第2話:私の事捨てるの?

「ここだよ」

 放課後。本気部は大前に連れられて茶道部の部室の前まで来ていた。

「へえ……外から見た感じは普通の教室と変わらないんだな」

 某高校だから、てっきり銀閣寺のような部室をイメージしていたが、そうではないらしい。普通に校舎の3階にあり、ドアも他の教室と変わらない。違いがあるとすれば、草書体で“茶道部”と書かれた掛け軸だろうか。

「これは誰が書いたんだ?」

「私!」

「え、そうなのか!?」

「そだよー。書道習ってたから」

 にっこりと快活な笑みを浮かべる大前。先ほどのシ〇タの件と言い、意外性のあるタイプらしい。……まあ、シ〇タの話は意外性どころの話ではないが。

「へえ……これはお見事ですね」

 菜々羽がまじまじと掛け軸を見つめ、感想を漏らした。

「へへ、どもども。祠堂さんも書道を?」

「ええ。嗜む程度ですが」

「祠堂が書道……?」

「一矢、何ですかその珍獣を見るような顔は」

「だってなあ……」

 菜々羽が静かに筆を取る姿など全くイメージが出来ない。

「言っておきますが、茶道の経験もありますから」

「祠堂がぁ!?」

 一矢は思わず大きな声を出してしまう。

「ちょっと!そんなに驚く事はないでしょう!?」

「驚かないわけがないだろ……」

 ある時はテロまがいの行動を起こし、ある時は逆立ちでジャンプし、ある時は衝撃波をまとったパンチを繰り出す。そんな人間と茶道が結びつくわけがない。

 ただよくよく考えてみると、菜々羽は黙ってさえいればどこかのお嬢様のような独特の気品を醸し出している。その気品は茶道や書道などの経験から来ている……という事もあるかもしれない。

「おっ、祠堂さん茶道やってたんだ!よかったらお茶点てていってよ!」

「ええ、そうですね。一矢の鼻っ柱を折りたいと思います」

「お茶を点てる時の意気込みじゃないだろ……」

 菜々羽はホラを吹いているのではないだろうか、と疑ってしまう。何故、と聞かれても困るが、どうしても菜々羽と茶道が繋がらない一矢だった。

「ところで大前さん。今日は他に部員いるの?」

 紗月が大前の肩を叩き、尋ねる。

「いるよー。でも今日来てるのは一人だけ。基本自由参加だからね」

「そう」

 紗月が少し残念そうな表情を浮かべる。

「誰もいないんだったら、一矢君と“旅館で一夜ごっこ”しようと思ったのに」

「やらねえよ」

「じゃあ“ダメ、隣で祠堂さんが寝てるのに……ごっこ”にする?」

「それ私がただの引き立て役になってませんか!?」

「は?自分が一矢君と出来るとでも?」

「なっ……一矢の変態!」

「なんでおれなんだよ!っていうかお前ら茶道部の前だぞ!もうちょい禅の心を持てよ!」

「アッハッハッハ!」

 騒いで怒られるのではないかと思った一矢だったが、大前は腹を抱えて爆笑していた。

「めっちゃ笑うじゃん」

「だって……クッソしょうもない下ネタだったから……茶道部の皆とそんな話しないし……ひーっ」

 目に浮かんだ涙を拭っている。

 大前はさておき、茶道を嗜む人間が下ネタに花を咲かせるイメージは無い。物珍しさもあったのかもしれない。

「……で、もう一人部員がいるんだよな?」

「あ、そうそう。その子がね、凄く佐山君に会いたいって!」

「マジ?」

 一矢の心臓が一回、大きく跳ねた。

「うん。ファンなんだって」

「ファン!?」

「しかもすっごく可愛いよ!」

「何!?」

 彼も人の子。自分のファンが待っていて、しかもそれが可愛いと聞いては、つい踊り出しそうになってしまう。

 が、そのテンションはほんの一瞬で鎮火されていく。

「……」

 一矢の目の前で、紗月が自分の手首に包丁を当てていた。彼女の虚ろな瞳が瞬きもせず、一矢を捉え続ける。紫と黒と青と……この世の毒々しい色が全て混ざったオーラが溢れている。

「ちょっ、紗月、何してるんですか!?」

「か、上村さん!?」

 女子2人が手首と包丁を離そうとするが、紗月は木のように一切動かない。

 そして、ぽつり、と一言。

「私の事捨てるの?」

「おれが悪かった」

 一矢は即答した。

「……」

 ずぅっ、と紗月の顔が近づいてくる。妖怪ろくろ首のように、彼女の首が伸びたような気がした。

 しばらくの間、紗月は見定めるように一矢を凝視し続けていた。

「……そう」

 そして何かに満足したのか、手に持っていた包丁をどこかにしまった。

「こ、こわ……」

 大前は怯え切った顔で菜々羽に抱き着いていた。

「こ、このパターンは初めてでした……」

 菜々羽も全身をブルブル震わせて大前に抱き着いていた。

「……大前。紗月の前では、さっきみたいな発言は控えてくれ」

「あ、うん……佐山君は何か平然としてるね……」

「……そう見えるか?」

 一矢は一矢で、背中に大量の汗をかいていた。ブレザーにまで染み、ぽたぽたと床に水たまりを作っていたほどだった。

「……なーんて、冗談冗談」

 紗月は顔の前で両手を振る。先ほどの禍々しさと危うさは既に無い。

「ドッキリでしたー。さっきの包丁はおもちゃでーす」

「そ、そうだよね!冗談だよね!」

「そうですわ!紗月も人が悪い!」

「はっはっは!冗談冗談!」

 大前、菜々羽、一矢の3人はとりあえず笑うことにした。今のは冗談。本気じゃない。本気じゃない。

「そ、そうだ、部室入ろ!」

「そうだな、そうしよう!」

「入りましょう入りましょう!」

 大前が茶道部のドアを開け、一矢と菜々羽の2人が続いて入っていく。

「……あ」

 紗月のブレザーの袖から、先ほど使っていた包丁が落ちる。

 その先端が、リノリウムの床に突き刺さった。

 果たして、本当に、おもちゃだったのだろうか。

 そして佐山一矢は、茶道部から生きて帰れるのだろうか。

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