える。

 

 その間、ずっと退屈な空が続く寝落ち必須のクソVRMMOだぞ?

 

 大体、航空生理学リアル再現ペイン的アブソーバー実装ゲーで三十時間もコックピット内で座っていれば間違いなくエコノミー症候群で死ぬ、脳死する。


「そもそもこの飛行ルートに納得いかないんですけど!」

「きみはランキング1位だからな。そんな化物の動向を各国は注目している。当然、監視衛星から逃れられないし、当該空域から離れた航路を取ればトレースされてしまい目的も察知される。その為にこのような欺瞞飛行が必要なんだ」

「え? え? おれ、そんなに注目浴びてんの? 他のプレイヤーもおれが気になるって事? ふむ、悪くないんじゃないか」


 確かにおれがもし逆の立場だったらスコアで負けている相手の動向は気になるし、へましてスコア落としてくれと願うかもだし、なにより他から割と注目されているというところに承認欲求を満たされる思いがある。


 うへへ。


「きみの愛機やわたしも含め、スヴェート航空実験部隊にステルス機能は皆無なので、航路はこのように工夫されているんだ」


 そう言うとリディア大佐がディスプレイ上の飛行ルートに、別の航空機の飛行ルートを表示させた。


「これは……、民間航空機のルートが被っている?」


 前代未聞の超長距離爆撃の飛行ルートの大半は、各国の民間航空機、つまり旅客機や貨物機と飛行ルートがほぼ被っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る