MISSION 17. バケモノ陰キャ


「……わたしが余り食事を取らないのは知っているな?」

「え? あ、うん」


 こくこく頷く。

 インディペンデンスデイ攻略の話からぶっ飛んだが今は突っ込まないようにする。


「なんか、コーヒーばかり飲んでいるイメージだけど」


 何度か食事ブースで一緒になったが、その度に少女の食の細い様を見ていた。


 単にスクランブルによる発進でそのまま戦闘に移った時に、吐き出さないようにしていた処置か、もしくは女の子的なダイエットだ思っていたが……


「わたしの身体のほとんどはインプラントなんだ」

「インプラント? 歯医者か何かと関係あんの?」


 町中でよく見かける差し歯? 的な手術?

 白金の少女は薄く笑って続けた。


「幼い頃から戦闘機に乗っているからな、当然、骨や内臓はがたがたになる。この左手は筋電義手だし、腰椎も大腿部から下も光処理されたチタン合金で補強している」

「義手……?」


 首を傾げる。

 ゲーム内、『FAO』内のアバター設定の話だろうか。


「その設定でアバター能力が向上するもんなの? パイロットの操縦技術にプラス効果とかステータス補正が追加されるとか?」

「そうだな。きみは、なんていうか、本当にゲームに熱心な人間だ」


 大佐の薄い表情に呆れたような、柔らかく力の抜けた笑いが自然に浮かび上がる。


 ゲーム脳と言われればそれまでだ。

 だって引き籠もりゲーマーなんだもん。

 

 ゲーム以外の要素に気を配る余裕なし!


「例えばこんなことができる」


 そう言って少女は陶器のマグカップを左手で掴むと、


 ばきっ


 と、乾いた音。


 マグカップを容易く破砕した!


 テーブルの上に破片が散らばり、それらの破片を少女は更に更に細かく丁寧に握りつぶして砕いていく。


「おまっ、え? マジ、か……?」


 さすがにその様子を垣間見れば呆気に取られるもんだ。


 陶器のマグカップだぞ?


 紙コップではないのだ。

 カフェテリアのコーヒーは紙コップなのに大佐はいつも陶器のマグカップだ。

 これが尉官と佐官の違いか。

 

 ――――いやそれはどうでもいい。

 

 陶磁器の破片を簡単に砕くパワーもそうだが、細かい破片を器用に摘む動きが本物の手のように動くのも目を見張る。

 

 本当に義手か?


 本物にしか見えん。

 ゲーム内だけど。


「慣れない空戦機動マニユーバで左目も潰れたよ」

「目って、その目も??」


 今度はその左手で目を指差した。

 灰色の瞳を良く見れば、カメラレンズのように瞳孔が絞ったり開いたりしている。


 もの凄く精緻な造りだ。

 人工的に造られた水晶体、いわゆる義眼だった。


 まるでCGのよう。

 まあ、そりゃゲームの中だからだけど、実際、それくらい綺麗な造りなのだ。


「どうだ、本物の義眼だろ?」

「……じっくり見ないと気付かないレベル」

「こんなこともできるぞ」


 少女がそう言うと、カメラレンズの部分が瞬く間に通常の瞳のように変わる。


「おお、なんだその仕様は」

「まあ職務上、色々な政府関係施設に行くからな。変に勘ぐられないように義眼を偽装するんだ」

「……なるほど、スパイ疑惑を回避する為か」


 芸が細かい。

 実際の国際謀略がどうなっているのかわからないが、例えその気がなくても疑われないように気を使うというわかけか。

 

 社会に出たら気を使わないといけないとか……


 考えると憂鬱なことだ。


 学校でさえカースト上位に気を使うというのに、卒業しても様々な場面で気を使うとかマジでリアルはクソゲーだな。


「どうした?」


 つかの間の物思いに耽っていたのを訝しげに問うリディア大佐。

 

「!」


 覗き込むあまり少女と顔の近さから瞬時に退避。

 いくらゲーム内とはいえ僅か数センチの距離は心臓に悪い。


 そして少女はその様子にきょとんとしている天然っぷり。


 おいおいなんだよこのラノベ展開―――


『あら、バイタル数値が――

「うるさい黙れ機械、今は大佐と任務の話をしているんだ」


 そろそろ人工頭脳SBDがうざい。

 少年は乱暴にスマートグラスを外して投げ捨てようかと思ったが、ないと不便かもしれないのでテーブルの上に放り投げる。


『ちょっ!? この扱いには――


 放り投げてなおうるさいのでそっと遠くへとずらす。


「だが、幸か不幸かこの左目のおかげで無人攻撃機ドローンとの電子接続も容易になった。スタニスワラ機関の開発したSモジュールが埋め込まれ、普段は頭蓋骨が邪魔してノイズが生ずる脳波を、眼窩を通じて的確に拾えるようになったんだからな」

「もの凄い勘違いかもしれないけど、それって、アバターの話だよね?」


 慎重に問いかける。


 以前に人体実験紛いの話が出た時に、てっきりゲーム内設定かと思いきやリアルでの話だったので、こちらとしても身構えてしまう。


 いや、でも現実でも戦闘機パイロットとか超絶超人を通り越したテラスペックの持ち主だ。

 

 もしかして……


 ガチもんの話かもしれん。


「嘘偽りのない、生身の話だ」


 案の定、少女は目を閉じて首を振った。


 この事実が本当なら、仮想世界においてリアルの空中戦を再現させる為に、一人の少女が実験体にされたということになる。


 おーい人権どこいった、ってことになる。


 このゲームを開発した会社は、少女の身体のことを知っているのだろうか。


「リディ……、リン。おまえ、自分の境遇分かってる?」


 なかなか女の子の名前を呼び捨てにすることに慣れない。


「無論、理解している。わたしは自分の境遇を不幸と思ったことはない」


 心底そう思っているように言い放つ少女だ。


 しかし、現実はどうだ。


 世間一般的には不健全、ではないのか?


 10代で軍役、過酷な環境の戦闘機パイロット。

 テストパイロットの飛行は制式化される前の問題を洗い出す為の飛行。

 常に死と隣り合わせが、健全とはいえない。

 

 でも……


 健全とは言えない境遇は同じだった。

 学校にも行かずに引き籠もりゲーマーと化している自分だって、世間一般から見れば不健全極まりない。


 同級生と仲良くとか反吐が出る。

 何の問題も解決出来ない教師なんてゴミだ。

 

 ああ、ほんと、人のことなんて言えんわな……


「ユリアナ基地に来てから、こういうのもなんだが、わたしは新鮮な経験をしていると思う。きみとの交流は想像以上に楽しいよ。冷たいスタニスワラの研究所では決して味わえないものだ。真に優れたパイロットと飛ぶのもこんなに気持ちの良いものだとも知らなかった。わたしの無茶な要求に難なく応えてくれる。自分と同等以上の腕の持ち主と共闘するのは、何と言うか、爽快感さえ感じる」

「それな。わかるよ。同じくらいのスキルを持ったプレイヤーと一緒に戦うって、おれ達マジで無敵じゃんって思うわ。カスなプレイヤーが多いと尚更だし」


 酷い言い様に聞こえるかも知れないが、ネトゲにあるエンドコンテンツをプレイすればわかる。

 パーティーのスキル差がひどい事態を招く。


 そりゃもう大変なストレスだからね、足引っ張る仲間って。


 ギスギスオンライン待ったなしよ。


「さて、長話をしてしまったな。哨戒飛行しているわたしの無人戦闘機ドローン、プラーシャとレジヴィによれば当分、敵機の襲撃はなさそうだ。今の内に身体をしっかりと休めておけ」


 粉々になったマグカップの残骸を両手に持って少女は立ち上がる。


「会社や軍はここまでしてわたしのようなパイロットを造り上げた。だが、きみは、そのわたしを凌駕しようとしている」


 くるりと踵を返したリディア大佐は顔だけ振り返る。


「本当のバケモノになろうとしているのは、きみだよ」


 微笑を浮かべたリディア大佐は、すぐに歩を進めて格納庫へと消えて行った。


『変ね。安定したバイタル数値がまた上がったと思ったら、急激に落ちたわ。ねえ、アゼル、もしかしたらこれはおかしな症状かも知れないわよ』


 リディア大佐が立ち去ったのでスマートグラスをかけてみれば、隣に立体ホログラムのようなリリィが現れる。


「それが人間なんだよ」


 釈然としないリリィであるが、おかしなことは何もない。


 この発言をどう捉えたのか、人工頭脳SBDは大袈裟に溜息を吐き出して、


『人間って大変ね』


 と、人生の長さに関係なく、生きることの大変さが人によってはたくさんあることを理解しようだった。


「おれもそう思うよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る