MISSION 3. きみはヒロイン?
先程の守衛が何やら説明を開始した。
休憩の間に『FAO』プレイヤーによるフライトシューティング映像が巨大なスクリーンで公開されるらしい。
専用ブースからは会社関係のスタッフが出て、無料招待されたプレイヤーを集めている。
少年も説明を聞くためにその輪に入った。
専用の格納庫に案内され、主に東側で配備されていた戦闘機が多数並ぶ中、実際のコックピット内でゲームにログインする模様だ。
それぞれの機体にはプレイヤーのユーザー名が割り当てられ、端末でログインIDとパスワードを打ち込み、招待券に記載されたレジストコードを打ち込む。
今回のイベントで配布されるカラーリングが乗り込む機体に反映され、その塗装をした実機のコックピットに行くようだった。
少年は案内係に促され、格納庫内の簡易ブースで耐Gスーツを着せられた。
なんとまあ本格的である。
耐Gスーツは腰から出てるホースを機体内部で繋げて、ジェットエンジンから抜き取った空気で膨らませ、下半身を締め付けることで血流をコントロールする。
ジェット戦闘機は急上昇による重力加速によって頭の血液が下に流れてしまう。
こうなると頭に血が昇らなくなるので、意識を失うのを回避する為にあるのが耐Gスーツだ。
なので非常に歩きにくい。
初めて着るから、うまく身体を動かせない。
しかも誰も着るのを手伝ってくれない。
こっちは本物のパイロットじゃないのだから手伝ってくれてもいいではないか。
いくらなんでもゲームするのに本格的な耐Gスーツ着るとか、ちょっとおかしいと思うが、まあ滅多に着ることの出来ないものなので、ログインするまでの我慢だ。
指定された機体はピュアホワイトに塗装されていた。
しかも配布されたカラーリングは、真っ白い百合の花と蔦が複雑に絡み合うような、迷彩模様らしきものだった。
ランキング一位に配られるレアカラーリングだろう。
が、まったく少年の趣味ではない。
むしろに戦場に花とか夢見過ぎだろう。
こんな相手がいたら間違いなくケツに
少年は溜息を吐き出しつつ、ログインする為に搭乗機体に乗り込もうとしたら、
一斉にカメラのフラッシュを炊かれた。
周りから若干のざわめきと興味の視線が肌に突き刺さる。
「えー……」
失念していたとはいえ自分のランキングは一位だ。
この場で注目されないわけがない。
恥ずかしい上におそらくネットでも画像が晒され、もしかしたら家族に見られるかもしれない。
ここで友達と言えないところが、自分でも痛いとは分かっているが。
見渡せば大勢の人間から注目されて汗が噴き出す。
背中の酷く湿った感触が気持ち悪い。
こんなところに来なきゃよかったと、激しい後悔に襲われてしまった。
仮想世界ならともかく、現実の自分が注目を浴びる状況に耐えられそうにない。
段々と気分が悪くなる。
コックピットに乗り込む脚立の前で、固まってしまう。
案内係の人が心配そうに声をかけるが、何を言っているのか聞こえない。
冷や汗は止まらず呼吸が激しくなる。
どれくらいの時間、硬直していたのか分からない。
その時だった。
柔らかい声が耳に入った。
「あなたが『FAO』のランキング一位?」
振り返れば、そこには水色の瞳をきらきらと輝かせていた女の子がいた。
やわらかそうな金髪をポニーテールで纏めた女の子だ。
肌は白く、頬は健康的に染まっている。
背は自分よりやや低いくらいで、年齢のほうも同い年くらいだろうか。
「私はこの後の観閲飛行をするユリアナ飛行隊のパイロットのミルドレッド。よろしくね。ランキング一位さん」
にっこりと微笑む女の子が手を差し出してくる。
動作の意味が分からない。
それほどまでに緊張していたようで、首を傾げたまま女の子の顔をじっと見詰めた。
「どうしたの? なんだか青ざめているようだけど、大丈夫?」
一転して心配そうな顔になって覗き込んでくる女の子に、ようやくそれが握手を求めていることと気付いて、慌てて手を握り返す。
「いやー、えっと……、大丈夫、です」
かろうじて声を絞り出すと女の子は安心したように笑った。
「もっと大人かと思ったけど、私と同い年でびっくりね。ユリアナ基地にもフライトシミュレーターがあって、基本システムは『FAO』と同じなのよ。私も結構やってて、あなたと一緒にプレイしたことだってあるんだから」
溌剌とした口調の女の子、ミルドレッドと名乗るユリアナ基地のパイロットだ。
だが、待ってほしい。
同い年といえば十五才ということになる。
その年齢でジェット戦闘機のパイロットとは如何なものか。
どういった経緯でなれたのかそっちのほうが疑問だった。
「あの……、もしかして、年齢偽って軍に入ってます?」
どこの国も軍入隊資格は十八からの制限があるはずが、ミルドレッドは十五と言った。
そうであれば年齢を偽って入隊しなければ辻褄が合わない。
「まあ色々とね。この間やっとパイロット候補生になれたから内緒ね」
あっけらかんに言ってのけるが、なんと度胸の据わった女の子であろう。
ばれたら軍法会議で即除隊扱いなりかねない行為だ。
第二次大戦の時にも年齢を偽り十三才で戦争に参加した海軍乗組員がいたが、現代でも通用するとは誰も思わないだろう。
しかもパイロット候補生まで上り詰めたのだから相当に優秀な成績を残していることになる。
一体、どんな経歴詐称で空軍に潜り込んだのか謎である。
つまらない表現であるが、軍隊はそんな砂糖菓子のように甘くない。
ただ、一ついえることは、
「……お前、めちゃくちゃ凄いんじゃない?」
とはいえ現実でジェット戦闘機のパイロット候補生にまでなった人間だ。
それはもう体力、知力共に極めて優秀な人間に間違いない。
引きニートの自分とは大違いだ。
いや高校生だからニートではないが、引き籠もりには違いないのだが。
「あら、ランキング一位に褒められると照れるわね」
その率直な感想に、ミルドレッドは意外なくらいの笑顔になった。
あまりに嬉しそうに笑うので少年のほうがとまどうくらいだ。
「いやいやいや、それおかしいでしょ。こっちはたかがゲームだし……」
本気で照れている様子に益々面食らってしまう。
ゲームの腕が世界一の人間より、実際では有り得ない偉業を成し遂げている人のほうが凄いはずだ。
「じゃあ、もう行くから。モニターで観戦してるから頑張ってね」
片目を瞑って離れるミルドレッドを見送った呆然と見送る。
「……やっぱ金髪ポニーって最高だな」
と感想を呟きつつ、いつしか自分の緊張が解けていたことに気付いた。
今の遣り取りのおかげで平静を取り戻していたようだった。
脚立からコックピットに入り、案内係の指示通りにHMDを被る。
自宅にある見慣れたそれにも安堵し、ログイン画面を起動させた。
コックピット内もゲーム通りに再現されているが、これは逆にゲームのほうが現実を再現しているのだ。
内部は大型液晶ディスプレイ一つに、後は操縦桿とスロットルレバーだけだ。
無骨な計器類は一切無い。
大型ディスプレイはフルカラー表示のタッチパネル式で、いくつかのウィンドウで区切ることも可能だった。
必要な情報だけを表示させ、機能的かつ洗練されている。
さっそく案内係の指示に従いログインした。
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