MISSION 5. ツンデレじゃん


『ちょっとあんた、起きなさいよ!!』

「ぬおぁう!?」


 凄まじい怒号で夢心地から覚醒した少年は悲鳴を上げた。

 目の前に青く広がる背景をバックに、ツインテールの女の子が頬を紅潮させて睨んでくる。


「な、なんだ……?」


 状況が掴めない少年は目を瞬かせながら周りを確認しようとしたら、口元に違和感を覚えた。

 何やら吸気マスクみたいなものが口元を覆っている。


『低酸素症で気を失ってたのよ。パイロット保護プログラムを強制始動させて装着させて上げたんだから感謝しなさいよね』


 仏頂面で腕組みする女の子は、良く見たら人工頭脳SBDのリリィであった。


「うんと、え? 俺、失神してたのか?」


 徐々にすっきりしてくる頭が、こうなる前の状況を思い出させてくれる。


 ユリアナ基地のアップデートされた『FAO』の余りにリアルな作り込みに、どれくらいの再現性があるのか試そうとして、高々度の中を酸素マスクなしで過ごしたのだ。


『あたしが何度も注意したのに、あんたったら酸素マスク着用しないんだもの。そりゃ失神の一つや二つするに決まってるじゃない』


 幾つもの光点を表示させた眼前の大型ディスプレイに小ウィンドウが現れ、現在の高度を表示させている。

 

 ――――脅威の三八〇〇〇フィート、上空一万メートルだ。

 

 マスクの頬辺りが小さく弾けた音を出している。

 皮膚の毛穴の空気が膨張して外に出ている音だろう。


 いくら酸素マスクを着用しているとはいえ、空気が薄いという体感的な何かが気分を良くはしていない。


『あ、またバイタル低下よ。ちゃんと加圧呼吸しないとまた失神するわよ?』

「……そこまで再現してんのかよ、これ」


 安全管理の面からそういった航空生理学要素は取っ払っていたはずではなかったのかと疑問が過ぎったが、さっきまで失神していたという事実から素直に指示に従う。


「高度下げたほうが良さそうだな」


 これほどの高々度では酸素マスクから吸引できる酸素濃度一〇〇%を吸っても、肺胞の必要酸素分圧を確保できない可能性がある。


 なので、加圧された酸素を吸うことになるのだが、吸う分には酸素マスクから強制的に入ってくるので大丈夫だ。


 肝心なのは吐き出す行為である。


 お腹に力を入れて、無理矢理吐き出さないといけないのだ。

 ハリウッド映画のジェット戦闘機で戦う映画を思い出して欲しい。

 そこに出てくるパイロット達はやけに大きな呼吸をしていると思わないかい?


 つまり、そういうことだ。


 しっかり空気を吐き出すためにめちゃくちゃ頑張っているのだ、パイロット達は。

 これが割と大変で、力一杯吐き出すという動作だけで体力を消耗してしまう。


 ただ、今のように人工頭脳SBDのリリィがバイタル低下を警告してくれるので、多少は気を抜いても平気だろう。


 例え酸素マスクを外していてもリリィの警告か、有効意識時間内で自覚症状が確認できたら、すぐにマスクを着用して大きく深呼吸をすれば正常に戻るはずだった。


 さっきの失神は警告を無視し続けた高い代償といったところか。


『別にあんたの心配するわけじゃないけど、高度を下げたら乱戦に入るわよ?』


 リリィの指摘が何を指すのかは、ディスプレイを見れば明白だった。


 レーダースクリーンは敵味方で入り乱れており、現代ではまず起こりえないであろう大空中戦が展開されていた。


 どうやらスペシャルフォース機は無人攻撃機ドローンよりも、それらを護衛している直掩ちょくえん機の攻撃に回ったようだ。


 緒戦でこそ単純な手でやられたが、相手の戦術を理解すれば対応可能な状況である。


 もしくは少年と同じくドッグファイト志向の強いプレイヤーなのだから、単純に戦闘機同士の戦いのほうを選んだ結果かもしれない。


「っていうか、お前、さっきと性格変わってないか?」

『パイロット保護プログラムの影響よ。あんたのバイタルが危機的状況に陥ったから、もっとも有効な手段を用いて復帰を試みたらこうなったの』

「それってつまり……」

『べ、別にあんたなんかの為にこうなったわけじゃないんだからねっ』

「ツンデレ属性!」


 まさか自分の嗜好を解析して合わせてくるとは思わなかった。

 確かにこっちのほうが親しみやすいし、声色にも抑揚が付いて大変感じがよろしいし好ましい。


 何か推しの声優に似た声色にも好感がもてる。


 ただ、こうも簡単にユーザーを気持ちよく騙してくれるのはどうだろうか。

 運営側に良いように踊らされているようで若干、悔しい気がしないでもない。


 そして現実でやられると、


 大変うざい!


『忘れていないと思うけど、ミッション達成条件はユリアナ基地の防衛よ。現在、当該基地は著しい戦力喪失に加えて民間人の退避で精一杯。あんたと同じスペシャルフォース機が奮戦していて保っているようなものだわ』

「正規軍のユリアナ飛行隊は……、残存二機か……」


 ミッション開始の時間軸よりやや手前、ユリアナ基地所属のオーディアム連合国防空軍第四〇一戦術戦闘飛行隊、通称ユリアナ飛行隊は国籍不明機の領空侵犯に対してスクランブル発進、そして交戦による被害で七人の訓練生と二人のベテラン教官が戦死したという設定だった。


「管制塔からはどんな指示が出てるんだ?」

『上がれるパイロットは全員上がれという指示を最後に無人攻撃機ドローンの爆撃で吹き飛んだわよ。ちなみにミッション達成条件にユリアナ飛行隊の残存があるから気を付けてね。全滅したらその時点で失敗だから』

「えー、それ早く言えよ」


 バイザー越しに茶目っ気たっぷりに肩を竦めるリリィに、少年好みのツインテールじゃなかったら即デリートしてやるほど殺意が沸く仕草でもあった。


 大変、うざい!


「了解、ユリアナ飛行隊を援護する」


 少年は操縦桿を押し倒し、機首を下げた。

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