MISSION 15. 遊びだから
「もしや、きみはFAO史上最大のミッションである『インディペンデンスデイ』を所望しているのか?」
「あ~……、あれね~。いやぁ、あそこまで大規模なものは序盤で早いんじゃない?」
もちろん、唇の空中接触事故は起こるはずもなく、リディア大佐の顔は停止。
だが、その至近距離ではリディア大佐の吐息がかかる。
それはもうかかる。
喋る度にかかる。
仄かに甘い香りがするのは気のせいではないだろう。
――――気のせいだけど。
仮想世界に匂いの再現はないはず。
フライトシミュレーターにはいらない機能だしね。
『データベース検索……。あったわ。FAO製品版第三弾、戦火の絆リミテッドエディションによる限定イベント、通称インディペンデンスデイ。これのログによると……、あら、あんた凄いわね。このイベントであんたが一番、活躍しているじゃない』
「へ、よせやい。俺の若かりし頃の記録なんざ……」
『年齢を重ねて得たおじさま感、あんたには似合わないわね。気持ち悪い』
「…………きみそろそろデリートするよ?」
さすがの気持ち悪い連呼は、温厚な私もそろそろ切れるよ的な感じになる。
「リリィの言うとおりだ」
「えっ! ちょっ、リディア大佐まできもいってさすがに傷つくんですけど!??」
気持ち悪いに同意されてはたまったものではない。
同世代の奇跡のように可愛い女の子、その真っ白で透き通る白肌の
「きみは何を言っているんだ? わたしはその時に磨かれた技術を指しているんだ」
「あ、違うのか」
いやあ、ほっとした。
こんなぶいちゅーばーもどきのきもいより、実体のあるリディア大佐から言われるほうが遙かにきついので、本当にほっとした。
まあ、そんな人工頭脳の戯れ言は置いておいて。
――――インディペンデンスデイ、か。
あの限定イベントはきつかった。
そのタイトル通り、敵は宇宙からきた
そしてまあ、何がきついって、とにかく敵の数が多かったこと。
各サーバーでエリア分けされた箇所にエイリアンが侵攻し、それぞれのエリアの撃退達成度によって最後のボス的存在が出現する。
ウェーブ1からウェーブ5までの段階があり、それらを凌いだ後にウェーブ6の最終ミッションが発令されるだが……、
ウェーブ1の時点で参加プレイヤーを遙かに超える敵機が出現したため、多くのエリアで『ミサイル切れ』が多発し、慣れないガンファイトを強いられるプレイヤーが続出するという、なんともバランスの悪いつくりになっていたのだ。
特にスコードロンというチームを組んでない野良、つまりソロが多く占めるFAOでは複数の敵機に追われてしまっては逃げるが精一杯で、攻撃すら出来ずに撃墜されるプレイヤーの怨嗟の悲鳴が各地で溢れかえっていた。
『ちょっとこの仕様は酷いわね。戦力差一対十で参加人数に対して誘導ミサイルが切れる比率が異常なくらい高く設定されている。これじゃ相当に苦戦したでしょうね』
「当初は攻略出来ない仕様だったはずなんだ。予測としてはウェーブ3でイベント期間の終了を迎えるとな」
『ところが、並外れた時代錯誤者がいたってことね?』
「ああ、そうだ」
人工頭脳と大佐のレーザービームが俺に突き刺さる。
「それって褒めてないよな?」
なんだよ時代錯誤っていいじゃんガン射撃、ミサイルより弾数あるし。
『飛行ログだけじゃ分からないわね。あんたどうやってこんな記録出したの? 例えばこのウェーブ1の撃墜数130機ってあるけど、はっきりいってチート行為よ?』
「は? チートじゃねーし純粋なる腕だっつーの」
『それが信じられないのよ』
「いや、彼の戦果は正しい。信じられないことだが、このユリアナ諸島でもFAO内でも、アゼルの偏差射撃は一発必中なんだよ」
『ええ、ええ、分かりますとも。ただそこじゃないのよ、あたしが疑問の思うところは』
リリィが思いっきり顔をしかめて疑いの眼差しを向ける。
『あんた、どうやってこの射撃技術を身に付けたの?』
「確かにわたしもそれが気になる。本職の戦闘機パイロットでもないきみがどうやってここまで正確無比に偏差射撃をこなせるのか」
どうやらこの二人は俺のガン射撃技術をどうやって学んだかが気になるようだ。
ただ俺は悩んだ。
どうやって説明しよう。
別に特別なことはしていないから、強いて言うなら
「遊んでたら身についた」
「『はぁっ!?』」
リディア大佐は目をまん丸に見開きぽかんとした表情をし、人工頭脳に至ってはおまえ本当に機械かよと言わんばかりに眉間のしわが深い。
「ってなるよな? でもマジでそうだから」
おれの明瞭かつ簡素な説明で未だに立ち直っていない両者なので、もう少し詳しく説明を付けたそう。
「もちろん空中射撃理論とかレティクルのミルドットも参考にしたけど、あとはFAO内の演習モードや練習ステージでの『遊び』で得たのがほとんどだって」
「……具体的には、どんな訓練……、いや……、遊びなんだ?」
ようやく立ち直りかけた大佐であるが、この後の俺の答えに絶句する。
「ドラゴンと追いかけっこ」
『あんたバカぁ?』
まるでどこかのツンデレラングレー的なつっこみが飛んでくる。
人工頭脳だけあって非科学的な単語には素早い回答が出せるのだろうか。
「いやマジで初期のFAOの特定のステージの隠し要素で戦闘機と同じ早さで飛ぶドラゴンが出現するんだよ。まあ一部のプレイヤーでは有名だったんだけど、ミサイルでロックオンもできないしヘッドオンによるミサイル水平発射も当たり判定なし。機関砲は戦闘機には絶対できない運動性能でまず当たらない。最初は面白がってったプレイヤーもすぐに飽きて見向きもされなくなって、ただの観光名物に成り下がったけどね」
だが俺は諦めなかった。
当時はなぜかドラゴン撃墜に執念を燃やしていた。
だから弾を当てるために弾道性能から射撃体勢と様々な古い資料(第二次世界大戦時)での空中射撃理論を学んだ。
そもそも弾はレーザービームのように真っ直ぐ飛ばない。
重力によって弾は沈み、例えば目標まで1000メートルの距離だと、弾は10メートル以上沈むので照準の真ん中に敵機を捉えて撃っても当たるわけがない。
特に空中機動戦においては相手は縦横無尽に動くので1000メートルからの射撃は無意味だ。
よくあるチートスキルの『未来予測』的な能力でもない限り当てることはできない。
だって亞音速で動く戦闘機って1秒後には300メートル進むからね。
それを360°半円方向の予測なんて多次元論換算で何百何千通りあるんだか。
そんな計算の労力よりもっと簡単な方法がある。
もっと近付いて撃てばいい。
大体400メートルくらいからが目安だ。
ただ、ドラゴン相手にはそれでも厳しい。
愛機の機関砲は1秒で30発弾をばらまくが装弾数は150発だけしかないので、当たらなかった時のロスが痛い。
フリーステージの隠し要素なのでドラゴンを出現させるのに時間がかかるのだ。
しかもドラゴンの装甲は意外に固い。
部位によって装甲厚も違う作り込みなので、厚いところに命中しても有効打にならなかった。
だから100メートルの至近距離まで近付いて装甲の薄いところを狙う。
しかし近付いても弾の無駄撃ちはしない。
射撃の何かを感じ取って常識外の回避運動を取るからだ。
なので1発ずつ確実に撃ち込む。
ただやはり1発じゃ落ちない。
戦車並みの厚い装甲設定なのか耐久ゲージでの判定なのか、とにかく装甲の薄い弱点箇所を地道に1発ずつ撃ち込んで戦闘機動を続けるしかないのだ。
俺はそれを、ただやってのけただけだ。
多分、撃墜までに8時間はかかったと思う。
結果が、二人の驚く偏差ガン射撃なだけ。
な? 別に難しいことじゃないだろ?
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