第7話

 逃げ出す暇もなく、目の前に少女が立ちはだかる。僕の前にいる立華には目もくれず、僕の目を射抜くように見つめてくる。近くで見る少女は艶やかな黒い長髪が印象的な少女だった。その目は、吸い込まれそうな漆黒で、何の感情も今の僕には読み取れなかった。

「来てっ」

 それだけ吐き捨てるように言うと、僕の手をひっぱって走り出す。抵抗しようかとも考えたけど、目の前の立華も含めて、クラス中のまとわりつくような視線から逃れたくなって、手を引かれるがまま少女と一緒に走り出した。

 昼休み、生徒であふれた廊下を、少女の背を追いがら、駆け抜ける。後ろに飛び去って行く生徒たちは皆一様にこちらを振り向いていた。

 校舎から部活棟に移り、最終的に部活棟の屋上まで、僕と少女は走った。屋上には人の姿はなく、ただ涼しい風とよく晴れた青空があるだけだった。

 僕も少女もぜーぜーっと息を吐き出して、しばらくは声を出せなかった。それでも、先に無理やり少女は声を出した。

「はーっ、はーっ、あんた自分がしたこと分かってんのか?」

 ほとんど無表情な顔とは裏腹に、少女の声は怒気をはらんでいた。

「ふーっ、ふー、えっ?いったい何のこと?」

「すっとぼけんじゃねぇよ。あんた、あのとき俺を、助けた奴だろ。ふざけやがって」

 あの時と言われても、二人いるからなあと一瞬思ったけど、よくよく考えれば横断歩道のときの少女は茶髪だったから、

「ああっ、君、あの時の電車の人か」

「ああそだよ。せっかく死ねるところだったのに何してくれたんだよぉ」

 そう言うのと同時に、いきなり少女は長い髪を揺らして僕に殴りかかる。息が切れていてとっさに動けず、僕はもろに頬にパンチを受けて、地面に倒れた。

「何様なんだよ、あんた。可哀想に自殺をしようとした奴を助けて満足かよ、この偽善者がっ。俺は死にたかったんだよ。それなのに助けやがって、人には死ぬ権利があるんだぞ。自己満足で、助けるんじゃねえ、馬鹿野郎」

 続けざまに、足を振り下ろしてくる。これには、どうにか体を転がして避けることができた。もしそのまま寝っ転がっていたら、腹に足型がついたことだろう。

「ちまちま避けるんじゃねえ、こっちは業腹なんだぞ」

 大声で少女が叫んでいる間に、どうにか立ち上がって少女から距離を取った。

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