第2話

「ところで、結局、自分からは名乗り出ないの?」

 窓から見える外では雨が次から次へと流れていた。目の前の彼女は、半ば呆れたように口を開けてこちらを見ている。

 図書室には、僕と彼女と、それと、司書だけで、司書の人はうつぶせで眠っているようだった。

「名乗り出るといろいろと面倒そうだからなー。わざわざ、そんなことしないよ」

 落下してきた少女はあの後、救急車で搬送されたらしく、それの対応で始業時間は、十五分ほど遅れることになった。

 地元のニュースでも取り上げられ、校内ではしばらくの間、ちょっとした話題になっていた。同じクラスの立華十里の話では、あの時僕が助けた少女は、僕と同じ二年生の間藤霧という女子生徒で、校舎の三回から落ちたそうで、飛び降りとかではないらしい。救急車で搬送されたが打撲以外は特に怪我もしていなかったらしい。

 ただそれだけのことであれば、二、三日で話題ではなくなりそうなものだが、実際には一週間ほど、生徒たちの間で話題に上がっていた。それは、落ちてきた少女を下にいた男子生徒が目にもとまらぬ早業で、着地させたというう噂が広まって、その少年がいったい誰なのか、まるで殺人事件の犯人のように捜索されたからだった。

 その間、僕はできるだけ息をひそめて、目立たないように自分の教室からほとんど出ずに学生生活を送っていた。幸いなことに、クラスでも半ば空気のような存在で、他のクラスにも知り合いのいない僕は、これだけ学校内で騒がれていても、見つかることはなかった。

 そうして一週間が過ぎ、騒ぎも落ち着いてきたところで、久しぶりに図書館に来たのだった。

「あーあ、でも勿体ないなあ。せっかく女の子を救ったってことで一躍時の人になれるチャンスだったのに……」

 やれやれという風に両手を軽く上げて首を振る彼女を見て、僕は、はーっと息を吐いた。

「どうでもいいような人たちにもてはやされたところで何が面白いんだよ。そんなことで注目を浴びて、おもちゃにされるなんて僕はまっぴらだね」

 僕が愛するのは、こんな風に人のいない静かな好きな場所でささやかな無駄口を叩くことだ。だから、真実には口を閉ざす。

「それじゃあ、前の二つもほったらかしかー。もったいないねー」

 前の二つと聞いて、線路に横たわる少女と、横断歩道で倒れている少女の姿が脳裏をよぎった。

 一人目は、ゴールデンウィーク前のことだった。

 朝、通学路にある横断歩道で少女が倒れていて、それほど遠くないところからトラックが走ってきているという状況だった。とっさに荷物を投げ捨てて、少女の元まで走ると、少女の脇を持って、一気に道路脇まで引きずるように運んだのだった。

 そのときも、救急車を呼んで、荷物を回収してから、その場を立ち去ったので、結局、僕が助けたということは、誰にも知られていなかった。その後、ゴールデンウィーク中に、立華十里がツイッターで、その横断歩道の写った写真のツイートをリツイートしているのを、両腕が尋常でない筋肉痛にさいなまれながら目にしたっきりで、後のことはどうなったのか知らなかった。

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