MISSION 7. これデスゲーム?


『ユリアナ一番機確認出来る?』


 前方一〇キロ、黒煙とミサイルの軌跡が乱舞する空に、日の光で反射光がちらつく翼が見えた。


 救援には間に合いそうなのだが、


「うわぁ、乱戦空域じゃん。ユリアナ機はどれだよ?」


 敵味方が幾重にも交差する空域は、素直に面倒くさいと感じる。


 少年にとっては上空から一撃離脱が一番スマートな戦いと思っていた。


 事実、過去の大戦時のエースパイロットのほとんどが同じ戦術で撃墜数を伸ばしていたからだ。


「……まあ、その戦術は今の航空戦で通用しないけど」

『え、なに? 独り言? 酸素足りてないの?』

「独り言って分かってんならいちいち煽るなよ」

 

 ゲーム中の独り言くらいで反応する人工頭脳にため息を吐く。


 そういうのをスルーしとく機能もないのかコイツは。


 バイザーがユリアナ機を拡大表示させる。

 ディスプレイも先程のように多角視点から縺れ合うユリアナ飛行隊の一番機を映し出していた。


 追撃する敵機を捕捉。


 再びスロットレバー全開に速度を上げる。

 ドッグファイト中は亜音速での空戦機動マニユーバだ。

 最高速度に近いマッハ2で迫れば先程のように一撃離脱を維持できる。


 ただし、偏差射撃の照準はかなりシビアだ。


 動き回る敵機の軌道を予測しないとあっという間に通り過ぎて射撃どころではなくなる。


『レーダー照射を受けてるけど、どうする?』

「妨害しろ!」

『対電子作戦機が遅れてるから無理ね』


 無下にもない言い様だった。

 レーダー照射を受けてるだけだったらまだ猶予はある。


 しかし、これは自機が優先目標と指定された結果だ。

 その内、どこからかアクティブ誘導のミサイルが飛んでくるかもしれない。


「レーダー掃射源は?」

『遙か上空、距離はおよそ五〇〇キロ』

早期警戒管制機AWCASか……」


 であれば仕方がない。


 こっちからじゃ手が出しようもないし、そもそも仮想世界の中でそこまでレーダーレンジの有効性が保たれているとは、もはやチートである。


『パイロット同調開始。敵機の予測軌道を送るわ』


 操縦桿を握る手が勝手に動いた。


 いや、操縦桿のほうが動いて手が釣られたのか。


 とにかく、機体は寸分の狂いなく敵機の予測軌道に合わせて動き、バイザーにも軌道の未来予想図が点々と示す。


 交差は一瞬だった。


 予測軌道通りに機影が照準に被り、指が反射的に動く。


 命中の手応え有り。


『ロックオンされたわ! ミサイル発射を確認、命中まで十秒!!』


 警告音がけたたましく鳴り響いた。

 操縦桿を傾け急速転回。

 Gメーターが一気に4Gを指す。

 スロットレバーを握る手が重くなり、Gスーツが締め付けを開始。

 バイザーはミサイルが追尾を示す。

 更に機体をバンクさせ捻り込み。

 身体の血液が下半身に流れ落ちるのを感じる。


『パイロット保護システム起動開始! もっと深く!!』


 リリィの声に応えている余裕はない。

 初めて体感する重力加速度に息が詰まる。

 下腹部に力を入れ空気を吐き出し足を踏ん張る。


 床が足を押し返すように盛り上がってくる。

 

 ――――これでは踏ん張りようがない。


 今までの『FAO』とはまったく違う感触に背中がざわついた。


 Gメーターの表示は6。

 顔の皮膚が波打つ。

 スロットルレバーを握る上腕の肘に血液が集中したのが分かる。

 毛細血管がプチプチと破裂する音が鳴っている。


『フレア射出!』


 合わせて正反対にロールし、操縦桿を力任せに引っ張る。

 フレアと急速大G旋回の組み合わせでミサイルの軌道が逸れた。


 刹那のGメーターは9。


 呼吸が不可能のレベルでパイロットになったことを後悔する瞬間だ。

 というより生きているのが不思議なくらいである。


 身体に食い込むハーネス。

 痛い程締め付けてくるGスーツ。

 内出血で痣だらけの満身創痍は確実。

 リアルに再現されているアドレナリンの放出がなければ、痛みに耐えられず失神していたかもしれない。


無人攻撃機ドローン捕捉。これ勝手にロックオンしちゃったけどいいわね?』


 十の目標が優先順位順に表示されているが声が出せない。

 今の死にたくなるレベルのGが想像以上に自分を消耗させていたようだった。


 無言でミサイル射出ボタンを押す。


 自機に搭載された六発の短距離撃ちっ放しモードで六つの目標に向けて軌跡を描いた。

 たいした空戦機動マニユーバを行えない無人攻撃機ドローンに易々と命中し爆散させる。


 その上、横隊のように並んでいるのでガン射撃も容易だった。

 同調している為か照準も楽に行え、残りの四機をリズミカルに射撃。


 あっさりと撃墜させる。


『バイタルサインの低下が見られるけど、気分が悪いの?』

「…………お前、Gが何なのか分かってるのか?」


 ディスプレイでは健在しているユリアナ飛行隊の一番機と二番機が合流している。


 どうやら彼らは脅威を脱したようで、戦闘空域から離れる行動を取っていた。

 多分、ユリアナ基地防衛をもっとも重視しているからであろうか、敵直掩機と積極的な交戦はしない様子。


 対してスペシャルフォース機はプレイヤーの性格上、未だにしつこくドッグファイトを展開させている。


 今の少年の行動で敵にも乱れが生じていたようだが、退避する様子がない。

 無人攻撃機ドローンによる基地攻撃は失敗だというのに、どういう算段なのか。


『あたしの独断と偏見によれば、3Gは戦いに移る時、4Gはまあ簡単なアクロバットね。5Gは宙返りかしら? 6Gは今のようなドッグファイト。それで7Gはパイロットになったのを後悔するくらいって記述があるわ。8Gは息できないかも。9Gは人間の生理限界かしら。十秒超えたら死ぬかもね。10Gからはパイロット保護プログラムを最大出力にすればまだまだいけるわ。多分、12Gくらいまでは生きてられるかも。やったことないけど。ただそれくらいから機体のほうが厳しいわね。一応、スペック上は15Gまで耐えられるように改修済みだけど、普通なら翼がもげるわね。あ、さすがに15Gは数秒くらいよ? やったら首の骨折れるから』


 まるで女子高生JKのように軽快にお喋りするが、内容は悲惨なものだ。


 怖いことを平然と言いのける。

 人工頭脳SBDに死の概念はないのも分かった。


「すると首の骨が折れたら強制ログアウトか? 撃墜も? 俺バーチャル仕様になってから墜とされたことないからどうなるか分からないんだけど」

『さあ? あたしも今日が初めてだから知らないわよ』

「頼もしい限りだ……」

『Gについてはあんたの今日の戦果に合わせて改良されるかも知れないから、もう少し軽減されると思うわ。あと座席も最良の慣性相殺装置を搭載したリクライニングシートにすれば合計で4~5Gの負担は減らせるかも』

「……そこは設定変更してGの生理現象を無くす仕様にしてくれよ」

『無理ね』


 にっこりと否定するツインテールにイラっとする。


『だってこのシステムはFAOの根幹を成すものよ。嫌だったら止めればいいだけなんだし、苦情は会社に言ってちょうだい』

「ユーザーの意見をフィードバックしないとか、とんだ上から目線だな」

『あのねー、基本プレイが無料なのに文句言ってんじゃないわよ。大体、あんた、ほとんど課金してないじゃない』

「んなレア塗装とか長距離チート武器類とか、アビオニクスのオプション購入とかいらねーもん。男は素直にガン射撃だ」

『まあ、あんたの射撃の腕は認めてあげるけどね。ところで、やる気満々の敵が迫って来てるけど、どうする?』


 レーダースクリーンが縮小して、遠くの空域から二つの光点が明滅する度に近付いてくる。


 スロットルレバーから手を離し、タッチパネル形式のディスプレイに触れると、多重ウィンドウになって相手の機体が表示された。


制空戦闘機アロールって、何でロシア語表記?」

『あんたの搭乗機体がロシア製だからよ』


 ディスプレイにはついでとばかりに自機の外見とスペック表示が現れる。

 カナード付きの前進翼という独特な形状で、初めて見る人はその奇抜性に驚くかもしれない。


 狗鷲ベールクトという愛称が付けられており、こちらに向かっている敵機もイーグルという意味なのだから、東西の鷲対決になるといったところか。


 さて困ったものだ。


 相手は明確な目標を持ってやってくる。

 先程のように一撃離脱とはいかない。

 両者出会い頭のヘッドオンだ。


 搭載ミサイル喪失さえしなければ、互いにミサイル回避でブレイクした時に、うまくドッグファイトに縺れ込むこともできるが、ミサイルがない。


 自機だけがミサイルの回避行動を取れば速度エネルギーを失い、相手は嬉々として背後を取ってくるだろう。


 空戦機動力こちらのほうが上かもしれないが、会敵の時点で不利だし、そもそも二機もいる。

 スペシャルフォース機の援護も期待できない。


「参ったな」


 そう呟くものの悲観はしていない。


 これまでにも複数の敵機による空戦はやってきた。

 二機相手の縺れ合いも制する自信はあるのだが、少年の懸念は先程経験した本格仕様のGである。

 あの連続空戦機動マニユーバをやらなければならないのは辟易していしまう。


『心配しなくていいわ。あんたにとって朗報よ。通信機を繋ぐわ』


 唐突に無線機から声が流れた。

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