第12話 とりあえず転柱門まで辿り着きました

「ここが……。」


「……はい。」


マクレーンとアラン。

二人の目の前には巨大な門がそびえていた。

門といっても鉄格子や木の扉があるわけではなく。

大理石の床が敷き詰められたそこには、巨大な六つの水晶の柱が六角形に配置されていた。

しかも並べられた柱の中央――ひときわ目立つ巨大な水晶の柱――にはこれまた巨大な魔方陣が描かれている。


『転柱門。』


この世界の各大陸を繋ぐ唯一の移動手段。

遥かな昔、世界を四つへと分けた魔女の力は大地を深く抉り、あらゆる通行手段を遮った。

その為、大陸と大陸とを移動する為に、この門が設置されたのである。


「すごいな……。」


美しい彫刻を施された水晶の柱を見上げながら、アランが感嘆の声を漏らす。


「そうですね。」


アランの言葉にマクレーンも素直に頷いた。

それ程までに目の前の門は美しかった。

悠然とそびえ立つ門を、ぽかんと見上げていると誰かが声をかけてきた。


「あの~。」


「え?」


慌てて振り返ると、白いローブを身に着けた男が立っていた。

豪華な金の刺繍を施されたローブ姿の男は、ここの役人だ。

その証拠に、教会の紋章が描かれた大きな水晶のペンダントが、男の首から下げられていた。


この転柱門の管理は聖教会が担っている。

聖教会とは俗称で、正式には聖魔女教会が本来の名前だ。

聖魔女教会は、その名の通り魔女を崇拝し、魔女の世界統治を後押しする団体である。

それ故、信者は魔女崇拝者であり、その信者は国王をはじめ、領主や国民にまで至る。

聖教会の統計では、全国民の99%が信者であるそうだ。

また、教会は医療の心得があり、病気や怪我をした人などを無償で治療してくれる医療院なども開いている。


自分達より歳は上に見える教会の男は、何故か申し訳なさそうな顔でマクレーン達を見ていた。


「あ!…す、すみません邪魔でしたよね。」


マクレーンは、男の言い辛そうな態度に、仕事の邪魔をしてしまったのだと思い慌てて頭を下げた。

しかし――。


「あ、いいえ謝るのは、こちらの方です!」


マクレーンの言葉に、男は何故か狼狽えだすと「頭を上げてください」と懇願してきた。


「は、はあ?」


慌てる役人に、マクレーンは不思議そうな顔をしながら面を上げる。

訳がわからず、きょとんと見上げてくるマクレーンの顔を見下ろしながら、役人の男は眉根を下げてこう言ってきた。


「申し訳ありません、今日はもう閉門なのです。」


「え?」


役人から告げられた言葉にマクレーンは目を瞠った。


「え、で、でもここは、いつでも開放してるんじゃ?」


「はい、そうなのですが……実は最近、この東門の辺りに賊が現れるようになりまして……。」


役人は神妙な顔になると声を潜めて話しだした。


「賊が?」


怪訝そうな顔で聞いてきたアランに、役人はゆっくりと頷きながら続ける。


「はい、どうやらここを通る旅人を襲っているらしく、何人か被害に遭った方もいらっしゃるようです。」


静まり返った広間に役人の声が淡々と響いていく。


「その為、聖教会の方で緊急措置が取られまして、ここの利用は日没までと……そういう決まりになってしまいましたので……。」


誠に申し訳ありません、と男は頭を下げてきた。

マクレーンとアランは顔を見合わせる。

二人がここへ辿り着いた時には既に日は沈みかけていた。

辺りはもう薄暗くなってきており、半時もすれば真っ暗になってしまうだろう。


「どうしよう……。」


途方に暮れるマクレーンに、アランは困ったように頭を掻いた。


「何とかならないのか?」


「はあ……規則ですので。」


同じく困ったように首を傾げてきた役人に、アランはやれやれと首を振った。


これだからお役所仕事は嫌なんだ……。


規則、規則、と口煩く言う目の前の男に、アランはうんざりした視線を向けた。


「襲われてるのは、ここへ来る旅人だろう?俺達は無事にここへ着いてるんだ、ちょっと通してくれるだけで良いんだぜ?」


なあ頼むよ、と尚も言ってくるアランに役人はさらに首を振るとこう言ってきた。


「申し訳ありません、既に魔石は取り払われて保管庫へ預けてしまったものですから……。」


役人の言葉に、背後にあった門を見ると水晶の柱に嵌められていた魔石は取り払われ、先程まであったはずの魔法陣が消えていた。


「これじゃあ……。」


「仕方が無いですね。」


ちらりと見下ろしてきたアランの視線を、視線だけで返しながらマクレーンは溜息を吐いた。


魔石が無いのでは仕方が無い。


この世界で”魔石”とは、人間達の生活の営みに無くてはならない必需品であった。

しかも、それが天柱門に使用されているのであれば尚更。

この世界において、魔女以外で魔法を使うには魔石が無ければできないのだ。


そもそも魔石とは、宝石に魔力を封じ込め一般市民にも魔法が使えるようにと、魔女が作り出してくれたものである。


その為、各大陸毎に使える魔石は一種類。

このウエストブレイでは”火”の魔石がそれに当たる。

天柱門の魔石は、この大陸を治める『赤の魔女』の力が宿った特殊なものだった。

それ故、先程見た魔法陣は”火”の力を宿し、まるで燃え盛る炎のように陽炎を立ち昇らせていた。

その美しい魔法陣は今は消え、門は沈黙している。

そのどこか寂しい光景にマクレーンは視線をやると「また明日出直しましょう」と言ってきた。


「では、私共の方でご用意した宿へお泊りください。」


マクレーンの言葉に役人の男は、ほっとしたような表情になると、にこりと笑顔を向けながら提案してきた。


「じゃあ、お言葉に甘えて。」


その言葉にマクレーンは素直に頷く。


「では、こちらです。」


にこにこと愛想良く案内する男の後を、マクレーンとアランはついて行くのであった。

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