MISSION 11. 超絶エリートじゃん
「えーーーーと、……つまり、そのー、自分の戦闘機を操縦しながら? 他の二十機を同時に操作していると? 冗談で言っているわけでもないと?」
「さっきからそう言っているではないか」
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。
難しいどころの問題ではない。
不可能、
というか変態的だ。
なんらかのチート行為だ。
重度のゲーマーだ。
「いやいや、ちょいと待ってくれ。口で言うほど単純な話じゃないだろ? 視点とかどうなってんだよ。自分の視点は自機の操縦席で、他はどう映るんだ?」
「眼で見ているわけではない。HMD《ローシユ》を通して概念視覚で感じているんだ」
少女は自分の目に人差し指を当てる。
「
ますます宇宙に進出した新人類の領域だ。
ニュータイプか何かなのこの人?
サイエンスフィクションそのものだ。
「脳領域を、機械での拡張を視野に入れた適正訓練を受ければ難しくはない。脳の可塑性は想像以上の可能性がある。例えば指の機能を司る脳部位があるとして、その神経構造は十本の指だけに対応している。そこに機械的に拡張した感覚を意識的に使うことによって、二十本でも三十本でも動かせるようになる。脳というのは入力情報に従って自らの構造を変える柔軟性を持っているんだ」
「…………その例えと戦闘機の操作は違わないか? 何十本の指があっても何十の機体を操縦するには、やっぱそれぞれの視点が必要じゃない?」
まさか対応する目玉を昆虫並みの複眼にすれば可能だとか言わないでほしい。
ちょっとしたホラーになってしまうのは勘弁願いたい。
「人は脳の力を数パーセントしか使ってないと言われるが、人の身体は脳にとって、数パーセントの力を使うだけで事足りる程度なんだ。視点に関していえば拡張領域に疑似視神経を形成させて各種レーダーやセンサー情報を入力すればいい。脳というのが
「はぁ……。つまりその、百歩譲って、何十機の飛行操縦が可能だとしても、空戦機動は無理じゃないの? っていうか無理と言ってくれない?」
「別に百歩も譲らなくていいんだが」
少女はすっと立ち上がって飲料メーカーに行く。
カップを用意し、ポットから黒い液体を注いだ。
二つ分の淹れたてコーヒーをわざわざ持ってきてくれて、目の前に置いてくれた。
「あ、どうも」
さり気ない気配りに頭を下げ、熱々のコーヒーを口に含む。
正直、苦くて飲めたものじゃないが、せっかくの好意を無下にするのは忍びない。
ここは我慢の為所だろう。
女の子からコーヒーを配れるイベントなんてそうそうないからね。
むしろゲームの中だから冷静に対応できるけど、リアル世界だったら確実に喋ることできないからね。
あー、とか、うー、とかしか言えなくて確実に引かれるのは間違いない。
「わたしの脳構造は身体の感覚器官を拡張したものへと変質している。きみがこの感覚を理解できないのは仕方ないんだ。専用
「えー……、背後が見えないのが普通なんですけど?」
苦いコーヒーをちびちび飲みながら、タブレット端末に目を落とす。
リディア大佐のユーザー情報をそれとなく調べようとした閲覧不可の文字が出た。
最重要軍事機密って、何じゃこりゃ。
本当の機密事項っぽいマークが腑に落ちない。
ユーザーのプライベートを保護するものだろうが、ゲーム内とはいえわざわざ軍事機密という表現がおかしい気がする。
うん、まあおかしいけど、この『FAO』つくった会社、そもそもおかしいから今更気にするまでもないか。
「んでもさ、いくら慣れだからって脳の負担とか、心配じゃね?」
「……わたしの身を心配するのか?」
きょとんとする少女である。
「え? いやだって、普通は心配するもんだろ。怪しい人体実験って言われたら」
仮想世界での出来事だからといって、少女のリアル世界の人体実験紛いの行為で実現しているのだ。
後になって後遺症のようなものが発現しないとも限らない。
普通は心配するだろうけど、ちょっと待った。
あまりにも人と接する機会がなかったものだから、普通の対応が合っているのかどうか、判断に迷う。
普通はしないのか?
いや、するだろう。
「感覚的にはほとんど無意識で動かしているから、わたしに負担を感じる部分はない」
「…………な、んだと……?」
空戦機動が無意識の領域下で行われるとは、
――――末恐ろしい。
この人、変態を通り越して精神異常者じゃない?
やばい、メンヘラだったらどうしよう。
地雷踏んだら刺されるのだろうか。
「…………お前、人間じゃないんじゃないか?」
「失敬だな。わたしは立派な哺乳動物の人間だ」
気分を害したかのように眉根を寄せる少女だった。
無表情から一変して、ようやく感情的な要素を表してくれた。
メンヘラは撤回していいかも。
「人間じゃないのはきみのほうだぞ。初の戦果が十三機撃墜とは人間業ではない。本社も予想もしなかった、とんでもない底力だ」
「いやー、語弊があるって。その内の十機は無人攻撃機なんだからたいした成果じゃないだろ」
「敵性航空機には変わりがないのだから同じことだ。他のスペツナズ機の戦果はもっとひどい。本当にきみと一緒の上位ランキング者なのか頭を抱えたぞ」
「ああ、まあ……、それは俺も思ったわ」
おそらく『FAO』シリーズは続編にデータを引き継げてしまうので、その際のランキング成績も反映されてしまったゆえかもしれない。
戦闘以外のミッションで稼いだ戦果が仇となった可能性が高い。
立派な不具合ともいっていい。
実力に見合ってないプレイヤーが少なからず上位に入り込んでいるということだ。
「わたしはこれでも本物テストパイロットなんだ。その経験から言わせて貰えば、きみの腕は驚嘆に値する。いくらパイロット保護システムの恩恵を得ているとはいえ、失神してからの復帰も早かった。Gの洗礼も乗り越えたきみは、天性のパイロット資質を兼ね備えているのかもしれないな」
「…………は?」
コーヒーを吹き出してしまうところだった。
今、目の前の少女は何て言っていたか。
聞き違いでなければ、本物のテストパイロットと曰ったぞ。
「もう一度言ってくれ」
「ん? なんだ、もっと褒めて欲しいのか?」
「違う! 俺のことじゃなくて、お前のことだ」
「わたしのこと?」
『多分だけど、あたしの解釈ではリンの私生活が知りたいってことかしらね』
「それもちげえし! ってかおめえは会話に入ってくんなよ!!」
しばらく黙っていた人工頭脳のリリィが余計な茶々を入れて来やがった。
「私生活と言っても、わたしはほとんど軍の研究所暮らしか、様々な国の飛行隊相手にアグレッサー部隊として訓練を実施してばかりだったかな」
「あ、あぐれっさー部隊だとお?」
こ、この少女は、とんでもない逸材だ!
普通、軍のパイロットは一機種の機体しか乗らせてもらえない。
戦闘機隊は戦闘機、爆撃機隊は爆撃機と、その機体に特化する為もあるし、そもそも限られた国防予算では多種多様な機体を贅沢に採用はできないのだ。
一つの機体を乗り続けて軍歴を終わる人がほとんどの世界だが、テストパイロットだけは違う。
次期採用予定の機体、メーカーが売り込む機体、改修機体と、とにかく色々な戦闘機に乗れる。
正式採用ともなれば莫大な予算が動くのでテストパイロットの役割は大きい。
しかも、上層部はたかだか尉官、左官クラスの意見如きでは動かないので、それを納得させるだけの実力と頭脳も必要だ。
つまりテストパイロットは、通常のパイロットよりも遙かに優秀な人間だけがなれる、憧れ的な存在なのだ。
それに加え、少女のリアル世界での所属がアグレッサー部隊とくれば、たちの悪い冗談として笑い飛ばしたくらいだった。
このアグレッサーという名称にぴんとこない人でも、トップガンと言えばたちまちの内に理解してくれる。
軍の中で優秀なパイロットだけを集めたエース部隊といっても過言でない。
アグレッサー部隊は演習や訓練の中で敵役として登場する。
仮想敵国の部隊設定で訓練を施し、飛行隊全体のレベル向上を主とする超絶エリート部隊なのだ。
この女…………。
一体、何者なんだ?
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