MISSION 9. これクソゲーかも
「ええ!? こっから出られないのか?」
『戦闘ミッションの開始はまだなんだから仕方ないでしょ?』
あっけらかんに述べる
格納庫内で整備点検されている戦闘機を前に茫然と立ち尽くしているのだ。
「え、じゃあ、え? ログインした意味なくね?」
『何言ってるのよ。ハンガー内は自由だから好きなことすればいいじゃない』
「好きなことって、『FAO』の醍醐味はドッグファイトだぞ? 何で自分のリアル格好のアバターでうろうろしなきゃいけないんだよ」
『だから何遍も言わせないでよ。そもそもあんたの機体はオーバーG点検受けてるから出撃できないの。ハンガー内にも食事ブースはあるんだから、ご飯でも食べてなさいよ』
「ご飯って……、なんで仮想世界で飯を食わなきゃいけないんだか」
そう言った瞬間、お腹が鳴るのはもやは御都合展開だ。
ほら見なさいと言わんばかりにスマートグラスのリリィが胸を張り出す。
ちなみに顔にかけているスマートグラスは、戦闘機内で被るHMD(ローシユ)と何の遜色もない映像を映し出すことが出来るメガネだ。
見た目は大きなスポーツサングラスみたいなもの。
とはいえ、普段、眼鏡をかける習慣のない少年にとっては違和感が半端ないのが難点だった。
『これでもバイタルチェックはできんのよ。あんたは今、確実に空腹なの』
「……マジでプレイヤーにはいらない機能だな」
しかし、本当に空腹を覚えているのだから始末に負えない。
仕方ないので指定された食事ブースに行こうとするが、これだけでも結構神経を使った。
格納庫内には大勢の整備員で溢れており、かなりの活気がある。
ここはランキング上位者の専用サーバーみたいなもので、先日のユリアナ基地防衛で出撃していたスペシャルフォース機のすべてが鎮座しているのだ。
各プレイヤーもちらほらと見掛け、ほとんどが大人か大学生くらいに見えた。
まあ、昼間っからログインできる大人にまともな人間はいないだろう。
この判断に、独断と偏見がかなり混ざっているが気にしてはいけない。
みんな自分と同じ引きニートだと信じたい。
むしろそこはネトゲプレイヤーとして察してあげるべきところだろう。
『ほら、そこにあるタブレット端末持ってったほうがいいわよ』
食事ブース近くのテーブルに並んでいるのは複数の携帯端末だ。
それぞれに使用者のユーザー名が記載されており、これからのミッションやその他有益な情報にアクセスできる代物らしかった。
「あー、さっき家のパソコンで調べれば良かったな」
すっかり攻略情報の収集を失念していた。
幸い他のプレイヤーがたくさんいるので、情報の交換は可能である。
ある、が。
自分と見た目が同じアバターで、他のプレイヤーに話しかけるのは抵抗がある。
むしろどうやって声をかければいいかわからない。
人と話した経験なんてほとんどないからねえっへん。
学校? それこそクソMMO空間だと思うよあそこは。
しかし、この仮想空間でも目立つのは女性プレイヤーだ。
周りには取り巻きみたいに男が集まっており、必死のアピールが痛々しい。
まあ教室でもカースト上位の女子の周りにはクソみたいな男子が集まるが。
仮想空間もそういうところは現実のクソゲーと変わらないな。
でもリアルの容姿が仮想世界に投影される『FAO』において、ユーザーが本物の女性ともなれば当然の行動かもしれない。
確かにクソ可愛いし美人だ。
オフ会でモンスターと遭遇とかよく晒されているが、リアルアバターなので容姿は保障されている。
直結厨にとっては問題なしだろう。
『あんたは他の人間と情報交換しないの?』
痛いところを突いてくる
そんなコミュ力が高ければ現実で何ら苦労することはない。
チャットならともかくアバター同士の主観視点、いわゆる面と向かっての会話は苦手とするところを少しは察しろ。
「雑魚には用はない」
『そういう態度の時は大抵強がり、ってあるSNSの掲示板に書いてあったけど?』
「ネットの情報を真に受けんなよ」
『えー、あんた完全に引き籠もりじゃん』
「何で俺のプライベート知ってんだ!?」
『やっぱそうなんだ』
精一杯の強がりを容易く見破り、かまをかける誘導尋問の手腕が憎い。
見た目を完全に自分好みのツインテールにしたのも、可愛さ余って憎さ百倍を増長させる。
「今後のミッション情報はこれで調べられんだろ? だったら人の手助けはいらん」
少年はユーザー名が記された台からタブレット端末を手に乗り、食事ブースへと向かった。
その際、複数の視線を感じたのだが、注目されるのは好きじゃないので足早に去る。
格納庫に併設された食事ブースはちょっとしたレストランになっていた。
ユリアナ基地が南国の楽園に位置することから、原色豊かな観葉植物に彩られたリゾートホテルのような内装が目を引いた。
無骨な格納庫の風景とは大違いである。
『メニューは決まってるからそこで受け取って』
見れば小さなカウンターがあり、そこに立つと隙間からトレイが出てくる。
肉類を中心とした割とボリュームのある食事内容だった。
ヨーグルトっぽいものもあるし、飲み物は果汁入りのトロピカルジュースに違いない。
さすがパイロット食。
豪華豪勢、頭脳と体力を激しく消耗するので栄養バランスに優れた内容だ。
仮想空間のくせに、細かいところまで再現するのはさすが『FAO』だ。
少年はトレイを受け取り、なるべく目立たない奥の端っこの席に座った。
窓はなく壁一杯を画面が占有していて、晴れ渡る海岸線の映像を映し出しているおかげで閉塞感はない。
タブレット端末を起動させ、ジュースを飲みながら画面を見る。
『行儀の悪い奴ね』
スマートグラスにちらつく
当基地は東大西洋にあるオーディアム連合最西端の島のようで、グランジア合州国からの突然の宣戦布告により、敵国からもっとも近い最前線となった設定らしかった。
「ああ、これヨーロッパ連合とアメリカの架空戦争みたいなもんか。イギリスが中立ってなんか中途半端な設定な気がするけど」
地図を見れば位置関係は一目瞭然であるが、現実にはありそうにない超展開だ。
軍事先進国の両国が築いてきた協力関係は見事に崩れ、世界一の軍事国家がオーディアムに牙を剥いた事実は大きいだろう。
「え? 俺ってスクランブル配置されてんのか」
『当然でしょ。あんたこれでも一番の戦果上げたんだから』
自分の待機状況欄の項目に加え各ユーザーの細かな配置も載っている。
「スペシャルフォース機が少ないようだけど何で?」
『ミッションごとに細かい戦域に別れたのよ。戦線のエリア欄も載ってるでしょ』
大別するとこのユリアナ基地は最前線とはいえ、相手の主軸からは外れているようで、大部分の戦力は北部戦域に集中しているようだった。
「つまりヨーロッパ大陸北部が主戦域ってことか」
北海付近ではグランジアが空母打撃群を展開させ、海軍主力に加え空軍部隊もそっち方面へと集中している。
攻撃は苛烈を極め、オーディアムの中核とされる各軍事施設にも空襲が続いているようだった。
「えー、俺もそっちが良かった。激戦区じゃん、めっちゃ楽しそうじゃん」
『本来はあんたも北部への配属だったんだけど直前でユリアナ在留になったの』
「なんで?」
『知らないわよ。軍司令部の考えなんだから仕方ないでしょ』
「んだよ軍司令部って。運営のくそが」
ユーザーの希望を優先してほしいものだが、きっとサーバーの違いだのなんだのって色々と大人の事情でもあるのだろう。
『安心しなさい。ユリアナ基地は敵国に近いし緒戦の敗退で、そのうち向こうから大規模な攻撃があるわよ。戦闘狂のあなたには朗報ってもんじゃない』
「いやいや、まずい状況なんじゃねそれ? ユリアナ飛行隊はベテランパイロットが喪失、残ったのはこの間の生き残りと、訓練生ばかりで陥落目前だぞ?」
『そんなんじゃ不安だからあんたを含むスヴェート航空実験部隊がスクランブル配置されてんのよ』
「あー、俺、あいつとスコードロン組んだんだっけか」
そういえば格納庫では隅のほうに同型の派手な機体が鎮座していた。
あの白金少女のリディアもここにいることになる。
『そのあいつが来たわよ』
細身の体躯にきっちりと白い軍服を纏った少女はすらりと背筋を伸ばしていた。
小さな頭部に粉雪を塗したように白金髪が映え渡り、灰色の瞳をきらきらと輝かせている。陶器を思わせる白い肌は透明感があり、柔らかそうな頬は薔薇を咲かせていた。
背格好は少年と同じくらいだろう。
並外れた容貌と雰囲気が、明らかに場違いと思われるほどだった。
何気なく視線を送っていれば、ふいに目が合った。
慌てて逸らすものの、臆することなく少女が近付いてくる。
――――どうやら、俺は完全に相手のターゲットにされているようだった。
ヒロインイメージ
↓
https://kakuyomu.jp/users/pompomkuroquro/news/16817139555168636967
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます