MISSION 6. 本気だす
バイザーに乱戦空域の高度が一〇〇〇〇フィートと表示され、機体をバンクさせた。
眼下にある薄ら雲の先で、何本の白い筋と閃光、そして長い尾を引く黒煙が確認できる。ミサイルの軌跡、直撃、撃墜される戦闘機、といった感じか。
「無線は使えるのか?」
『相手のジャミングが優秀みたい。対抗プログラムを構築中だけど時間がかかるわ』
電磁妨害は予測された事態だ。
通信機器の遮断は基本中の基本であるが、やはりボイスチャットが使用不可となると苦戦は免れない。
スペシャルフォース機同士の連携が出来ないのも電磁妨害が理由であれば、難易度の高いミッションであろう。
せめてスコードロンさえ組んでいれば、極小規模の部隊間通信が可能だったのだが。
「ユリアナ機はどこにる?」
少年の質問にディスプレイのレーダースクリーンがユリアナ飛行隊の識別信号を点滅させた。
バイザーにもリアルタイムで方向が示され、機外に視線を移せば遠くのユリアナ機が視覚化されて分かり易い。
戦術データリンクはこういう時に役立つ。
後はせめてユリアナ機とスコードロンさえ組めてれば通信できるのにもどかしい限りだった。
「ん、そういやユリアナ飛行隊はNPCなのか?」
『あんたと同じよ』
「プレイヤーか……」
だからであろう。
残る二機は常に一緒に行動しており、連携が取れている。
おそらくユリアナ飛行隊というスコードロンを組んでいるのだろう。
スペシャルフォース機と違って、見事な
『ユリアナ飛行隊二番機が敵に付かれたわよ』
「まずい!」
瞬時に本気モードとなる少年だ。
操縦桿を一気に押し倒す。
機体をロールさせ背面急降下。
ディスプレイが多重ウィンドウ化し二番機の状況を表示させる。
執拗に迫る敵機機影は二機。
機首を下げてからスロットルレバーを全開のパワーダイブをかける。
自由落下より早い超高速度だ。
高々度からの急激なマイナスGに胃袋が口から出そうになる。
Gメーターの表示が-2を示す。
冗談ではなく目玉が飛び出そうだった。
「レーダーロック、は……、するなよ」
バイザーが敵機を捕らえたが、反射的に飛び出た言葉にリリィは忠実に従った。
自機に搭載されたレーダーでロックすれば敵機も気付いて回避行動に移る。
短距離赤外線誘導なら悟られないが、その距離まで行けば敵パイロットも気付くはずだ。
それだったら一撃離脱のガン射撃で撃墜したほうが無駄なドッグファイトをしなくて済む。
急降下中は機体のぶれが激しい。
余程の腕でなければ命中は困難だろう。
が、少年にはそれだけの腕を誇れる自信がある。
『FAO』は搭載火器の弾数が実際と同じ仕様である為、いかに無駄弾を使わないかが勝敗の鍵を握っていた。
それによって培われた偏差射撃テクニックが、少年を世界ランキング一位に押し上げていたのだ。
ユリアナ飛行隊二番機を追う敵を肉眼で捕捉。
コンマ数秒の瞬間Gメーターの値が-3Gを指す。
視界が真っ赤に染まる。
マイナスGの影響で眼球の血管が膨張した証拠だ。
有視界にて敵機捕捉。
速度の乗った過ぎ去り際の刹那の瞬間。
親指を軽く押し込みすぐ離す。
すぐに機首を上げた。
手応えは充分。
振り返って戦果を確認するまでもない。
『うわ、凄いわねあんた。レーザー照準も切ってるのに五発全弾命中よ』
その様子に
ほんの一瞬だけのフェザータッチ技量は伊達に鍛えたわけじゃない。
数多のドッグファイトの経験で得た自分のスキルだ。
ミサイルは信用できる武器だが、最大でも八発では乱戦モードのPvPで生き残れなかったからだ。
「次は?」
『一番機も食い付かれてるわ』
バイザーに矢印が点滅し、方向を示してくれる。
目の辺りに違和感を感じて酸素マスクを外して触れると、手袋にぬめりと光る赤い液体が付着していた。
Gメーターの最低値は-4。
一瞬とはいえ、目から血が吹き出る値に溜息が出た。
「……度を超したリアル追求かよ」
『あら、恐くなったの?』
「まさか。バーチャルってここまでするのかと感心したって心境だよ」
『ふっふっふ』
「なんでお前が偉そうなんだよ」
『そりゃあたしのサポートが大きいからよ。操縦システムや火器管制にデータリンクとソフトウェアの大半を賄ってるんだから感謝しなさいよね』
「ユーザーインターフェースであるお前の仕事がそれなんだから感謝とか言われてもな」
『じゃあ仕事するけど、一番機がロックオンされました。敵機短距離ミサイル射出。ユリアナ機フレア散布で回避。次に攻撃されたら厳しい状況。さて、どうしましょうか』
「どうもこうも、援護しなきゃ俺のランキングに響くじゃん!」
この遣り取りの間にも機体をバイザーの示された方向へと飛ばしていた。
高々度より速度の乗った一撃離脱で追撃はなかったが、油断はしていられない。
現高度は八〇〇〇フィートと下がっており有視界で上方を仰ぎ見る。
レーダースクリーンにも背後を取る機影は映っていないが、この低高度だと被られたら終わりだった。
「まあ、そもそも、ユリアナ機が落ちたら終わりなんだから、行くしかないか」
少年は静かに呟いてから、スロットルレバーを全開にした。
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