MISSION 4. Vチューバーなの?
――――ブラックアウトからホワイトアウト。
先程の、格納庫内の映像が頭の中に入ってくる。
仮想世界に入ったようなのだが、いつもの映像に比べてより一層鮮明に映っているのに驚いた。
――――まるで現実世界そのものの臨場感がある。
ディスプレイが起動し、バイザーにも様々な情報が投影された。
レイアウトは自分が使っている見慣れたものに変わり、寸分の違いもない。
ミッションモードの名称はユリアナ航空戦と表示され、ダウンロードが開始されていた。
ディスプレイには今回のアップロードで適用されたパイロット補助システム、ユーザーインターフェースによる
『ユーザーID確認。ユーザー名アゼル・ナガセの認証終わり。初めまして、私は貴方の飛行をサポートするシステム、リーガルリリィと申します』
画面内で全身を映したアバターはぺこりとお辞儀した。
エメラルドグリーンのツインテールに白を基調としたアメリカ海軍士官が着るようなスーツを着込んだ女性が映し出された。
機体はロシア製なのに何でアメリカ海軍士官の服装なのかは置いておくとして。
リリィと名乗る女性は、ユリアナ基地に訪れる前に作成したアバターだ。
寸分違わぬ理想のアバターが、画面から飛び出るように表示される。
バイザーの立体投影機能を利用した視覚効果の賜物であろう。
いくらか胸を強調するかのような姿勢でこちらを見上げていた。
なんか、Vチューバーみたいだな。
いや、訂正しよう。
これはもはやバーチャルアイドルのほうだ。
「よ、よろしく、リリィ」
少年が挨拶を返せば、またしてもお辞儀をする。
事前のパッチ情報によれば、アバターはプレイヤー次第で成長させることが出来ると書いてあったが、どのように成長するかは不明である。
おそらく、ミッション達成時の過程によってパラメーターが伸びると【FAO】スレの議論によって予測されていた。
『早速ですがミッションの説明を開始します』
ディスプレイにはこれから起こるであろう戦闘状況が表示される。
『国籍不明機による空襲を生き延び、敵性勢力の撃退をして下さい。以上です』
「……それだけ?」
なんとまあ大雑把な作戦概要である。
敵の数がどれくらいなのか、制限時間はあるのか、味方プレイヤーの参加状況はどうなのか、それらの情報が一切ない。
確かに新規ミッションなのだから情報がないというのは理解できるが、それにしても不親切過ぎるのではないかと文句が出そうだった。
『ミッションを開始してからであれば、有力な情報を提供できるでしょう』
無機質な合成音は淡々としていた。
聞きようによっては女性っぽく聞こえるのだが、抑揚のない発音が人間との大きな違いを思わせてしまう。
もはやボーカロイドと表現しても差し支えない。
なんなら戦闘しながら歌ってみた的な感じで配信して広告収入とかゲットしたい。
でも、せめてもう少し砕けた、声優さんの声音を希望したかった。
まあ、きっと有名声優を起用するほど予算なかったんだろうが、こういうところにこそ予算を割けば、もっと【FAO】は広く普及していたはずだとエンドユーザーとして声を大にして叫びたい。
気を取り直してディスプレイを操作し、音声出力の項目から数種類のボイスパターンを試してみるが、結局は感情の欠如した機械的な音声にしか出来なかった。
要するに全部ボカロだ。
「お前、もっとネットからツンデレかクーデレをヤンデレ要素を学んでくれよ」
『了解しました』
半ば冗談のつもりで言ったのに、
ディスプレイのウィンドウが凄まじい速さで検索結果を続々と表示させる。
「いや待て、ごめん。その作業は今度でいいよ」
とりあえず今は自分の嗜好に合わせて改変の時間は与えたくない。
それよりもユリアナ基地で開催されるイベントを早くプレイしたい。
実際の戦闘機のコックピット内でやるほどのリアルを追求しているのだから、気分は高揚しているのだ。
さっき話しかけくれた女の子も観戦するようなので、ちょっとは良いところも見せてやりたい。
多分、それが浮ついた気分にさせる一番の原因だと思うが、これは思春期あるあるということで許してほしい。
「じゃあリリィ、ミッションを始めてくれ」
『了解しました』
一瞬の静寂がコックピット内を包んだ。
ディスプレイとバイザーがシャットダウンしたかのように沈黙し、少年の視界も闇に閉ざされる。
圧迫されるような感覚だけが唯一身体を身体として認識させてくれる。
これは仮想世界のミッション突入時の過程だ。
仮想世界に潜るこの特有な感覚。
初めて経験する人間には気分を害するようなのだが、慣れてしまえばどうということはない。
特に【FAO】経験者にとってはミッション時の通過儀礼のようなものなのだ。
これを経てようやくドッグファイトだという気持ちになれる。
『ユーザー構築完了。ミッション開始まで十秒です』
人工頭脳が刻む秒読みを聞きながら、少年は静かに息を吐き出して目を閉じ、新しいミッションの幕開けを待っていた。
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