MISSION 10. ニュータイプかよ
「きみが【白い悪魔】のアゼルだな? わたしはリディア・スタニスワラ・エラ・アジーン。ユーザー名はリン。呼びにくかったらそっちで呼んでくれ」
「…………お、おぉ」
屈託のない表情で自己紹介をする白銀色の髪をした少女であるが、少年はうまく返事を返せない。
目線が泳ぎ、そわそわと落ち着きがなくなった。
よりによって『白い悪魔』とは、我ながら恥ずかしすぎる。
代々の『FAO』を引き継ぎでプレイしていたら、いつのまにかそんな渾名を付けられていたのだ。
最初は栄えあるエースプレイヤーとして誇らしかったが、最近は何だか痛いヤロウな感じがして背中がむず痒く、胃は痛さを主張するようになった。
絶対、誰かの当てつけのようなネーミングだ。
どこの一年戦争だか。
「座っても?」
こくこくと頷く。
『バイタルが戦闘機の急上昇時並に上がってるわね。食事がまずいのかしら』
――――本当に良かった。
この状況の心を読まれたくないのが引きニートの男心。
誰が引きニートだっつの。
少女は音もなく座り、こちらと同じパイロット食を口にし始める。
ゆっくりと咀嚼する様子から、食事中は無駄な話をする主義ではないらしい。
これ幸いとばかりにタブレット端末で少女の経歴を調べて見る。
それに寄れば、スヴェート航空実験部隊はリディア大佐を中心とした次世代有機コンピューターを搭載する最先端システムの運用実験機で構成されているらしい。
人と機械を直接結んだシステム、つまりユーザーインターフェースの人工頭脳、リリィの雛形を造ったのがスヴェート航空実験部隊らしかった。
というか名前に含まれるスタニスワラはこの『FAO』を作った会社の名前だし。
ゲーム内設定では北方の大国ルーシ連邦に居を構える世界的複合軍事産業のスタニスワラ機関に所属とかあるが。
「ってか、ルーシ連邦のネーミングも捻っただけじゃねえか」
通りで少女がスペシャルフォースをスペツナズと言ったわけだ。
ルーシ連邦の設定は旧ソビエト連邦というわけで、オーディアム
「何か言ったか?」
「いえ…………、別に……」
結構な小声で呟いたはずなのに聞き取られた。
地獄耳である。
少年は誤魔化すようにジュースを口に含み、タブレット端末をフリックした。
スタニスワラ機関の詳細項目は、過去に人体実験の示唆を問われたこともあるとあって、喉がごくりと不快に鳴った。
――――人体実験、だと?
ちらりと少女を伺えば、別段何ともない感じで食事を続けている。
何なんだこの設定は?
怪しすぎるというか稚拙というか。
シナリオライターのセンスを疑うゲーム設定だ。
それにしても少女の階級が大佐とは、どういうプレイをすればそこまで到達できるのか。
初期作品からデータを引き継いでいるにも関わらず、こっちの階級は少尉止まりである。
とはいえ、フライトシューティングがメインである為、階級の上下はあまり戦況に反映されない。
飾りのようなものだが、左官クラスから特殊なイベント戦を立案できるという特権があるにはある。
ただそれは、過去に実装されたイベント戦の再現がほとんどで実質的にはほぼ機能していない。
「きみはここで食べるのは初めてか?」
あらかた食事を終えた少女が問いかけてきた。
「あ、ああ、まあ……。そうなるな」
「わたしも普段は至急される栄養食品ばかりなんだ。味気ないものばかりだから、ユリアナ基地の手作り料理に満足する」
「……確かに旨いけど」
そもそも仮想世界で味覚まで再現されるとは思ってなかった。
ゲームに必要のない要素までリソースを割くとは、余程『FAO』のサーバーは大容量なのだろう。
これで基本プレイ料金が無料で採算は取れるのか不思議である。
「えっと……、ちょっと質問なんだけど、どうやって大佐に昇り詰めたんだ? えーと、リディア大佐さんって、前作では乱戦モードの参加はしてないようだったし、スコードロンを組んでのチーム戦ばかりじゃ階級ポイント稼げないよね?」
「リンで結構」
堅い口調で語る少女は続けた。
「わたしは幼い頃から『FAO』の開発に関わっていたんだ。それこそ物心が付く前から脳神経学を応用したブレイン・マシン・インターフェースの運用実験を受けていた。疑似脳波で仮想世界へと誘う専用
「は……? え…………?」
一体、何を言い出すのかと思えば、いきなり『FAO』開発秘話的な話が飛び出してきたぞ?
「……それって、ガチでリアルな話、なの?」
「もちろんだ」
ごくりと唾を飲み込んだ。
ゲームの話ではなくリアルの話だとすれば、脳の神経回路と機械を繋げる実験を自分の身体で試したということになる。
――――ドン引きである。
「…………それが、人体実験?」
「広義に解釈するならばそうだろうが、実際はそれほど如何わしいものではない。入力に対して共通反応を示すP300の解析をするため、
「なるほど、さっぱりわからん」
さらりと難しいことを語り、なおかつその説明で理解を求めるとは相当な強者だ。
「なんか、とりあえず、大変な感じは理解できたが……?」
仮想世界を造り出す為にリアル人体実験ということなのだろうか。
そっちのほうがただ事じゃないわ。
『大丈夫よ。頭を切り開いて直接電極を繋いだわけじゃないもん。それに『FAO』の開発元は日本国外だし、何の違法行為にもならないわ』
今度はチラ見していたタブレット端末画面にツインテールが出現した。
スマートグラス越しから立体投影されるよりかはマシだが、いちいち画面を占有するから割とうざい。
「いや……、まあ、実験とかは置いておくとして。リディアさんそれがどう階級と結びつくのか疑問なんだが?」
「リンで結構」
堅い口調を崩すことなく言葉を続ける少女だ。
「要するにわたしは
あんだって?
いまこの子、なんて言った?
「……えーっと、うん。その、俺の拙い解釈によると、某サイコシステムを介して脳波だけでファンネルを操れる新人類的なようなものか?」
この解釈は逆に少女の首を傾げさせてしまった。
ミリオタのとっては当然の知識も、目の前の少女にはまったく通用しない。
その事実に、今度は少年のほうが徐々に赤面する羽目となった。
某国民的ロボットアニメを知らないのか。
いや、ロシアでは無名なのか?
『あたしのような
タブレット端末からリリィが『素人』に分かり易く掻い摘んで説明してくれた。
段々と少年の好みを学習しているのが凄いというか、無駄な知識的なものだろう。
ついでに口の利き方も覚えて欲しいものだ。
次言ったら強制終了即デリートの刑にしてやる。
『ところであんた、またバイタル数値が上がったようだけど、さっきからどういうことなのこれ?』
今度はスマートグラス越しの立体投影でこちらの顔を覗き込んでくるが、あえて無視する。
人の心の機微をバイタルでしか計れないところに
そう簡単に心を読まれてたまるか。
「きみは左官クラスが立案できる特殊ミッションを知っているか?」
「え? えっと……、内容が微妙すぎてあんまりプレイヤーが参加しないやつだろ」
「想定されたプレイヤーが集まらない時は、わたしがノンプレイヤー機を操っていた」
あっさりと様子で語るが、少年は絶句する。
「……俺の勘違いじゃなければ、一個スコードロン単位の機体を、ってこと?」
「きみは呑み込みが早いな。わたしはそこまで得意じゃないのだが、
首がおかしな方向に曲がった。
頭の中はちょっとした大惨事である。
大きく深呼吸して、自分を落ち着かせるのに三十秒かかった。
冗談じゃなくね?
思考停止期間の間、少女は口を挟むことをしない。
無表情な顔でじっとこちら見詰めている。
「……それ、運営側だからって、激しくチート行為じゃねえか……」
新作続編の『FAO』に暗雲立ちこめる瞬間だ。
このゲーム、やっぱりちょっとおかしいのは、気のせいではなかった。
しかも少女の様子を見る限り、
話はまだまだ続きそうだった。
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