第13話 おつかいの途中で足止めされてます

役人の男に案内された宿は、ホテルだった。

せめてものお詫びにと、教会側が用意したのであろう。

そこは、この街一番の高級ホテルであった。

この大陸特有の溶岩石を利用したその建物は、白を基調とした落ち着いた雰囲気の壁に所々に黒溶石の柱が使われていた。

黒く美しい黒溶石の中でも、光の当たる角度によって緋色に見えるそれは、黒溶石の中でも一級品の証だ。

まるでオブジェにも見えるその独特の形は炎を連想させ、美しいシャンデリアの光を反射してキラキラと輝いていた。


「う~ん、なんか落ち着かないなぁ。」



アランは深く座った大きなソファに凭れながら、落ち着かない様子で長い足を組み直しながら、ぼそりと呟いていた。

ここはホテルの大広間、カフェも兼ねるそこからは大きなフロントが見える。

先程手続きを済ませた場所だ。

そのフロントには深紅の正装をした受付係が、忙しそうに客の対応をしていた。


「やることも無いしなぁ……。」


アランは溜息混じりにそう呟くと、ちらりと向かいの相手を見る。

しかし何の反応も返ってこない。

はぁ、と小さく溜息を吐くと、豪華な刺繍と彫刻の施された大きなソファに今度は行儀悪く、ごろりと寝転んでみせた。


「行儀悪いですよ。」


途端、先程見た向かい側の席から不機嫌な声が聞こえて来る。

口元に僅かに笑みを作り視線だけで相手を見れば、ティーカップを持ったまま、こちらを睨むマクレーンの姿があった。


「マクレーンもやってみろよ?気持ちいいぜ。」


その視線を気にする事無く、にかりと笑って返せば。

ぎろり、とまた睨まれた。

アランはやれやれと溜息を吐くと、むくりと起き上がる。


「それにしても……人が多いな、ここは。」


背凭れに腕を回しながら背後を振り返ったアランは、感心とも呆れとも取れる感想を口にする。

見目麗しい長身の青年が、好奇心も露わに辺りをきょろきょろと見回す姿は檻の中の熊を連想させた。

見る人によっては微笑ましく見えるその姿も、しかし向かいに座る少年にとっては神経を逆撫でる存在でしかない。

そんなアランを、むすっとした表情で見ていたマクレーンは、空になったティーカップをテーブルに置くと徐に立ち上がった。


「どこ行くんだ?」


そこへ、すかさずアランが聞いてくる。


「部屋に戻るんです。」


その質問に素っ気無く答えたマクレーンは、用は無いとばかりに、さっさと歩き出して行ってしまった。


「おいおい、待ってくれよ俺も行く。」


アランも慌てて立ち上がると、マクレーンの後を追いかけてその場を後にした。


数刻前、部屋に居てもやる事が無いからと出て来てみた。


高級ホテルというだけあって、各フロアには色々な施設があった。

ここウエストブレイ大陸は火山の国だ、今も活動している活火山が数多くあり地脈にはマグマが流れている。

その為、この国では豊富な温泉がどこでも湧き出ていた。

ここのホテルも数多くある温泉施設を兼ね備えたホテルの一つだった。

しかも天柱門のあるここ、『ベルジャラ』の街にある高級ホテルは、その規模も桁違いであった。

しかも、温泉以外の娯楽施設も豊富に揃えられており。

高級レストランはもちろん、マッサージやエステのサービスからバーやカジノ、果てはプールや闘技場まであった。

無いものはないのでは、と思えるほどの充実振りである。

しかし、そのどれもマクレーンの興味を引くものは無かった。

一緒について来たアランは何度も誘って来てはいたが。


「僕は早く北へ行きたいんです!」


そう言って頑なに拒否していた。

暢気なアランを置き去りにして、客室フロアへと続く階段を昇り始めたとき。


ドン。


誰かがぶつかってきた。

続いて「わあっ!」と聞こえてくる悲鳴。


「え?え?わあっっっ!?」


そのままマクレーンはぶつかって来た相手と、もつれ合いながら階段の下へと落ちていった。


「いたたたたた。」


「だ、大丈夫ですか?」


しこたま体中を階段に打ちつけ、やっとの思いで起き上がると至近距離に顔があった。


「!!」


マクレーンは思わず後ろへ仰け反る。


「す、すすすすみません!!私の不注意で、あ、あのお怪我はありませんか?」


一気に捲し立てるように言ってきたのは、先程階段でぶつかって来た相手だった。


金と碧。


マクレーンの視界に映ったのは、その二色だった。

癖のある美しい金髪に深い新緑の瞳。

まるで童話に出てくるような、お姫様のような顔立ちをした人物が、心配そうな顔でマクレーンを見ていた。


「あの……あの、本当に大丈夫ですか?」


目の前の美少女が尚も心配そうに、マクレーンの顔を覗き込んでくる。

その瞬間はっと我に返った。


「だ、大丈夫です。す、すみません僕もぼーっとしていて。」


「そんな、私の方こそよく見ていなかったものですから。」


平身低頭。

お互い頭を下げながら謝り合う。


「おい、大丈夫か?」


そこへアランが小走りでやってきた。

階段の下、お互い床に頭をこすりつけそうな勢いで謝り合う二人を、アランは一瞬呆けた顔でまじまじと見てしまった。

一方は真っ赤なマントを羽織った黒髪の美少年。

もう一方は生成り色の旅の衣装を纏った金髪碧眼の美少女。

頭を揃えて、ぺこぺこと謝る姿は何故だろうか……。


とても絵になっていた。


「ぷっ。」


すみません、すみません、と謝り続ける二人にアランは思わず噴出す。


「?」


「なんですか?」


突然、腹を抱えて笑い出したアランに気づいたマクレーンは、土下座したままの格好で振り返った。


「いや……お前ら目立ち過ぎだぞ、それ。」


それ、といって指をさされた二人はきょとんとした顔でアランを見上げる。

そして――。


「なにが……あっ!!」


ようやく気づく自分達の状況。

高級ホテルのフロントの横。

客室へと続く人通りの多いその場所で、マクレーンと美少女の周りに人だかりが出来ていた。

何事かと足を止め、マクレーン達を見下ろす野次馬達。


気がつかないうちに注目を集めていたようだ。


「あ、あの……あの……。」


ようやく気づいたマクレーンは、口をパクパクさせながら真っ赤になる。


「な、なんか目立っちゃってますね。」


同じく気づいた美少女も、恥ずかしそうに隣で肩を竦めていた。




あんなに恥ずかしい思いをしたのは初めてだ・・・・。


散々好奇の目に晒されたマクレーンは、あの後逃げるようにして部屋に戻っていた。

深く深く溜息を吐く。

そっと顔に触れると、まだ頬が熱かった。


「マクレーン、まだ落ち込んでいるのか~?」


横から間延びした暢気な声がかけられた。

反射的にキッと睨みつけると、ベッドに長い足を投げ出して寝転ぶアランと目が合った。

アランはそんなマクレーンに、にこりと笑顔で返す。

ようやくこちらを向いたマクレーンに喜んでいるようだ。

マクレーンは内心しまったと舌打ちしながら、またそっぽを向いた。


「明日は早めに出発します。」


マクレーンはそう言って立ち上がると寝る準備をしだした。


「もう寝るのか?ここの温泉には行かないのか?」


ベッドに潜り込もうとするマクレーンにアランが聞いてくる。


「入りたいなら、お一人でどうぞ。」


マクレーンはアランをまた睨みながらそう言うと、布団の中にくるまってしまった。

もう相手をしてくれる気はないらしい。

頭まで布団をかぶった少年は、いくらアランが声をかけても、ぴくりとも反応してはくれなかった。

アランはやれやれと肩を落とすと、ゆっくりとベッドから降りる。

「ちょっと行ってくる」と呟くように言うと、部屋を出て行くのだった。

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