MISSION 8. ヒロインはリディアさん!


「こちらスヴェート航空実験部隊。そこのスペツナズ機、応答願う」


 女性の声だった。

 しかもまだ幼さが残る声音で、ふとログイン前に会話を交わしたミルドレッドの顔が脳内を過ぎる。


「えっと、はい。こちら……、ユーザー名でいいのかな?」

「ランキング一位のアゼルだな?」

「お、おう」

「きみとのスコードロン認証を終えた。これより合流する」

「へ? どこにいんの?」


 レーダースクリーンは敵味方識別信号を表す赤い光点、すなわち敵機しか映っていない。

 有視界で周りを見渡しても、味方機と思える機影はなかった。


「真下だ」

「……マジ?」


 機体をロールさせ背面飛行を取れば、垂直下に前進翼タイプのこちらと同型機と思われる戦闘機が飛行している。


 しかも塗装はやたらと派手な紫地に金色のラインが煌めいていた。

 この独特の色彩を持った機体には、激しく見覚えがある。


「もしかして、前に俺とスコードロン組んでた人?」

「その節は世話になった。こうして言葉を交えるのは初めてだな」


 これには驚いた少年だった。

『金色の妖精』と異名を誇る、エース級の腕を持ったプレイヤー。


 ハンドルネームはリディアだったか。


 ボイスチャットは聞き専のみで会話はしなかったが、その時は男の声をしていたと思う。


 ネットでは男を演じていた、典型的なネナベだ!


 バイザーに投影された相手の容姿も、プラチナブロンドに雪のような色白の顔である。

 瞳は灰色で唇は艶のある桜色と、


 典型的な美少女の類だ!


『バイタル上昇。血圧が上がってるけど、どうかしたの?』

「え、いや、何でもない」


 まるで心を見透かしてくるようにツインテールが前のめりに見てくる。

 高まる鼓動を静める為に深呼吸を繰り返し平静を装った。


 考えて見れば人工頭脳SBDを除いて、女子と会話するなんてのはほとんど経験していない。


 学校でもミリオタ気味なので積極的に話しかけてくる女の子なんておらず、そういうことに関しては無縁の人生を送ってきた。


 うん、悲しい。


「会敵の猶予はない。早速作戦を伝える」


 思考を現実に引き戻す緊張感の伴った声色。

 背面飛行から水平飛行に戻る最中に、少女の操縦する機が下方に位置取り超至近距離での編隊を組んできた。

 

 これは……、重なりすぎてレーダースクリーンには一機としか映らないようにか。

 

 この距離では少しの操縦ミスで空中接触し兼ねないのに、度胸と技術に最上級敬礼を送りたい。並々ならぬ編隊飛行技量だった。


「先程までは相手レーダーに二機映っていたが、今は一機に見えるだろう。慎重を期するならば、必ず一機は索敵のために離れようとする。そうなった時に即座にブレイク、わたしは左、きみは右。一瞬の混乱に乗じてドッグファイトに縺れ込む」

「すごくどっかで聞いたことある戦術……」

「来るぞ」


 有無をも言わさない態度。

 有視界で二機を捕らえる。

 コックピット内にロックオンの警告音が響いた直後、敵編隊の一機が離れた。


 本当に索敵を開始したらしい。


「ブレイク!」


 即座に編隊解除して右旋回後に半転、正面の一機に迫る。

 挙動の乱れは慌てている証拠だ。

 退避行動に移る敵機に推力全開の連続ターンで迫り、一気に距離を詰める。

 もちろん筆舌に尽くしがたいGの大瀑布に身体は悲鳴を上げた。

 敵機は背後を取られまいと鋭い旋回を繰り返す。


 だがしかし、速度の乗り切れない機体を捕捉するのは容易だった。

 腹に力込めて息を吐き出し、ガン射撃の射軸上に重なれば反射的に指が動く。


「ランキングの為に墜ちろ」


 たった数発でも戦闘機にとっては致命的だ。

 主翼の付け根に命中し、機体はばらばらに砕け、爆散。


 ドッグファイトはあっという間に終わった。


 世界最強の制空戦闘機が謳い文句だったのに、ごめんよ。


 レーダースクリーンを確認すれば、もう一機も既に撃墜されており、少女の搭乗する機体が悠々と飛行を続けている。


『敵編隊の回頭を確認。ユリアナ基地防衛戦のミッション達成よ』


 ディスプレイにミッションコンプリートの文字が華々しく羅列する。

 次いでリザルトウィンドウが表示され撃墜スコアが加算された。


 プレイヤー機の撃墜が三、ノンプレイヤーである無人攻撃機ドローンが十。合計で十三機とはかなり大きな数字だろう。


 いくら無人攻撃機ドローンの数が足されてるとはいえ、戦闘用の航空機には変わらない。

 一般的にいって、大変な戦果にあたるのは間違いないだろう。


『ちょっと、ちゃんとあたしのパラメーター上昇も見なさいよ! 結構な成長数値を示してるんじゃないかしら?』


 長いツインテールを揺らしながら画面上でパラメーターの値を指差していた。

 色々な項目がある内、特にパイロット保護プログラム数値の伸びが抜きんでている。


「このパラメーターって俺にどういう影響あんの?」

『今ミッションであんたのバイタルパターンが相当得られたから、次回にはかなり補正がかかるはずよ』


 やたら嬉しそうに喋る人工頭脳SBDだ。

 補正がどういったものかの説明はないようなので、後でスマホで調べるしかない。


「では、また会おう、アゼル」


 少女のあっさりとして言葉が通信機から流れた。


 遠くに過ぎゆく金色の派手な機体は、翼を振りながらユリアナ基地へと帰還していった。

 健在だったユリアナ飛行隊もこちらに翼を振っている。

 他にも続々とスペシャルフォース機が帰還の途に就いていた。

 

 夕暮れに染まるユリアナ基地は、所々で黒煙が上がっており、無傷では済まなかった。

 まあ、仮想世界なのだから航空ショーを観戦していた観光客も無事であろう。


 ミッションを達成できたこともあり少年には小さな達成感があった。


 ディスプレイには滑走路に着陸し、格納庫まで入れたところでログアウトして下さいと示されている。


 本当は倦怠感に包まれた身体を癒すためにさっさとログアウトしたかったが、もしここでログアウトしようものならデータが記録されないかもしれない。


 せっかく達成したミッションに伸ばしたパラメーターを不意にしたくないので、大人しく指示に従ってからログアウトすることにしよう。


「帰ったら、とにかく横になるぞ」


 リアルに再現されすぎた『FAO』は、きっと今回のような航空生理学要素の軽減パッチを入れてくれるはずだ。


 さもないと、体調不良を訴えるユーザーが続出し、ゲームとして致命的な汚点を残すかもしれない。


 少年は一ユーザーとして、仮想世界のシューティングはできれば続けていきたいので、フォーラムの掲示板にも意見を書き込もうと決意し、バイザーに表示される誘導指示によって、着陸を開始した。






◆◆◆お礼・お願い◆◆◆



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