第5話:この世の終わりに全てを受け入れたような笑顔

 何はさておき、光森である。片足だけ引っかかっている景品には目もくれず、無心でクレーンをただただ動かしていた。端から端へ、ぼんやりと。

「(ど、どうしましょう……)」

 菜々羽はその様子を見て冷や汗をかいていた。どういうテンションで声を掛ければ良いのだろうか。

 テンション高めに?いや、“祠堂は楽しそうで良いな……”と乾いた笑いを向けられる気がする。

 じゃあテンション低めに?いや、“そうだよな、こんな恰好変だよな……死にたい”と言われる気がする。

「(どんなテンションでもダメじゃないですか!)」

 菜々羽は頭を抱えた。頑張って脳を回すが、どのパターンも最後は乾いた笑いか“死にたい”しか出てこない。こんな情緒不安定な人間が、暴れん坊ばかりの野球部を従えているのが不思議でならない。

「(……つまり、どんな感じでいっても結論は同じということですか……)」

 であれば、考えるだけ無駄だ。菜々羽は深く息を吐き、決心を固めた。

「……み、美穂ちゃーん……」

 そして、微妙に上ずった声と引きつった笑みで、地雷女光森に声を掛けたのだった。

「……?」

 光森がゆっくりとこちらを向く。菜々羽はやや大げさに手を振った。

「お、おはようございまーす。祠堂菜々羽でーす……」

「……え?」

 メイクで普段以上に大きくなった目が見開かれる。

「……え、え?」

 最初は何が何やらわかっていないようだった。しかし段々と状況が飲み込めてきたのか、突然“ボッ”と音が出そうなほど顔が赤くなった。

「祠堂!?お、お前なんでここに!あ、いや、その、これは……!」

 光森は混乱し、あたふたとし始める。自分の頬をペタペタと触り、謎にブラウスの黒いリボンを解き、自分で自分の肩を抱く。

「その、似合っていると、思います」

「やめろ~っ!!」

 顔を真っ赤にした27歳地雷系は、手を振り回す。

「あっ!」

 クレーンゲームのボタンに触れてしまう。何の目的もなく動かしていたクレーンが降下を始める。そして掴んだ虚空を落下口で離したのだった。

「……」

 2人は動かなくなったクレーンを見つめる。

「……残念、でしたね……」

「う、うるさい!お前が来たから取れなかったじゃないか!」

「え!?そんなつもりでは!ただ、1人だったから声を掛けようと……」

「~っ!!」

 光森は頬を膨らませると、膝を抱えるようにしゃがんでしまった。

「(公共施設で27歳教師が拗ねてしまった……)」

 先ほど自分が迷子になった事は棚に上げ、光森の行動にドン引く菜々羽。

「……それで、その、どうしてその恰好を……?」

「……」

 しばらく膨れっ面で床を見つめていた光森。

 しかし深くため息を吐くと、今度は憂いを帯びた表情を菜々羽に向けた。

「ストレス解消」

「ストレス……?」

「ああ……。本気部という集団がな……やれ窓ガラスを破壊するわ、体育館の壁を破壊するわ、グラウンドのバックネットを破壊するわ……」

「はっ!」

 当然ながら、本気部部長には全て心当たりがあった。

「で、色んな人に謝罪して……校長やみんなは慰めてくれたけど、こう3件も不祥事が続くとな……」

「……」

「だから溜まっていたストレスをいつもみたいに発散しようと思ったんだ……知ってるか?人ってな、普段と違う服着ると気分が晴れるんだぞ。だからいつもとは違うこのファッションにしたわけだ。前髪も付け毛なんだぞ……はははは……はあ」

 光森は、この世の終わりに全てを受け入れたような顔で笑い、再びため息を吐いた。

「死にたい」

「……」

 ストレスの元凶となっていた菜々羽は何も言えなかった。

「……で、祠堂は何でこんなところにいるんだ?私を嘲笑いに来たのか?」

「そんなわけないでしょう……本気部の2人と一緒に来たんです」

「は?」

 それまですっかり落ち込んでいた光森だったが、突然真顔になる。立ち上がり、菜々羽を見下ろす。

「今何て言った?」

「え?」

 地雷女の豹変ぶりに困惑する菜々羽。“今何て言った?”の“今”がいつを示しているか、瞬時に理解出来なかった。

「……どうしてその恰好を?」

「いや戻り過ぎだろ。そっちじゃない。本気部の2人と、とか行ったよな?」

「あ、はい」

「どういう事なんだ?」

 光森は菜々羽に詰め寄る。厚底ブーツを履いているため、普段よりもかなり大きい。紗月と同レベルの圧を感じさせた。

「なんで誘わなかった?」

「な、なんでと言われましても……顧問の休みなんて知らないですし……」

「聞いてほしかった」

「ええ……」

 その時、菜々羽は理解した。これまでの行動、言動から薄々感づいてはいたが、この女教師は自分が仲間外れと認識した時に爆発する。球技大会の時もそうだ。自分は野球部のチームにいるのに、本気部に誘われなかった事に対して酷く憤っていた。冷静に考えて、生徒がプライベートに顧問を誘うだろうか。いや、そういうケースは決して多くはないだろう。一般的な顧問であれば、そういうものだと理解しているはずである。

 つまり、光森美穂も地雷系である。先ほど、彼女は“いつもと違う恰好をしたら気分が上がる”と言っていた。しかし完全には正しくない。地雷系ファッションが彼女の“かまってちゃん”の心を開放し、それがストレス解消になっているのだろう。

「なあ、なんで誘わなかったんだ?」

 なおも光森は菜々羽を追及する。

「私の事、嫌いなのか……?」

「そ、そんなわけないですよ!」

「じゃあなんで誘わなかった!?」

「(あーっ!ダメです!)」

 このままでは、“なんで誘わなかった?”→“私のこと嫌いなのか?”という問いかけの否定→“じゃあなんで誘わなかった”のループになってしまう。

「(そうだ、2人を生贄にしましょう!)」

 巻き込んでしまえば一矢はギャアギャア騒いでくれるため、囮として申し分ない。紗月は何もしてくれなさそうだが、案外地雷同士で潰し合ってくれるかもしれない。そしてその隙に自分は逃走する。部長としてあるまじき発想だったが、背に腹は代えられない。

「(そうと決まれば!)」

 菜々羽は背後を振り返る。

 が。

「……」

 当の2人は抜き足差し足でこの場から去ろうとしていた。

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