MISSION 14. 周回ゲー?


「そろそろおれにも限界が……」


 食事ブースのテーブルに気怠く座った少年は、栄養ドリンク片手に突っ伏していた。


『でも対価はちゃんとランキングに反映されてんだからいいじゃない』


 バイザーの投影画面でのリリィは、タブレット端末を持って画面を見ている。


 こういうブイチューバー的な表現を用いるのは芸が細かいと思う。


 サングラス越しであれば、この人工頭脳がまるでそこにいるかのように存在しているのだ。


 ただ、もうちょっと貴重なゲームリソースを有効に使わないものなのかと疑問だ。


 だって、こんなことしないで、単純に立体映像です的に出せばいいのに、なんでわざわざスマートグラスでしか映らないようにしているのか。


「ま-、悪くはないんだけどさ……」


 端末をフリックすればランキング欄の最上位に自分の名前がある。

 撃墜数の合計が五十を超え、他のランカーを大きく引き離していた。


 これは大いに自尊心を満足させている。


「ところで、このプレイヤー名が半転しているのはなに?」

『なにって、撃墜されたプレイヤーに決まってるわ』


 にべもなく言い放つリリィである。


「結構いるようだけど、撃墜されるとスコアの反映が止まるペナルティってこと?」

『まんまの意味じゃない。あんた馬鹿なの?』

「は? おまっ、馬鹿はないだろうが」

『他にどんな説明がいるのよ」


 呆れた顔を浮かべ、本気でこちらを理解力の足りない人間と決めつけている感じだ。


「じゃあ、そいつらはこれからどうなんだよ?」

『どうもならないの。その内ミッション内容によって他のプレイヤーが成績を上げれば欄外に追いやられるでしょ』

「……厳しいなあ。そしたらまた一からスコア伸ばすしかないのかよ」


 聞きようによってはユーザーアカウントを再設定しろということかもしれない。


 アバターを作成し直して、一からやり直せという仕様だったら苦情が殺到しそうだった。

 

 っていうかそんな仕様だったら、ほんまもんのクソゲーになるぞ……

 

 少年は緑のエナジードリンクを飲みながら、タブレット端末を操作して、スコア内容の詳細に移った。


 もっとも多い撃墜対象は無人攻撃機の二十数機、ついで爆撃機や攻撃機を合わせた二十くらいで、戦闘機が十二機だ。


「はぁ~~……」

『なによ、ため息なんてしちゃって。ランキングに気にくわないことでもあるの?』

「いや~、まあ、そうじゃないんだけどさ」

『だったらなんなのよ? 気持ち悪いから早くいいなさいよ』

「……おまえ、マジで口悪くなりすぎ」


 ゲームの中の、更に人工頭脳設定だから何とも思わないが、これが本物の『女の子』から言われたら確実にハートがブレイクする。


 気持ち悪いとか面と向かって投げつけられたら不登校ルート突入だ。


「きみの成績は予想以上だな」

「うおびっくりした!」


 背後からの声で振り返れば、リディア大佐が端末画面を覗き込んでいた。


「激しい電波妨害下が功を期しているとはいえ、ドッグファイトに縺れ込めば敵なしの働きだ。おかげで相手の攻勢にも陰りが見え始めているぞ」

「ああ、大佐の無人機って電子戦用っぽかったけど、あれの影響だったのか」

「リンで結構だぞ?」


 微かな吐息が耳にかかる。

 というより距離が近い。


 近すぎる。


 なんだか良い香りもするし、息遣いまでがしっかりと耳に到達する。


「お、お、おう、まあ、座れよ」


 微妙に席をずらして距離を取ろうとするが、あろうことかリディア大佐は隣の椅子に座り、更に身体を近付けた。


『あら、またバイタル上昇してる。何なのかしらこれ? 医療カプセルから出たばかりなのに。該当する症状を検索中』


 本気で悩み出す人工頭脳が首を傾げるが、これは体調不良などではない。


 が、そんなことをわざわざ言う必要もない。

 放って置くのが得策だった。


「Gにも大分慣れたようだな」


 少女の指が端末画面に触れた。


 人工頭脳のパラメーターと共にプレイヤーの身体能力ステータス欄が表示され、耐Gステの習熟度が伸びていた。


「おー、だから最近は疲労度が少ないのか」


 リアル世界でもGの慣れはあると言われているが、ちゃんと仮想世界のゲームでも反映されていたようだった。

 当初に比べたら随分と楽になったのは実感できる。


 だが、ちょっと待てこの展開。


 この子、ぼくが使っている端末に指を置いていじくってるぞ


 しかも未だに距離が近い。

 なにこのラノベみたいな展開。

 最高かよ。

 

「身体のほうは万全か?」

「うーん、まあぼちぼちかな」


 倦怠感はないけれど、万全とも言い難い。

 激しい空戦機動の後は必ずといっていいほど痣だらけになるのは変わらないからだ。


「ぼちぼち?」

「うん、ぼちぼち」

「ぼちぼちとは?」

「えっ……?」


 真剣な表情で言葉の意味を測りかねている様子の少女だった。


 ひょっとして自分のアバターは隠されたパラメーターの不具合が累積しているのだろうか。


『リディア大佐は日本人の血が八分の一のクォーターだけど、生まれも育ちも海外なの。八カ国語は喋られるわ。でも、特定地域の方言なんて知らないの』

「それこそ知らんけど、色々ハイスペックすぎるわ」


 正しく天才だ。


 同い年にして天と地の差である。


 肩が触れ合うほど近くにいる少女は、神の領域に達した廃神だ。

 何だか後光が差しているかのように眩しく見えてしまう。


「やはり、体調が優れない?」

「いや~、体調というか、なんというか……」

「歯切れが悪いな、本当に大丈夫か?」

『さっきからこうなのよ、こいつ。なんかの風土病かしら?』

「ここで何でわけわからん病を持ち込もうとしてんだよ」


 段々とパイロットの扱いが雑になってきてないかと一抹の不安を覚えるのだが、一応、人工頭脳なりに心配をしてくれているのだろうか。

 リディア大佐も眉を八の字に曲げている。


「まあ、あれだ。非常に言い難いんだが……」


 人工頭脳と大佐が神妙な面持ちでごくりと唾を呑んだ気がする。


「洋上のドッグファイトに飽きた」

「『………………は?』」


 綺麗なハーモニーだ。


 お見事。


 と言っている場合ではない。


 大佐の頭の上に疑問符の擬音というべきものがたくさん浮かんでいる。


 人工頭脳にいたっては眉根にしわを寄せまくり、額に青筋をくっきりと浮かべているのが分かる。


「いやいやいや、違うからね。頭おかしくなったとかじゃなくて。マジで単純なドッグファイトに飽きただけだから。ほら、こう、もっとさ、味方爆撃機護衛任務とか対地支援とか、都市部上空の攻防とか、もっと色んなミッションを想像してたわけ。なのにさ、もうずっとここで洋上のドッグファイトだけだよ? もー、退屈で飽きるでしょ? ゲーム的にもまずいでしょ?」


 若干、ぱにくった挙げ句、支離滅裂な説明になった感が否めないが……


 要するにそういうことなのだ。


 同じことの繰り返しじゃあ……


 飽きる!!!


 もう周回は嫌だ!!!!


「……いやはや、きみは大物だな。これも脳の可塑性というものか」


 リディア大佐がなにやら感心しているようだが、こんなの大仰に脳の可塑性とか言わないで欲しい。


 ゲームにおいてレベル上げのごとく同じ行為の繰り返しは致命的だろう。

 寝落ちしないのが不思議なくらいだった。


 まあ、仮想世界というシステム上、そもそも寝落ちしているようなものだが。


「いや~、ものほんの天才に大物と言われましても複雑な気分と申しますか……」

「謙遜するな。きみはわたしとの能力を勝手に比較しているが、わたしはきっちりと訓練している人間だ。をそれに比べたらきみの成績はなんだ? 頭一つどころか、二つも三つも飛び抜けている。同じスペツナズ扱いの中でも化物と呼ばれておかしくない腕を持っているのは自覚してくれ」


 ずいっと顔を寄せる少女。


 だから、近い!


 その勢いに仰け反ってしまわなければ唇と唇が――――

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