MISSION 21. それ拷問じゃね?


『人間が手を動かそうと意識する前に既に脳では特定の事象関連電位が働いているのは承知しているわね? そこから各神経細胞に電気信号が送られてようやく手を動かす動作が意識されるの。でも実際に動かそうとする行程に数秒以上のロスが発生するのよ。なぜだかわかる? それは電気信号速度がたったの毎秒120メートルで異常に遅いからよ』


 おれの横で併走しているリリィは赤いスキンスーツに長いエメラルドグリーンのツインテールを揺らしながら説明した。


 こっちはこっちでブイチューバーだと分かっているけれども、胸のでかさといい腰のくびれといい尻の締まりといい、正視できないレベルだ。


 うん、思考がおっさんくさいが、おっさんって大抵精神レベルが中二と変わらないからおれがおっさんじゃなくて、おっさんがクソガキということで締めくくる。


 あとついでに多分、脳神経学やら神経補綴学やらの小難しい理論をさも知っている風に問いかけるのはやめてほしい。


 さっぱりわからんから。


「いやでも、人間の身体サイズで毎秒120メートルは早いほうだろ?」

『音速は毎秒340メートル、光の速度は30万キロメートルよ?』

「光を出しちゃスケール違い……」


 ん? まてよ。


 これ確か多重毛細光センサーを織り込んでいるって言ってたよな?


『あんたが動かすと意識する前に、あたしが事象関連電位を検知演算して、その情報が光センサーを通じて各神経と筋肉を低中高マイクロ波で刺激する。するとその刺激によって筋肉が強制反応してあんたがするであろう行動に対応するわ。その速度は電気信号速度ではなく光速度。つまり、まるで未来予知するかのように0コンマ秒で手足が反応するわよこのパイロットスーツは』

「…………マジで?」


 極限時に人間は頭で考えずに、現時点で最高の動きを勝手にすることがある。


 よくある身体が勝手に反応するやつだ。


 スポーツ分野に限らず何かを『何か』を極めた人だったら誰にでも経験はあろう。


 それら例えゲームであっても、反射的に最適な動作をするのは自明の理。


 だっておれでもあるもん。


 それが……


『これはね、別に相手の行動を予測して先読みで動くってわけじゃないの。ちゃんと相手が行動したと認識された後のこと。無意識下の行動反応が、あんたふうに言えばチート神懸かりなスピードになるのよ』

「まてまて、ちょっと整理しよう」


 おれはリリィの語った説明を自分で理解できるように反芻する。


 どんなに戦闘機ハードの性能を拡張しても、パイロットソフトの生理的限界以上の戦術機動マニューバはできない。


 某ロボット技術のマグネットコーティングはパイロットの反応速度に機体がついていけないからすこしでも各部動作の動作反応を良くする為のものだったはず。


 対してこれは発想が逆だ。


 パイロットの生理的限界を拡張しようとしているのだ。


 その行動を意識する前に脳では反応が出ている《事象関連電位》。


 電気信号速度で各神経に動けと命令が伝わる遙か前、

 毎秒300000キロメートルの速度で多重毛細光センサーに情報が伝わり、

 低中高マイクロ波刺激によって任意の手足の神経細胞が刺激され、


 通常の2500倍の速度反応で手足が動く。


「マグネットコーティング技術を超えた人間フライバイライトじゃんそれ」

『多分、あんた的には凄い反応速度で身体が勝手に動いて理想の戦闘機動マニューバをしているように錯覚するかもしれないから実際は面食らうかもしれないけど、慣れればどうとでもないかも』

「随分、あっさり言うな」


 現実世界にある戦闘機のフライバイワイヤに変わる技術を、この小さなパイロットスーツに押し込んだということだ。


 これ結構、すごい技術じゃね?


 意識する前に自分が思っていた最適行動を無意識下で先にやれるってこと。


「ん? ってことは耐Gもその理論?」

『そうよ。外部から締め付けて血流を抑制なんてこのNTPSには不要よ。内部の筋肉を刺激させて膨張させて止めるの。正確に言えばあんたのバイタルデータから最適の締め付けで、血液の流れをコントロールするってわけ』


 通常、ブラックアウトは下半身を外圧的な締め付けによって血流を抑制し、脳の血液不足を抑えるものだ。


 それがこのパイロットスーツだと、内側の自身の筋肉を刺激して膨張させ抑えるということなのだろう。


「血流の抑制が可能ってことはレッドアウトも抑えられる?」

『眼球に血液がいかないように、また窒息や脳にダメージがいかないようにコントロールすることも可能よ』

「マジかよ。すっげえじゃんそれ」


 レッドアウトはマイナスGで起こるものだが頻繁に発生するものでもない。


 ただ現状はマイナスGに対応するものがないのですごい有効なのではないか。


『とはいえ端っから全力で使わないわよ。ここまである程度、あんたの戦闘行動で電位パターンは解析できてるけど、まだまだフィードバックは必要なの。変な挙動起こされちゃたまったもんじゃないでしょ?』

「そりゃそうだな。スコア落としたくないし慎重に頼むよ」


 初めから全力で使えないのは残念だけど、そもそも全力を発揮させてくれる相手がいないし別にいっか。


 ふ、だっておれ、ランキング1位だし。


「ん? ところでこれNTPSって他にも配られてる?」

『本当はリディア大佐だけだったけど、予想以上の実力を発揮したからあんたにも支給されたってわけ』

「おお、やっぱりランキング1位の特別報酬とか?」


 自分が評価されるって嬉しいもんで、しかも特別報酬がチート級の装備ってのはテンションあがりまくりだぜ。


『う~ん、どちらかというと肉体的にも耐えられそうだからじゃない?』

「え?」


 なにその不吉なワード。


『耐G効果は……、ちょっとあれかも』

「え、ちょ、なに、はっきり言ってくれ、傷つかないから」

 

 人工頭脳は大変言いにくそうにしているが、ようやく格納庫外の駐機所にある愛機に到達したのでとりあえず脚立に足をかける。


 分割式キャノピーに滑り込んで専用HMDローシユを被り、そこでようやくキャノピーに肘をかけて覗き込むように映るリリィが呟いた。


『凄い痛いわよ』

「え?」

『強制的に筋肉を膨張させるってことはもの凄い負荷を筋肉に与えるから、少なくとも最初の高+Gは多分、電流びりびり拷問級に感じると思うわ』

「は?」

『実証実験段階ではリディア大佐を半身不随させかけたり、実際に細胞壊死させたりで義肢にさせてたからね。まあ、でもそれのおかげでこうして実装できたし、筋肉も慣れれば超回復で耐性つくから、ね』

「おまっ!? 人体実験ってこれのことか!??」

『これだけじゃないけど、まあ頑張って』


 リリィはにっこりと魅力的に微笑む。


 それがまるで悪魔の笑顔に等しいと感じるのはおれだけではと思った。

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