MISSION 19. 逃げちゃダメなの?


 翌日も敵機襲来の警報音はなく、本当に退屈でお腹と背中がくっつきそうだったので、食事ブースにてボリューム満点のパイロット食を平らげていたおれのもとに、白金の髪を靡かせたリディア大佐がやって来た。


 今日も白の制服に糊がしっかり効いた襟をびしって決めた姿が凛々しい。


「緊急召集命令だ。すぐに格納庫に来てくれ」

「了解、隊長殿」


 開口一番に凛とした声で指示を告げるので、おれは上官に絶対服従の部下のように背筋を正して敬礼してみせた。


 が、内心はキターと叫び声を上げている。


 今や慣れたブラックコーヒーを電光石火で飲み干し、急いで格納庫へ向かう。

 すると、手にしたタブレット端末が音を鳴ったので画面を見る。


『お望みのミッションよ』

「やっぱり!?」


 その言葉を待っていた。

 どれほど待ちわびたことか。

 何かのフラグかイベントによって、防空以外のルートが開けたということだろう。


『ところで何でグラスかけないのよ? リアルタイムで状況を知らせることができないわよこれじゃ。いちいち端末からあんたにアクセスとかかったるいわ』

「いや常におまえといる状況とか面倒じゃん」

『はあ? あたしはパイロット補助システムの人工頭脳よ? マンマシンインターフェイスなのよ? パイロットと24時間同期状態を維持しなくて何が人工頭脳SBDよ』


 端末画面で眦をつり上げるツインテールの様子が、何だか生まれた時から一緒でお隣同士の幼馴染みを怒ってる風のヒロインに見えてげんなりした。


「24時間とかなにメンヘラみたいなこと言ってんだよ。パイロット補助ならおれが戦闘機に乗ってる時で充分じゃねえか」


 こういうのはアニメの中の二次元だからいいのであって、実際にこんな感じで常時付きまとわれたら疲れてしょうがない。


 と、モテないおれが言ってのける。


 悲しい。


『ちっ。もうこなったら上層部に上申して基地内ではどこでも装着させる規則をつくらせるしかないわね』

「引くわ~ないわその発想」

『まあいいわ。新型の耐Gスーツが用意されているから、そっちのほうに着替えてね』

「へえ、そんなのあるのか」


 頷いて格納庫に入るとそこに愛機の姿はなかった。


 どうやら既に格納庫から引っ張り出されており、いつでも飛び立てる体勢になっているらしい。


 ということはあとはその新型耐Gスーツに着替えておれが乗り込むのを待っているということだろう。


 善は急げとばかりに格納庫に併設されているロッカールームに入ろうとした矢先、


「きみも早く着替えろ」


 と、リディア大佐が出てきて声をかけてくるのだが……


「え、えー…………。それが、新しい耐Gスーツ?」

「無論だが?」


 きょとんと首を傾げる姿が愛らしいリディア大佐である。


 しかし、だ。


 その耐Gスーツが……。


「なにその新世紀的なスキンスーツ?? 使徒でもどつきに行くの???」


 マンガアニメにお馴染み過ぎてそれしか浮かばない。


 肌にぴったりと合わさってしまうので一般的にはダイビングスーツやウェットスーツのイメージに近いが、リディア大佐の着る薄紫色のそれは、完全なるスキンスーツ。


 小柄で細身のボディラインが際立つ。

 

 ――――正直


 目のやり場に困る!!


「詳細は聞いていないのか?」

「えっと、全然」

「そうか。なら着替えながら聞くと良い。わたしは先に乗っている」


 そう言って大佐は擦れ違いざまにスマートグラスを渡してきた。

 今まで形状が違い、耳にかける縁からヘアバンドみたいな突起物が付いている。


 もはやRPGに出てくるような頭装備のサークレットのようだ。


『ああ、やっと落ち着くわこの仕様』

「おまえ、ますますバーチャルアイドル的になってないか?」


 隣を見ればもうそこに人がいるかのように人工頭脳SBDのリリィが立っているのだ。


 きらきらした翠色の瞳が人懐こそうにこちら見詰め、頬を薔薇色に染め上げている。


 唇は柔らかそうに輝いていて、同じ色の二つに分けた髪が風に揺らる度になぜだか良い香りが鼻腔をくすぐった。


『見て見て、あたしもあんた達のように新型スーツに決めてみたわ』


 リリィは似合うでしょと言わんばかりに腰に手を当てる。

 容姿は大人に設定されている人工頭脳SBDだ。

 赤色のスキンスーツが、リディア大佐以上にボディラインを際立たせていた。

 

「おまえ、リリィ・ラングレーに改名したら?」


 ぶっきらぼうに言い放つと顔を背けるおれ君。

 マジで目のやり場がない。

 

『はあ? 何言ってんの? あんたばか?』

「それだよ、それ。っておまえわざとじゃね?」


 有名な決め台詞を決めて人差し指をこちらに突きつける様に気付け。


『ちょっと何言ってるかわからないから、あとで医療チームに問診受けないさい』

「…………それ笑うとこ?」


 おれは早速、指定されたロッカーから新型耐Gスーツを取り出して腕を通す。


 色が黒い。 


 白とか赤とオレンジとかは勘弁してもらいたかったから助かった。


「もしかして、これもアプデの内容に入る?」

『ご名答』


 視界の端っこで後ろを向きながら踏ん返るリリィ。

 どういうこだわりなのか着替え中はこうしてくれる。


 まあ、アバターだからいいけど、せめてこういうときはロッカールームから出て音声だけの会話にしてほしい。


 マナー的にね。

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