MISSION 13. 褒められる
スクランブル警報が鳴り響く中、リディア大佐と少年は肩を並べながら、格納庫へと急いでいた。
「リ、リディア、大佐……、ちょっと――、待って」
「リンで結構と言っているのに、きみはなぜそれを理解してくれない?」
まったく息を切らさずに言ってのけるリディア大佐は、少年よりも前のほうに現在進行形で抜きん出ていた。
「は、はやい……、はやいって……」
もうリディア大佐のびっくりするぐらいの猛ダッシュ。
いや、確かに現実にスクランブル警報は国籍不明機が領空を侵犯しようとしている時にかかるものだから、警報と同時に当直パイロットは急いで戦闘機に乗り込むけども。
――これゲームなのに、周りの全員が凄まじい速度で配置に付いてるんですけど!
まるで蜂の巣を突いたかのようなお祭り騒ぎの有様だ。
誰も彼も真剣な表情でタックルぶちかましてやると言わんばかりの速度で爆進中。
当然、リディア大佐もその一人で、しかも速い速い。
どんどん引き離されている状態だった。
「きみは……、体力がないのか!?」
どうやらこちらの息を切らしている様子に初めて気付き、目をまん丸にして驚愕な表情を浮かべるリディア大佐。
「あ、当たり前、だろ……。こっちは、……現役引き籠もりの……、高校生だぞ! 全力ダッシュな、んて……、ムリ!!」
「そういうものなのか?」
リディア大佐はきょとんとした顔で小首を傾げた。
まるでこれくらいなら当たり前といった態度で、逆にこちらを不思議そうに見やる。
「これが、普通の十五才……」
そう呟くと、少女は急激にペースを落として肩を並べてくれた。
――――体力も化物だ。
大排気量を備えたスクーターだ。
どこぞの競走馬娘の馬力を発揮されたら現役高校生のスプリンターでも適わない。
スズカなの? テイオーなの? マックイーンなの?
「いや……、俺は、その、普通以下の以下のカースト最下位で……。下の下の下くらいの体力しかないよ……」
「その基準はよくわからないが……、とにかく通常の兵役水準に達していないということなのか?」
「うん、それこそ……、兵役水準は知らんけど、そういうのって多分、新兵訓練みたいので、鍛えられれば大丈夫だと思う。一応、学力だけなら、それなりにやれば何とか……」
さすがにここでカースト上位者が最下層の人間を見るような目でみられたくない。
精一杯の虚勢を張ってやる。
「それはおかしいな。きみはすでに一流のパイロットの腕を持っている。先の戦闘でそれが証明されたんだ。きみに対する周りの評価は間違っている。確かにまだ身体が出来上がっていないから戦闘機動に対する強靱な体力が備わってないかもしれない。だが、それも慣れの問題だ。肉体はいつか慣れる。だからきみはもっと自信を持つべきだ」
一瞬、声が出なかった。
少女から発せられた言葉は、
誰からも絶対に貰えないような言葉だったからだ。
「いいか、さっきわたしはきみに言ったぞ。現代の航空戦はシステム対システムの戦いだと。だがそれを突き詰めた後はそうでなくなる。レーダーを攪乱する電子兵器やステルス技術を相手が持ち、こちら側も持っていれば、結局のところ、原点回帰になるんだ。お互いのシステム同士が戦い合い、その決着が付く間もなく戦闘空域に突入すれば、否応なしに近接格闘戦になる。もしレーダーや電子兵器が通常作動を困難にさせている状況であれば、目視による航空戦、第二次世界大戦時の大規模近接航空戦になるんだよ」
少女の説明は段々と熱が籠もってきた。
その白い顔の頬を、紅潮させているのが分かる。
「そうなった場合、いや、すでにそうなりつつある今、きみのそのパイロットとして腕が、絶対的に必要になる。無論、もう必要である状況だ。大規模な航空戦になれば自機に搭載されるミサイルの数だけでは少なすぎる。まったく足りない。そうなった時こそ、その天才的な偏差射撃の腕は、もの凄い武器になるんだ。こちら側の最終兵器だよ、きみは」
あまりの褒められように、まったく付いていけない。
むしろ裏があるんじゃないかと勘ぐりたくなるレベルの褒めちぎりだ。
いや褒めてところで何も出ないし、褒められたことに対して素直な礼の言葉も出ないけど。
「……ミノフスキー粒子下による有視界戦闘と一緒とか最終兵器俺とか、どんだけSFが混ざってんだよこのゲーム」
「きみは物理学に詳しいんだな。わたしも初耳な粒子名だが、今話したことに繋がっているようにも見受けられる。なんだ、なかなかの博識ではないか」
「いや違うからね。そうじゃないからね。ほんと今の呟きは無視して出来れば忘れてね」
律儀にこちらの戯れ言を拾って真剣に受け止めてくれないでほしい。
ほんの冗談で言っているに反応されては困る。
――というかネタにマジレスすんなよ
スクランブル警報下で会話しながら小走りで、ようやく格納庫へと辿り着いた。
もちろんここも慌ただしく整備班が動きお祭り騒ぎだ。
リディア大佐は会話を切り上げ、颯爽と自機へ向かっている。
少年の愛機もいつの間にか少女の機体の隣に移動していた。
同じスコードロンというので配慮されたのだろう。
「そういや、どうして敵接近が分かったんだ?」
脚立に足をかけ、コックピットに身を滑らせた少年はスマートグラスを外して服に引っかけ、戦闘機専用のHMDを被りながら聞いた。
「先程、無人攻撃機を動かせると言ったではないか」
ディスプレイも起動しており、分割画面に形状の違うHMDを被った少女が映る。
『一緒に哨戒してんのよ、リディア大佐の無人攻撃機が』
今まで沈黙していたリリィが即座に答える。
「……俺の抜群の理解力を持って解釈すると、リディア大佐は飯食ってる間も無人攻撃機を操作していたと?」
『そうよ』「そうだ」
見事に台詞を合わせた二人だ。
とういうより平気で無茶の行為を肯定しないでもらいたい。
つまりリディア大佐は全力疾走しながら会話をし、その間に哨戒中の無人機を器用に操っていたとでも言うのか。
…………言うんだろうな
「どんだけハイスペックなんだよ……」
溜息を吐いた少年であるが、それとは裏腹に、優れたシステムの支援は有り難いものだった。
こちらとしてはランキングが良い方向に加点されるのは大歓迎である。
さっきはシステムの優劣差はなくなり、殴り合いになるとは言ったものの、事前に優位に立てる状況に持っていかなければならないのはシステムの仕事なのだから。
格納庫の扉は開かれている。
先に発進したのリディア機だ。
その後を追う形で滑走路へと機体を推し進める。
外は真っ青に晴れ渡り、絶好の飛行日和。
有視界での空戦は遣りやすいが相手だって条件は同じだ。
少年の身体は待ちわびたかのように武者震いを起こし、これからの戦いに血が沸いた。
『ちょっとあんた、なんでGスーツ着てないのよ!?』
「え!? あ、忘れてた」
スクランブルで急いでいたのもあるが、それこそ機体に乗る前に言ってほしい。
今から機体を降りてから着替えるのは面倒だ。
まあゲームシステム上、何らかのマイナス補正がかかるかもしれないが、撃墜されるレベルまでステータス低下になるはすもないだろうし。
「無理しなければ大丈夫だろ?」
『っていうか、胃袋のご飯も忘れてない?』
「あ!? ちょ……、まさか、もどす機能まで再現されんのこれ!?」
『それがFAOなのよ』
「うそじゃん……」
よろしくない。
大いによろしくない。
あのリアル過ぎるドッグファイトの経験から、無茶をすれば確実にナイアガラリバースだ。
きっと失神しながら吐瀉物をぶちまける。
こうなったら仕方がない。
もっとも負担を少なくする、
一撃離脱戦法に切り替えるしかなかった。
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