第9話:プリクラ

「と、溶かしてしまった……」

 メダルゲーム勝負が終了し、結局一矢の手元にメダルは残らなかった。紗月に借りたメダルで当たりを引いた一矢だったが、あれ以降はルーレットが回る事すらなかった。

 その様子を見た紗月が小さくため息を吐く。

「何回も私のメダルあげるって言ったのに」

「いや、いい!ありがとう、大丈夫だから!」

 幼馴染の提案を断固として拒否する。実はもう1枚だけ借りようと思った。しかし自我を取り戻していた彼は、紗月の恍惚とした表情を認識していた。“借りたら色んな意味で終わる気がする”と伝える長年の勘に従い、敗北を認めたのだった。

「さて、今度は……あ!」

 戦場を探してゲームセンターを歩いていた本気部一行。その先頭に立っていた菜々羽が何かを見つけ、前方を指さす。

「次の勝負はあれにしましょう!」

「あれって……あれか?」

 菜々羽が示す先を見て、一矢は首を傾げる。四角い機械と、カーテンで覆われたスペース。今まさに中学生くらいの女子数人がカーテンをくぐって現れ、備え付けのタッチペンでテレビくらいの大きさの液晶画面に何かを描いていた。

「そう、プリント倶楽部!あれで勝負です!」

「正式名称で呼ぶ人初めてだわ……」

 プリント倶楽部、略してプリクラ。写真を撮影でき、それをシールとしてプリントしてくれるだけでなく、写真に加工や落書きをして遊べる機械だ。

「ちなみに祠堂、プリクラやったことあるのか?」

「勿論ありません!実はとても楽しみにしていたんです!」

「そうなのか」

「それはもう!」

 菜々羽はキラキラと目を輝かせていた。

「ぷ、プリクラ!?しまった、こんな顔では……!」

 突然光森がカバンから化粧品を取り出し、超高速で顔の支度を始める。

「あぁ……やっぱりクマが残ってしまう……コンシーラー持って来れば良かったな……」

 コンシーラーとは、クマやシワなどを隠す化粧品だったか。

「先生寝てないんですか?」

「そうだな、最近眠れていない」

 光森は引きつった笑みを浮かべる。

「どこかの3人組が窓とか壁とか壊すからな……その後処理やら何やらで……」

「はっ!」

 “どこかの3人組”の彼には、当然心当たりがあった。

「……し、祠堂!プリクラで、何を勝負するんだぁ~?」

 不穏な空気を感じ、強引に話を曲げた。

 ただ、何で勝負するか気にならないわけではない。プリクラは当然ながらゲームではないので、勝敗が決めづらい。

 あるとすれば、ビジュアル対決だろうか。正直、それだと一矢は圧倒的に不利になる。

 まず光森。今は地雷メイクをしているためわかりづらいが、素顔はシュッとした感じの美人だ。線を引いたような目尻と眉は勿論、何より輪郭がそれを象徴している。エラから顎までのラインがくっきりとしているため、凛とした印象を明確に与える。黙っていれば。

 次に紗月。派手なスタイルが目立つ彼女だが、実は顔の印象はミステリアスだ。特に目。細いが、大きく真っ黒な瞳がその存在を主張している。目を引く可愛さ、美しさがあるわけではないが、笑みも憂いも感じる神秘性が彼女の良さである。黙っていれば。

 そして最後に菜々羽。眉の位置で切り揃えられた前髪とパッチリした目、キラリと光る瞳は年相応の幼い可愛さを感じさせる。しかし細い鼻筋と薄い唇は可愛いというよりもひたすらに整っている。可愛いか美人かと言われれば今は可愛いが、今後成長するにつれて美人さも兼ね備えたビジュアルになるだろう。普段の制服姿はもちろんだが、体操服姿も今日のストリートファッションも良く似合っている。永遠に黙っていてほしい。

 というわけで、隣の男友達が“イケメン”と言われているときに特に触れられず、たまに言及されても「普通」と言われる一矢では、正直歯が立たない。

「一矢!プリント倶楽部でする勝負なんて、決まっているでしょう!」

 菜々羽は胸を張って宣言した。

「変顔対決です!!」

「そこはビジュアル対決にしとけよ!!」

「何言ってるんですか!アヒル口にするのか、顔を潰すのか、白目にするのか……変顔対決には戦略があります!勝つための最善を尽くす余地がある!それが良い勝負の鉄則でしょう!それに……」

 菜々羽が少し斜め上を見る。

「まあ?ビジュアル対決だったら私が余裕で勝ちますし?その自信はございますし?」

「……」

「……ちょっと一矢、反応してください」

「……」

「反応してくださいませ!たまにはこういう冗談言っても良いでしょう!?」

 真っ赤になった顔を隠すように帽子を深く被る、ルックスだけは最強のお嬢様。

 実は普段の女性陣が写ったプリクラが欲しい一矢にとっては、残念な結果となってしまった。

「一矢君?」

「ん!?いや、何でもないぞ!変顔勝負に行こうじゃないか、はーっはっは!」

 危ない、死ぬところだった。下心はほどほどにせねば。

「そ、そうですね!気を取り直して、変顔で対決ですわよ!」

 本気部一行はカーテンをくぐり、撮影スペースに入る。菜々羽と光森が前、一矢と紗月が後ろだ。

「4人だとあんまりスペースないよな……」

「そうだね」

 一矢の背中を紗月が押す。

「……なあ紗月、もう奥に行けないから、あまり押さないでくれないか」

「私おっぱいが幅取るから、もうちょっと詰めてほしい」

「あ、そ、そう?けどもう……」

 広さ的に余裕がないのは理解しているが、既に一矢は隅に追いやられている。これ以上は厳しい。

「もう無理?」

「キツイ」

「そっかー」

 紗月がにんまりと笑う。

「じゃあ私と一矢君が引っ付くしかないねー」

「ヒョェッ!?」

 一矢の首と肩に、名状しがたい何かが触れた。圧倒的な大きさ、質量、ハリがあるのに、全てを包み込んでくれる柔らかさも備えている。

 許されるなら、飛び込みたい。

 しかし耐えねばならない。飛び込んだら死ぬ。そういえば今日1回死んだ気がする。

『撮影5秒前!』

「わっ!?このカメラ喋りましたわ!?もしや、中に女性が!?」

「プリクラってこういうものだぞ。そして中に人はいない」

『4、3……』

「あら、美穂ちゃんよくご存じで。よく来るんですか?」

「ああ。1人で」

「え?1人?」

『2、1……』

「一矢君、もう変顔してる。勝つ気満々だね」

「そうでもしないと耐えられないんだよ!!」

「皆様、変顔!!」

『0!!』

 シャッター音と共に、眩いフラッシュが焚かれた。

「きゃあっ!!」

 プリクラ初体験の菜々羽は驚いて声を上げていた。

『撮影完了!次は落書き!可愛くしちゃお♡』

「終わっちゃったね。外行こっか」

「ああ……色々危なかった……」

 紗月が離れ、安堵する一矢。今日2度目の死を迎えることはなかったが、同時にあの感触がなくなったことに寂しさを感じていた。何とも複雑な感情である。

「な、何ですかこれ!?」

「ぷっ、くく……!」

 撮影スペースの外から、先に出ていた菜々羽と光森の声が聞こえる。

「どうしたんだ祠堂?」

 一矢がカーテンをくぐる。すぐ右に液晶ディスプレイがある。菜々羽はぎょっとし、光森は目に涙を浮かべて笑っていた。

「おい佐山、これ、見てみろ……くく……」

「ちょっと美穂ちゃん何笑ってるんですか!見ちゃだめです一矢!」

「なんでだよ。変顔勝負なんだから多少は変になるだろ」

 菜々羽の事だから、てっきりめちゃめちゃな変顔をしたのだろうと思っていた。だから光森も笑っていると。

 液晶ディスプレイを見ると、確かに菜々羽は変顔をしていた。口の端を横に引っ張り、舌を出していた。それだけでも十分に面白い。

 だが何より、半目だった。

 紗月のように目が細いわけではなく、中途半端に瞼が閉じ、瞳がほとんど隠れていた。せっかくのビジュアルが台無しである。

「……ぶっ」

 笑いをこらえきれなかった。

「何笑ってるんですか一矢!」

「ご、ごめん、けどこれは……はっはっはっは!!」

「ふふ……」

「紗月まで!?」

 あの表情に乏しい彼女まで、口元を押さえて笑っていた。

「紗月、祠堂の横に“半目”って書こうぜ」

「そうだね」

 紗月がペンで“半目”と書き、そこから菜々羽の顔に向かって矢印を引いた。

「あーっ、やりましたわね!反撃です!紗月こそ何ですかこれ!」

 菜々羽が液晶に映った紗月の顔を指す。

「「誰だこれ!?」」

 一矢と光森が揃って同じ反応を示す。

「一矢君酷い。私だけど」

「いやいやいや!」

 一矢を画面の端に押し付けながらも、しっかりとカメラ目線のルーズサイドテール。表情は彼女らしく真顔。

 しかし、目が普段の1.5倍くらい開き、瞳がダイヤモンドのように光っていた。普段のミステリアスさ(スケベさ)が一切無い、清楚さの塊だった。幼馴染が依存する様に興奮し、彼の首にバストを押し付けているとはとても思えない。

「紗月、こんな顔出来たのか!?」

「出来るよ」

 瞼を閉じ、ゆっくりと開ける。するとプリクラに映る彼女が現れた。落ち着いたファッションと普段とのギャップで、異常に清楚に見える。透明感で場が浄化されそうなほどだ。

「もはや眩しいわ……っていうか、なんでいつもはあの顔なんだ……?」

「さあ、なんでだろうね」

 一矢を見下ろす目が少しずつ細くなる。それに合わせてにんまりと、口の端が吊り上がっていく。

「なんでだろうね、ふふふ……」

「……」

 とりあえず、一矢を見るとスケベな目になるらしい。

「……そういえば、一矢は何があったんですか?」

 プリクラの左上。清楚顔の紗月に押し潰されるように、一矢がいた。白目で、ギリギリと歯を食いしばっている。加えて、敵に怯えるアフリカオオコノハズクのように細くなっていた。紗月と比較すると棒のようである。

「白目なのはわかりますけど、何故こんなに歯を食いしばっているんですか?異常に細いですし……成仏しかかってます?」

「人を幽霊みたいに言うな!プリクラが勝手に修正したんだろ!」

「ああ、一矢君。煩悩に塗れた貴方を天に還すのが、私の役目……」

「清楚顔で言うな!元はと言えば紗月が……」

「私が?」

 スケベ顔に戻った紗月が顔を覗き込んでくる。両手を腹の前で交差させ、腕で挟んで胸を強調している。

「(くそっ、罠か!)」

 不意に首元がムズムズして、一矢は思わず手で押さえた。

「イ、イヤ、ナンデモナイデス……」

「そう」

 誤魔化した一矢。しかし紗月はにんまりと笑みを浮かべている。バレバレらしい。

「というか成仏と言えば、この人はどうなってるんだこの人は!」

 一矢がプリクラの右下を指す。

「むっ、何だ佐山。私は死んでないぞ」

「それはそうだけどさ!」

 そこには、地雷系ファッションに身を包んだ何かがいた。白目を向いているだけでなく、首をかくんと傾げ、舌をだらりと垂れ流している。どう見てもヤバい。

「死んでないっていうか、ゾンビだろこれ!?」

「顧問をゾンビ呼ばわりするとは何事だ!」

「よく見ろ!本気すぎて、祠堂を食べに行ってるようにしか見えないだろ!」

「普通に怖いので落書きしましょう!」

 菜々羽がペンを手に取り、ピンク色のハートを目に描き込む。

「馬鹿やめろ!その表現は18禁!!」

「きゃっ、ホントですわ!一矢の変態!」

「描いたのお前だろ!っていうかなんで知ってるんだ!?」

「そ、それは……変態!」

「自分に言え!」

『落書きタイム終了まであと5秒!』

「そろそろ時間切れだ!何か書くぞ!」

 4人はペンを持っていようがいまいが関係なく、落書きしていく。

 何はともあれ、プリクラという形でこの日の思い出が残されたのだった。

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