MISSION 2. リアルって凄い


 ――――南国の楽園ユリアナ島。


 燦々と照らす太陽が白銀の砂浜を輝かせ、青々と茂る椰子林の原色豊かな花々が常夏の景観を彩っていた。


 ユリアナ島は大西洋に浮かぶ赤道付近の島々で構成されており、大別すると自然保護区域に指定された地域と観光区域があるようで、航空ショーは自然保護区域の傍にあるユリアナ航空基地で開催されるようだった。


 どうやら航空ショーはユリアナ島の中では一大イベントらしく、島は多くの観光客で賑わいを見せていた。


 海岸沿いの観光区域は大盛況で人の波が途切れることがなく、海水浴目的の人も大勢いて、ショッピング街を水着姿で闊歩する女性もいた。


 別に女性の水着姿を拝みに来たわけではない少年は、観光客の多さにうんざりしたこともあって、早々に観光区域を抜け出した。


 ユリアナ基地行きのバスに乗り込み、航空ショー開催までの時間潰しを基地見学で行うことにした。


 バスは基地手前で止まり、そこで降りれば目の前に基地のゲートがあった。

 基地の守衛に招待券を見せると、一般の観光客とは別のゲートから入場させられた。


 案内するとばかりに守衛が先に立ち、滑走路脇にある格納庫まで連れてこられる。

 まるで監視されているかのようだったが、格納庫から引っ張り出された戦闘機を間近にして、そんな考えは綺麗に吹き飛んだ。

 

 ――本物だ。


 ここには本物の戦闘機がある。

 興奮しすぎて鼻血が出そうだったが、守衛が立ち止まったので慌てて平静を装った。


 どうやらここが『FAO』プレイヤー専用ブースのようで、上位ランキングユーザーが集められていた。


 先客がちらほらといて、みんなそれぞれ談笑をしていた。

 中には女性プレイヤーもおり、他の顔見知りらしい人と会話に花を咲かせていた。

 上位に女性がいたことにも吃驚するのだが、予想外に可愛い容姿をしているのにも目を剥いた。


 ネットの世界での女性プレイヤーは大抵、お察ししてくれと言わんばかりと聞くが、少なくとも『FAO』においては違うようだ。


 というか、戦闘機同士のドッグファイトがメインのゲームを女性もプレイしていること自体に驚く。


 ロールプレイング要素ゼロのこのゲームをお喋り中心で生きる女性は、どこに楽しみを見いだすのか不思議でならない。


 しかも、どう見てもリアルで充実していそうな雰囲気にこっちは気後れする。

 自分がひどく場違いなところにいる錯覚に囚われてしまうではないか。


 間違ってもあのように会話に交ざることはできない。


 人との積極的な交流は苦手としていたので、つい逃げるように専用ブースから出てしまった。


 空調のある快適なブースと違って外は強い日差しに晒されている。

 真夏の温度には辟易するものの、滑走路脇の駐機場には各国のジェット戦闘機がずらりと並んでいて、それを眺めている分には楽しい。


 西側諸国の代表的な戦闘機もあれば、東側の新旧様々な戦闘機が用意されているのにも目を引く。


 かつては敵対していた国々の戦闘機が一堂に会しているのは壮観である。


 どうやら撮影自体は自由なようで『FAO』プレイヤーとは関係ない観光客が歓声を上げながらカメラのシャッターを切っている。


 負けじとばかりにこっちもスマホのカメラ機能を使い、物珍しい東側戦闘機を中心に画像を保存する。


 これだけでも良い土産になる。


 帰って愛でるには丁度良い。

 時を経つのも忘れて現実の戦闘機を眺めていたら、突如として爆音が響き渡った。


 基地上空を三機のジェット戦闘機が滑る。

 低高度から進入し、三機揃って一斉に旋回すれば両翼からヴェイパー、翼面上下の気圧差で発生する湯気によって綺麗な軌道が描かれた。


 どっと歓声が上がり、ユリアナ基地の盛り上がりが手に取るように分かる。

 いよいよ航空ショーの始まりであった。

 間近に見た本物の臨場感に興奮を抑えきれない。

 耳を劈く爆音の連続に鳥肌が立ち、心臓の爆発するかのような鼓動が胸を打っている。

 遠くに霞む機影が、あっという間に基地に迫る姿が、本当にジェット戦闘機は速いのだと当たり前の感想すら抱いてしまう。

 お決まりの編隊飛行から、各機の特性を活かした空中機動は、知らない人間から見ればこんなことが可能なのかと目を疑うものばかりだろうが『FAO』経験者たる少年にとっては勝手知ったる動きだった。

 逆に編隊飛行のほうが珍しいとまで思ってしまう。


 ゲームの中では大抵、ソロプレイが多いので僚機と一緒の行動をほとんど経験していなかった。

 選ぶモードがもっぱらPvPによる乱戦モードでドッグファイトばかり。

 磨かれるのは個人技量ばかりで、僚機行動に必要な連携技術など皆無だえっへん。


 ……別に友達をつくるのが苦手とかじゃないからね。


 まあ、要するに『FAO』は現代航空戦では有り得ないシチュエーション下で行われる、第二次世界大戦時の航空戦と変わらないってことだ。


 こういったドッグファイト志向は古いものなのだが、フライトシューティングという特性上、仕方のない仕様だろう。


 誰も協調を強要されるゲームなどやりたくない。


 好き勝手に動いて派手なドッグファイトをやっていたいのだ。

 だが、モードによってはスコードロンというチームを組んで戦えるのもある。

 当然、自動マッチング機能による寄せ集めでスコードロンを組んだプレイヤー達と一緒に戦うと、見るも無惨な敗退を喫してしまう。

 一度、スコードロンに誘われた時は、それこそ常勝チームとなってチームランキングでも一位を取ったが、あまり楽しいとも思えなかった。

 連携できればプレイヤースキルが低くても上位ランキング者を墜とすことが出来るのは当たり前だから面白みを感じなかった。

 一ヶ月も経たずにスコードロンを脱退し、再び野良としての道を選んだ。

 

 乱戦モードによる遭遇戦こそが、唯一無二の『男』のドッグファイトだ!

 

 手強いプレイヤーと当たると、時間を忘れて戦いに明け暮れることもあった。

 何度も言うが友達をつくるのが苦手とかではない。


 馴れ合いになると弱いランカーに合わせなくてはならないからストレスになるだけだからね、足手纏いはいらないんですよ。


 ふと、ユリアナ基地を飛行するパイロット達は『FAO』をプレイしたことがあるのかが気になった。


 M&Sを提供している会社が協賛しているということは、このユリアナ基地のパイロットもやっているのかもしれない。


 とすると、そんな彼らとも今日はプレイできるのかなと思案したところで、大きな音が響いて現実に引き戻される。

 頭上を通過する戦闘機の爆音が一際大きく耳を劈いた。

 エンジンの排気口から赤く輝いた輪っかが出現するのは、アフターバーナーを炊いた証拠だ。

 排気ガスに灯油系の燃料をぶちまけ、再び発火させるアフターバーナーは莫大の燃料を消費する代わりに、凄まじい推力を与えてくれる。

 アフターバーナー全開で飛行を続ければ五分で燃料を使い切ってしまうので、ちょっとした加速を得るために数秒くらいか、生死の分かれる緊急事態での使用ぐらいだろう。

 

 何にしても『FAO』では特殊なミッションモード以外は燃料の概念がないので、アフターバーナー炊き放題なのはリアリティに欠ける。

 同じミッションで空中給油もあるが、面白いものでもない。

 細かいミッションを含めれば、ドッグファイト以外にも数百種類のシチュエーションがあり、物好きなプレイヤーやアチーブメント等のトロフィー獲得目的でやるような退屈なミッションはたくさんある。

 ひたすら地上施設や海上目標の爆撃を好むプレイヤーもおり、そういった爆撃に精通するプレイヤーはキャンペーンモードの協力ミッションでは優遇される。

 もっぱら派手なドッグファイトばかりやりたいプレイヤーが多すぎてバランスが偏っているのだ。


 気付けば航空ショーの展示飛行は一通り終わった様子である。

 後は休憩時間を挟んで、ユリアナ飛行隊の観閲飛行で幕を閉じるようだった。

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