OFF MISSION. 現実はつまらん
暑さに目が覚めれば、ベッドの上で横になっていた。
黒い厚手のカーテンから真夏の日差しが侵入しており見事に顔に直撃している。
熱気のこもる部屋のなかは、不快指数急上昇中なので、とっととフレアをぶちまけて急降下したいくらいだ。
リモコンでエアコンを操作しようにも、どうやら完全に故障していて、うんともすんともいわない。
はいはい、もう起きるしかないのね、思い身体を起こした。
ベッドの上から慎重に立ち上がり、身体の隅々までチェックする。
――――痛みは、ない。
昨夜の内に帰国してすぐに寝たからだろうか、身体に一切の疲れがみえない。
あれほどまでリアルなGだったのに、さすが仮想世界といったところだろう。
現実世界では身体に何のダメージもないようだった。
部屋のドアを開け、通路に顔を出す。
隣の部屋に妹の気配はない。
おそらく友達と出掛けているのだろうが、詳しくはまったく知りようもない。
だって妹とはここ数年、まともな会話をしたことないもんね。
学校にも行かずに陰キャ引きこもりになった兄と話すことは何もない。
悲しいくらいまともな現実が、家の中でもおれを苦しめるとか、世界は非常に残酷だよ。
ま、ぜーんぶ自業自得なんだけどね。
とりあえず自室がある二階から降り、リビングへと向かう。
見事に人の気配がない。
両親は旅行中だから当たり前なのだが、こうも静まり返っているのが若干不気味だ。
でも、VRMMO中はおれのほうが静かだから不気味がられているのかもしれな。
静まり返るリビングを抜け、キッチンの冷蔵庫を開ける。
麦茶を取り出し、コップに注いで一息に飲み干した。
お腹は減っているわけじゃないので食べ物には手を付けず、カレンダーに視線を移す。
夏休みはまだまだ始まったばかりだし、同級生が持ってきたであろう宿題もやる気が起きない。
わざわざ学校に行ってないおれのために宿題を持ってきてくれるなんて、どこの幼なじみの女の子だよ。
当然、そんな妄想はこじらせていないので、クラス委員の男子が先生に指示されて渋々持ってきたのが相場と決まっている。
っけ、みーんなしておれを腫れ物を扱うみたいにしやがって。
ただ学校に行く意義を見出だせないだけという極めてシンプルな理由がなぜ理解されないのか。
それにしても昨日は刺激的な体験だった。
普段、引きこもりの自分が意を決してユリアナ基地に赴き、本物のジェット戦闘機を拝むとは、にわかに信じがたい行動力だった。
おまけに小学校低学年以来の、女の子と会話をするという一大珍事まで起こり、しかも応援されるという陽キャイベントまで発生したのだから現実もたまには悪くない。
まあ、だからといってそこから発展することは何もないわけだが。
連絡先の交換とか超ハードモードな、いやインフィニティ、いやナイトメアモードをこなされるほど現実陽キャイベントをやれるほどスキルはない。
「逆にあのパイロットは、何だったんだか」
途中で一緒のスコードロンになった戦ったあの子。
多分、絶対に女子なのだが、結構なスゴ腕だった。
明らかに他のランカーと違い、冷静かつ正確な操縦であっという間に敵機を撃墜していた。
やはり世界にはああいうプレイヤーもいるんだと感心するもんだ。
このおれが苦手意識を覚えないくらいの女子力のなさ。
会話しただけでわかったね。
彼女とはうまい酒が呑めそうだ(未成年なので無理です)。
反対に、だ。
何なんだあのパイロット補助ユーザーインターフェースは。
ツンデレ属性が付与されたらしいが、接してみるとツンデレの対応ってただ面倒くさいだけだ。
あれなら無機質なボカロボイスのほうが余計なストレスを感じなくて済む。
確かに失神から救ってくれたのはあのユーザーインターフェースだろうけど、そもそも航空生理学ましましのゲーム性もどうかと思う。
Gで筋肉痛が起こるゲームとか聞いたこともない。
どんだけアバターにデバフ付与するつもりだよ。
あなたはランキング一位だからペインアブソーバーの設定をマックスにしてます、みたいなことだったら流石に運営にぶちきれるからね、おれ。
「色々と調べたくても、まだ二日目だからなー」
発売したばかりのゲームだ。
攻略情報なんてひとかけらも掲載されていない。
SNSだって沈黙している。
どんだけ人気がないんだか。
――――とすれば選択肢は一つ。
HMD《ローシユ》を被り【FAO】にログインして遊び尽くすしかない。
そうと決まればおれの行動は電光石火も裸足で逃げ出すほど早かった。
天使のは羽より軽い足取りで部屋に戻り、うきうきする心を落ち着かせてHMDを頭に収める。
ごろりとベッドに寝転がり、逸る気持ちを抑えて準備を開始する。
不思議なことにうきうきな気分だと、不快な暑さはなにも感じない。
むしろ清々しい気分だった。
起動を開始すれば、僅かな駆動音と共に見慣れたログイン画面が現れた。
「待ってろよ、今エースがいくからな」
おれは飛び上がりたい気持ちを抑えて、仮想世界へと静かに潜り込む。
ログインして最初に会うのは、一体どのヒロインなのかとわくわくしながらだ。
あ、あのツンデレツインテールの人工頭脳だったらがっかりだけどな。
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