第4話:まだ前戯すら始まってないじゃん!

「そうだ一矢クン、和服着ない?」

 大前の笑いが収まったころ、メアリがそう提案してきた。

「えっ、いいのか?」

「もちろん!ワタシ、手伝うよ!」

「お、おお、そうか……」

 せっかくだからメアリの誘いに乗りたいところだが……どうしても背後の地雷原が気になってしまう。

「……」

 相変わらず紗月は一矢を凝視していた。しかし刀や包丁を取り出すそぶりは無い。

「紗月、いいんですか?」

 菜々羽も訝し気な表情をしていた。

「いいんですかって何が?」

「そりゃあ、その……」

 菜々羽が一矢とメアリに視線を向ける。

「うぅーん、一矢クンだったらあの和服が良いかな……」

 メアリが一矢の体をペタペタと触る。

「(ちょっ、マズイマズイマズイ)」

 一矢はヒヤリとする。紗月の目の前で女の子に体を触られるなど、禁忌中の禁忌である。ナニを切り落とされてもおかしくない。しかし同時に、もっとメアリに触ってほしいという欲が首をもたげる。一矢は中途半端に体を捩る事しかできない。

「ちょっと一矢クン、動かないでよ。今測ってるんだからー」

 一矢の肩を触っていたメアリが、唇を尖らせる。

「ああ……その、ちょっとくすぐったいっていうか……」

「じゃあこうだ、えいっ!」

 痺れを切らしたメアリが、なんと抱き着いてきた。

「ファーッッ!!」

 障子をブルブルと震わせるような高音で、一矢は絶叫した。

「えへへ、これだったら逃げられないぞー」

 うりゃうりゃ、と一矢の腹に頬ずりするメアリ。それに合わせて、ふんわりと優しい香りが漂う。どうだ、と言わんばかりの笑顔が、一矢を狂わせる。

「一矢クン……」

 そして、一矢の腹を撫でて嘆息する。

「やっぱり腹筋、あるんだね……」

「ファ!ファファ!ソラシド!」

「あはっ、なにそれー」

 一矢はもはや日本語を話せていなかった。前門のメアリ、後門の紗月。天使を堪能したい。しかし悪魔が控えている。その葛藤に、精神が壊れかかっていた。

「ちょっ、何やってるんですか貴方達!紗月、いいんですかあれ!」

 一矢とメアリが乳繰り合っているのを見て、菜々羽が紗月の肩を揺さぶる。

「はあ……」

 しかし紗月は動かない。ただ恍惚とした表情で、涎を垂らしながら絡み合う2人を見ている。

 そして一言。

「ああいうの、良い」

「ひっ、ひひひ……わかるぅー」

 いつの間にか紗月の隣にいた大前も、涎を垂らしてにんまりと笑っていた。

「ずっと見ていられる」

「うん、あそこからしか得られない栄養素があるよね」

「ええ……」

 普段奇行で周囲をドン引きさせる菜々羽が、ドン引きしていた。

「一矢クン……脱がせるね……」

「「!!」」

 メアリが一矢のシャツに手を掛けたとき、変態シスターズが揃って目をひん剝いた。涎を垂らし、両手を握り、前傾姿勢になる。

「良いぞ、脱がせろ!」

「あぁっ、じれったい!でもそれが良い!」

 歓声まで上げ始めた。

「……」

 思考停止した一矢は、されるがままになっていた。メアリの白い手が、シャツのボタンを1つ、2つと外していく……

「ダメですわー!!」

 そこに菜々羽が飛び込んだ。彼女は一矢に背後から抱き着くと、思い切りバックステップする。持ち前の身体能力で一矢をメアリから引き剝がした。

「一矢!目を覚ましてください一矢!」

 菜々羽がペチペチと一矢の頬を叩く。

「……はっ!?おれは何を!?」

「やっと気付きましたか一矢!この変態!」

「ええ……なんでおれいきなり罵られてんの……」

「なんでってそれは……っ!」

 菜々羽は先ほどの2人の様子を思い出し、顔を真っ赤にする。一矢とメアリを交互に見る。

 当事者のメアリは一矢に抱き着いていた時の恰好で、きょとんとしていた。

「ワタシ、一矢クンのウエスト測ってただけだよ?」

「抱き着く必要は無いでしょう!?」

「だってメジャー持ってなかったし」

「シャツを脱がしたのは!?」

「シャツ越しだと正確に測れないと思ったから。……ワタシ、何か変なことした?」

「……っ!」

 菜々羽は更に顔を赤くした。この東海林メアリという女は、自分がした事の意味に気付いていない。まるで、騒ぎ立てた自分が変態のようではないか。

「~っ!もういいです!一矢のド変態!」

「お前、おれをなじっておけばいいと思ってるだろ」

 この流れに慣れつつある一矢だった。

「「どうしてぇぇぇぇ!!」」

 そして、一矢とメアリの絡みを堪能していた変態シスターズを忘れてはならない。

 彼女達は揃って涙を流し、膝を着き、拳で畳を殴っていた。

「せっかく!せっかく一矢君が脱がされるところを見れたのにぃぃ!!」

「まだ前戯すら始まってないじゃん!サンプル動画でももうちょっと見せてくれるって!!チ〇コは出さなくていいよ!!でも乳首くらいは出してよぉぉ!!」

「お前ら仲良いな」

 何に嘆いているかはさておき、紗月に友人が出来そうで良かったと思う。

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