MISSION 12. エースな化物
「つかぬ事をお尋ねしますが、リディアさんは、おいくつでいらっしゃる?」
つい敬語になるのは仕方ないだろう。
『FAO』ではランキング一位の実力を誇る少年でも、相手はリアル世界で本物の戦闘機パイロット、しかもエース級の腕前を持つ化物だからだ。
遙か雲の上の存在であるし、リアルアバターが反映される『FAO』でこの
もしこれが学校内だったら話しかけただけで取り巻きに死刑にされるぐらいだ。
――――むしろ今までよく会話できてた。
リアルだったらそもそも話かけることすらできない。
「リンで結構と何度言わせるんだ」
やや不機嫌に呟く様子を可愛らしいと思ってはいけない。
断じてそのように思ってはならない。
住む世界が違いすぎる別次元の、神のような人間を恐れ敬わなくてはならない。
特に自分のような年頃は多感で勘違いしやすい時期だ。
こいつ俺に気があるんじゃね?
みたいな明後日の勘違いが大いなる悲劇を生むのはラノベやアニメで予習済みだ。
まあ、きっと相手は同年代ではないだろう。
すごく幼く見えるが、なんか実験の影響とかが関係しているのだ。
年下の自分が相手になるわけがない。
ここは冷静にな――――
「きみと同じ年齢だよ」
「……………………………んん?」
意識を失わなかったことに褒めてやりたい。
右耳と左耳から動じに入った言葉が脳内で衝突して弾けたぞ?
「たった十五才でアグレッサー部隊に所属するテストパイロット、だと?」
ぶっとんだ性能に鼻血が出そうになる。
いやもう気持ちは出てる。
常識はどこいった?
いや、そもそもユリアナ基地の航空ショーで会話を交わした金髪少女のミルドレッド氏も同じ年齢だった気がする。
最近のリアル軍隊世界は幼い美少女育成に力を入れているのだろうか。
もしかしたら軍上層部にはロリが蔓延している可能性がある。
――――実にけしからん事態であろう。
世間ではそういう趣味の人間を真の変態と銘打っているというのに。
「えーと、……ちなみに飛行時間は、どれくらい、ですか?」
「なぜ敬語になる?」
またまた機嫌悪そうに表情を歪めた。
「…………どれくらい?」
「数えていたのは一万時間までだ」
「い! いちまんじかんだあ?」
こいつ正真正銘化物だ。
普通、正規パイロットの年間飛行時間は大体二〇〇時間がいいとこ。
引退間近のベテランパイロットで三〇〇〇時間もあったら化物と言われている。
いくら小さい頃から航空機に搭乗しているとはいえ、それにしたって同年代で一万時間は異常の中の異常、キングオブ異常者である。
いやド変態だ。
「どんな生活送ってんだよそれ。ラノベの主人公かなんかなの?」
立場を忘れ、うっかり調子づいてしまった。
やばい、引き篭もりゲーマー拗らせてると状況に対する適応力がなさ過ぎて辛い。
これはなにその態度って言われて大抵、ぶん殴られるシチュエーションだ。
「ラノベ? というのはよく分からないが、それほど悲観した生活を送っていたわけではないぞ。同い年の他者がどういう生活を送っているかなんて知る由もないからな」
至って無邪気な様子で語る少女は、気を悪くした素振りもない。
本当にそう思っているのが手に取るように分かった。
「まあさっきも言ったとおり、わたしよりきみのほうが凄いと思うのは本心だ。大佐の階級は『FAO』内で大量のノンプレイヤー機で得た戦果が反映されたのだろう。軍での実際の階級も大佐なのだが、これは上層部より勝手に与えられた階級だ。アグレッサー部隊の長としてスカウトの為の自由な権限が必要だったからな」
「スカウト……? 誰が、誰を?」
『だからあんた、大佐にスカウトされたんじゃないの』
スマートグラスに立体投影されたリリィに指を突き立てられた。
「あー、スコードロンか」
「そういうことだ」
少女はコーヒーを啜った。
食事のほとんどを残しているが、もう手を付ける気はないらしい。
確かに栄養満点のパイロット食は小柄な女の子には厳しい量なのかもしれない。
ついもったいないと思ってしまうのは貧乏性ゆえだろう。
ちなみに欲を言えばエナジードリンクも食事メニューに追加してほしい。
やはり例の緑色のドリンクがないと、ゲームをやった感がないからだ。
まあ、この仮想世界で飲んだところで仕方ないけど。
「きみは既にわたしのスヴェート航空実験部隊に編入された。便宜上の指揮はわたしが取ることになり、当面の任務内容はユリアナ基地防空にあたる。消耗したユリアナ飛行隊の欠員が埋まるまではな」
「い、いつの間に……」
本当は北部の激戦区のほうが良かったが、相手が運営側の息がかかった大佐では文句も言えないだろう。
っていうか言えない、こわい。
それに、ゲーム設定的にも正規パイロットの補充は厳しいだろし、おそらく戦略上激戦区域を優先にすれば、戦力はそっちに回されるはずだ。
ということは当分、防空ミッションには少数のユリアナ飛行隊とスヴェート航空実験部隊、一個スコードロンに満たないスペシャルフォース機だけとなる。
つまり、それだけ敵と遭遇した時に戦果を稼ぎ易いということだ。
「ま、俺にしたらそっちのほうがいいや」
せっかくログインしているのに戦闘がなく待機ばかりの謎仕様は考えようものだが、ライバルが少ないのは良いことだ。
とはいえ、この状況ではオンラインゲームをやっている意味がない。
戦況がリアルタイムで推移しているからだろうが、気持ちは早くドッグファイトをして成績を稼ぎたいのが心情だ。
発売したばかりのオンラインゲームの目標は、いかに他プレイヤーよりも抜きんでるか、それがオンゲーマーにとっての最大の矜持なのだ。
逸る気持ちを抑えきれるわけがない。
「現代の空中戦はパイロットの技能よりも、システムの優劣が戦況を支配する」
コーヒーカップを置いた少女がこちらを見据える。
「システムが人間の能力を遥かに上回っている状況は、突き詰めてしまえばシステム対システムの戦いであり、パイロットは機体を戦闘空域まで運ぶだけでいい存在だ」
「えー、いきなりパイロット否定?」
運営側がゲーム設定全否定とはたいしたものだ。
「いや、そういうことを言っているわけではない」
首を振る少女の白金の一房が、蛍光灯にきらきらと反射した。
「いまユリアナ飛行隊が戦闘空中哨戒中なんだが、敵の機影を捉えたみたいだ。まもなく防空識別圏に差し掛かろうとしている」
「お、もしかして……?」
これは朗報だ。
戦闘空中哨戒は指定空域にあらかじめ迎撃戦闘機を待機させることで、スクランブル機を待たずとも接近する敵機を迎撃できるようになる。
ただ、ユリアナ飛行隊の戦力だけでは間違いなく敵を止められないはずだ。
すぐに出撃準備に入ったほうが態勢も整えられるので、がばっと立ち上がって空になったトレイを片付ける。
同時に食事ブース内にまで響き渡るスクランブル警報が叫び声を上げた。
「タイミングいいなー」
「では、飛ぶとしようか」
溌剌とした口調に振り向けば、
リディア大佐がなぜか、満面の笑みを浮かべていた。
――――あ、この人、戦闘狂だ
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