第3話:反射と言えば

「へえ……」

 茶道部の部屋に入り、一矢は感嘆の声を漏らした。

 部屋には畳が敷かれており、右手側の壁には掛け軸と花が飾ってあった。そしてドアの向かい側には障子戸がある。見事な和室であった。

「あ!一矢君!障子!」

 紗月が目を輝かせて一矢の肩を叩く。

「ああ、障子だけど、それが……?」

「影絵ストリップショー出来る!」

「やらねえよ!」

 影絵ストリップショー。あえて障子越しに脱ぎ、黒いシルエットを見せることでエロスを表現する、という事だろうか。まあ確かに、兵器級スタイルの紗月がやったら凄いかもしれない。

「なかなか良い畳を使っているんですね」

 菜々羽がしゃがみ、細く白い指で畳を撫でる。

「そうらしいよ。祠堂さんの家、和室あるの?」

「ええ、離れが日本家屋ですから。精々、一般的な家より少し広い程度ですけどね」

「離れが、日本家屋……?」

 目を点にする大前。離れがある家庭すら現代日本では少ないだろうに、それが一般住宅より大きいとはどういう事だ。そして菜々羽はそれを卑下することも、誇る事もない。

「……薄々そんな予感はしてたけど、祠堂ってマジでお嬢様なのか?」

「平均よりは良い家かもしれませんが、それほどでもないですよ」

「日本家屋の離れがあって、“平均より良い”で収まるか……?」

 一般人とお嬢様の“常識の違い”をまざまざと見せつけられた。

「私の家の事より、この部室です。障子もしっかりしてますね」

「まあ、確かに……」

 一矢は障子に顔を近づける。昔、児童館で見た障子は枠の部分がプラスチックっぽい素材でできていた。安物だと子供ながらにわかる出来だったが、某高校茶道部の障子からは重厚さを感じる。

「紙も薄くないな」

 指で軽く弾くと、ポンと良い音が鳴る。和紙を使っているのだろう。

「そういえば、もう一人の部員ってどこにいるんだ?」

 和室の中を見渡すが、本気部と大前の4人しかいない。先ほどの話では、他にも部員がいるとのことだったが。

「ああ、いるよ」

「嘘、どこに?」

「そこ」

 そう言うと、大前は一矢の目の前の障子を指す。

「そこって、障子しか……」

 と、改めてそちらに目を向けたときであった。

 障子のとある1マス。

 そこに、紙の代わりに人の顔が埋め込まれていた。

 その顔は一矢と目が合うと、ニコッと笑った。

「え、人!?」

 障子が勢いよく開け放たれ、一人の生徒がドン、と現れた。

「壁に耳あり障子にメアリー!!」

「オワァーッ!?」

 一矢は驚いて飛び退く。畳に尻もちをついてしまった。

「わ、驚かせ過ぎちゃった!大丈夫?」

 障子に隠れていた(?)生徒が一矢に手を差し伸べる。

「……」

 その顔を見て、一矢は思わず息を呑んだ。

 まず目についたのは、金色と銀色を混ぜたような、神々しい髪の毛だった。プラチナブロンド、という色だったろうか。その髪が、前髪と顔の輪郭、首のラインに沿って切り揃えられている。短めのスタイルだが、大前のショートボブに比べると長く、ところどころ外に跳ねているのも特徴だ。

 次に印象的なのが、瞳。日本人には珍しい青色。

 そして丸顔に小さい鼻で、高校生とは思えないほど幼い印象を受ける。制服を来ていなければ、小学生と思ったかもしれない。

 障子の奥、開け放たれた窓から入る光に照らされ、髪、瞳、白い肌が輝いている。まるで天使のようだった。

「どうしたの?」

 天使が首を傾げる。幼い容姿と比較して少し低い、中性的な声だった。

「え、いや、何でもないよ」

「立てる?」

「あ、うん……はっ!」

 天使の手を取ろうとした一矢だったが、背後からの視線を感じて思いとどまる。肩越しに振り返ると、紗月が彼を凝視していた。

「だ、だいじょうび!だいじょうぶだいじょうべ!」

 焦りで日本語を話せていない一矢だが、天使の手を借りずに何とか立ち上がった。こんなところで紗月を自害させるわけにはいかない。彼の焦りの甲斐があったのか、紗月に不審な動きは見られない。

「佐山君、紹介するね!この子は東海林しょうじメアリ!」

「ワタシ、東海林メアリです!よろしくお願いします!」

 東海林メアリは胸に両手を置き、ペコリ、とお辞儀した。大前と並ぶと、頭1つ分ほど小さい。150センチにも届いていないだろう。

「佐山一矢です。よろしく」

「よろしくー!うわあ、ホンモノの一矢クンだ!ずっとお話したかったんだ!」

 メアリは目を輝かせて一矢に近寄る。

「ま……そ、そうなの?」

「マジで。超嬉しい」と言いかけた一矢だったが、喉を大きく鳴らして飲み込んだ。背後の紗月が相変わらずガン見してくる。迂闊な発言は避けなければ。

「うん!一矢クン、祠堂さんと野球勝負したことあったでしょ?そこでホームラン打ったことスゴイよく覚えてるの!」

「ああ、そういえばそんな事もあったな」

 入学直後の菜々羽との初勝負。菜々羽がどこかから持ってきた時速500キロのボールを射出するマシンに対し、一矢は紗月と共謀してホームランを打って勝った。

「球技大会の決勝でも凄く頑張ってた!ホームランの時も球技大会の時も、真剣な顔がすっごいかっこよくて、1回でいいからお話したかったんだ!でも一矢クンA組で、ワタシB組だから上手く話しに行けなくて……あっ、ゴメン、ワタシばっかり話しちゃった。気持ち悪いよね……」

「可愛い。ハッッッ!?」

「ちょっ、一矢!?」

 ついに我慢の限界が訪れてしまった。恐る恐る背後を見る。紗月の視線が突き刺さる。この状況に菜々羽は手を震わせ、あわあわしていた。

「ち、違うんだ紗月!今のは脊髄反射だ!その……そう、膝叩いたらピン!ってなるやつと同じなんだよ!」

 一矢が自分の膝を叩く。反射でピン、と膝が伸びた。

「そうです紗月!喉に指入れたらゔってなるのと同じです!……ゔっ」

 菜々羽が自分の口に指をツッコむ。幸いにもゲロは出なかったが、生々しい声が出た。部員を守ろうと体を張る部長の姿に感動する。

「何言ってるの2人とも」

 しかし紗月の反応は鈍い。

「いや、だからその……祠堂、何か良い答え方ないか!?」

「ええ!?今のでダメでしたら、もう昼食を口から……」

「はあ」

 紗月はため息をついた。

「2人とも、わかってない」

 首を横に振る。そして棒を握るようにした右手を、上下に振った。

「反射と言えば射〇でしょ」

「「ツッコむところそこ!?」」

「ぶっ」

 2人の動揺をよそに、大前は吹き出す。

「くっ、くく……ごめん、急に射〇とか言うから、つい……」

「そんなに笑う事ですか……?」

 畳に頭と膝を着き、腹を抱えていた。先ほどは茶道部云々と言っていたが、シンプルに下ネタ好きではないだろうか。

「射〇……?」

「東海林さん、君は何も言うな」

 こんなクソみたいな下ネタで、天使を汚してはいけない。

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