第4話:地雷系と呼ばれるファッション
「あ、一矢、紗月!」
カウンターに行くと、ちょこんとパイプ椅子に座っていた菜々羽が駆け寄ってきた。
「もう、どこに行っていたんですか2人とも!探しましたよ!」
菜々羽は唇を尖らせている。
「どちらかと言うと探したのはおれらだけどな……」
「何を言ってるんですか!部長についてくるのが部員の務めでしょう!」
「部長の暴走を止めるのもおれらの仕事だ」
「暴走!?私がいつ暴走したと言うんですか!」
「正に今だよ!」
一人で勝手にどっかに行き、挙句の果てに店員さんのお世話になっているこの状況。暴走でないとしたら何になるのだろうか。
「とにかく行くぞ!すいません、ウチのがご迷惑を……」
「いえ、大丈夫ですから」
男性の店員さんは苦笑して手を振った。
「私からも謝ります」
紗月が頭を下げる。
その様子を見て一矢は安心した。紗月も何かやらかすのではないかと怯えていたが、ここは無難に事を収めてくれそうだ。
実際、紗月は目に見える問題は起こさなかった。
が、目に見えない問題を起こしていった。
「ウチの子供がとんだご迷惑を……」
「何言ってんだお前!?」
「え、子供?」
店員さんは紗月、一矢、菜々羽を順に見て固まる。どう考えても同年代の3人なのに、紗月に“ウチの子供”と言われて混乱している。
「そのロールプレイ終わり!ほら、2人とも行くぞ!」
「ほら、菜々羽ちゃん行きましょう。パパが怒ってるよ」
「ちょっと一矢!私あのクレーンゲームがしたいんですけど!」
「静かになさい!すいません、失礼しました!」
一矢は紗月と菜々羽の背中を押し、カウンターから離れた。3人家族と言うより、親1人で子供2人の世話をしているような感覚だった。そのせいか、一矢も妙に親のような口調になってしまうのだった。
「はあ、はあ……無駄に疲れた……」
カウンターから見えない位置に来て、一矢は2人を押すのをやめた。手を膝に着き、肩を上下させて呼吸する。
「一矢、ゲームセンターに来て心が高ぶっているのはわかりますが、ちょっと興奮しすぎではありませんか?まあ私も大人です。この場は貴方のしたいクレーンゲームで遊んであげる事にしましょう」
一矢とは異なり、菜々羽は息一つ乱していない。
「(……こいつ、今度迷子になったら首輪着けてやろう)」
そうでもしないと暴走を止められない。ただ菜々羽のフィジカルだったら、首輪を引きちぎってしまいそうな気がした。
「……とりあえず、何かやるか」
「しょうがないですねえ、いいですよ」
「了解」
ようやく集まった3人はフロアを歩き、クレーンゲームを物色する。
「にしてもいっぱいあるな……」
アニメのフィギュアやぬいぐるみ、バケツみたいなパッケージのお菓子など、色々な景品が並んでいる。
そしてゴールデンウィーク中なだけあって、フロアは多くの人でにぎわっていた。子供連れやカップルだけでなく、1人で景品獲得に挑んでいる者など、様々だ。
その中に、目立つ服装の女性がいた。
黒のリボンが特徴的なピンクのブラウスに、白黒のギンガムチェックのスカート、黒い厚底ブーツ。
昨今系統を確立した、“地雷系”と呼ばれるファッションだ。
地雷とは、ざっくり言うと危うい魅力を持った人達のことである。
“地雷系”はあくまでファッションなので必ずしも毒というわけではないが、そういう人が多いらしい。
そして地雷系は独特なため、街中では目を惹く。一矢も何となくその女性に視線が向いていた。
顔を見ると、化粧も黒とピンクがメインだった。特に、少し垂れ下がるように引かれたアイラインと、パッと明るいピンクの唇が特徴的だ。地雷系メイクは垂れ目がポイントらしいが、彼女は元が吊り目なのをメイクで垂らしているようだった。髪色は黒で、ぱっつん前髪のショートボブ。王道の地雷系である。
「……ん?」
ふと、一矢は疑問を感じる。
「(あの人、どっかで見たような……)」
「浮気?」
「ひうっ!」
耳元で低い声で囁かれ、一矢は跳び上がる。振り返ると、紗月が黒いオーラを出して詰め寄ってきていた。
「お。落ち着け、違うから」
「じゃあなんであの女見てたの」
紗月は地雷系ファッションの彼女に目を向ける。クレーンゲームの筐体と1対1でにらめっこしていた。
「いや、何か見た事あるなと思って」
「私は無いけど。いつ見たか教えてくれない?その日の記憶消すから」
「さも当然のように恐ろしい事言うな!」
「うーん……」
紗月は全く気にならなかったようだが、菜々羽は目を細めて地雷系の彼女を見ていた。
「私も何か引っかかりますね……確かにどこかで見たような……」
「だ、だよな?ほら紗月、思った通りだ!浮気なんかじゃないぞ!」
「……」
紗月のオーラがすうっ……と消えていく。一矢はほっと胸を撫で下ろした。
「……いや、知らない人かもしれませんね」
「やはり浮気!」
「ちょちょちょちょっ!!」
再び紗月がオーラをまとう。回答によっては一矢を断罪する、という強い意志が溢れている。
「頑張れって祠堂!お前の記憶力が頼りなんだ!」
「うーん、うーん……」
菜々羽は腕を組んで唸る。しかし答えは出てこない。
その時だった。
「あ、すいませぇん」
地雷系の彼女が、通りがかった店員を呼び止めた。何とも甘ったるい声だった。
「実は、景品全然とれなくてぇ……」
地雷系が露骨に肩を落とす。
「あ、そ、そうなんですね!よかったら動かしましょうか?」
「ほんとですかぁ~?うれしい~」
「わ、わかりましたっ!」
若い男性店員は張りきった様子でクレーンゲームの筐体のガラス窓を開ける。そして景品のぬいぐるみを落下口ギリギリまで寄せた。ギリギリというか、最早落下口に片足だけ引っかかっている状態だ。アームで突けば簡単に落ちるだろう。
「ありがとうございます、これで獲れますぅ~」
「よ、よかったです」
男性店員は礼を言われて顔を赤くしている。地雷女のような女性がタイプなのかもしれない。
「そ、それじゃあ!」
店員は足早に去って行った。
「あ……」
逆に取り残された地雷女は、店員が去って行った方向に向かって手を伸ばした姿勢で止まっていた。
「……」
伸ばした手を引っ込め、俯く地雷女。チラリと、片足だけでしがみついているぬいぐるみを見つめる。
「取るところまで見てほしかった……」
そして、先ほどまでとは打って変わって低い声で、ため息交じりにそう呟いた。
「はっ!!」
地雷女の横顔を見ていた菜々羽が、唐突に息を呑み、両手で口を覆う。
「か、一矢……あれ……」
「お!思い出したか!?」
「あれ、美穂ちゃん……」
「美穂ちゃん?」
一矢は首を傾げた。はて、自分の知り合いに“美穂ちゃん”という女子はいただろうか。
「なんで忘れてるんですか!私たちの顧問ですよ!」
「顧問?光森先生?」
「そうです!あの人ですよ!!光森美穂先生!!」
「……えっ!?ええ!?」
一矢は目をこすり、前かがみになり、クレーンゲームの前で哀愁を漂わせている地雷女を凝視する。前髪ありのショートカット、黒とピンクがテーマのメイクに、同じカラーのブラウス、あと白黒チェックのスカート。前髪のないショートボブと線を引いたような目尻・眉が特徴的で、学校ではジャージを着て、シュッとした美人の光森とは似ても似つかない。
しかし時間を掛けて紐解くと、少しづつ地雷スタイルに隠された素が見えてくる。まず身長がかなり高い。厚底ブーツを履いている事もあるだろうが、女性にしてはかなり高い。次に髪の毛。ぱっつん前髪が無いバージョンをイメージすると、光森の髪型になる。更に目。メイクで人為的に垂らしているせいか、逆に本来の彼女がそうではないことがわかる。極め付きは声だ。先ほどのため息交じりの声、確かに光森だった。
で。地雷女が光森と判明したことで、当然疑問が浮かぶ。
「……あれは、何だ?」
気になる事がありすぎて、一矢は“あれ”と表現せざるを得なかった。
まず、あの恰好は何だ。普段スポーティでシュッとした美人なのに、何故地雷系のファッションなのだ。
先ほどの声は何だ。何故普段のクールな感じではなく、聞くだけで胃がもたれそうな猫撫で声をしていたのだ。
あの店員とのやり取りは、“取るところまで見てほしかったな……”とは何だ。彼に何を求めていたのだ。
などと、一矢の頭の中で謎が浮かんでは消えていく。
しかし最終的に彼の思考に残ったのは、1つの切実な問題だった。
「……この状況、どうする?」
一矢はゲームセンターの騒音でもギリギリ聞こえるくらいのボリュームで、菜々羽に聞く。
こんなところで、顧問のプライベートを知ってしまった。家族で遊んでいるくらいなら笑顔でいられるし、古本屋のR18コーナーを物色していたくらいなら笑い話に出来る。が、“地雷系ファッションで寂し気にクレーンゲームをしている”など笑顔にもなれないし笑い話にも出来ない。
「と、とりあえず声掛けてみましょうか……というわけで一矢、行ってきてください」
「なんでおれなんだよ。ここは部長の威厳を示す時だろ」
「部長命令です。佐山一矢、行ってください」
「いや、残念だけど、そもそもおれは行けないんだ」
「どうしてですか」
「……じゃあ、やってみようか?」
どうなっても知らんぞ、というニュアンスを込めて一矢は菜々羽に言う。そして、紗月に目を向ける。
「紗月。ちょっと先生に声掛け……」
「ナンパ?死にたいの?」
隙は与えない。瞬く間に紗月は彼の背後に回り、カッターナイフを首元に当てていた。
一矢は、刃の冷たさと頸動脈が伝える血の鼓動を感じて、顔を青くしていた。
「……な?」
もはや笑うしかない、という表情を菜々羽に向けた。
「……」
さすがの菜々羽も、唖然としていた。
「……一矢」
「何だ」
「前から思っていたんですけど、美穂ちゃんより紗月の方がよっぽど地雷じゃないですか?」
「祠堂。その質問に答えた瞬間、おれは首から血をまき散らして死ぬ」
「……わかりました。私が行きます」
菜々羽は諦めたようにため息をついた。
「……紗月。そういうわけだから、おれは先生のとこには行かない。カッターナイフを下ろしてくれないか。というか普通に銃刀法違反だと思うんだ」
「そう」
紗月はカッターナイフを一矢の首から離し、拘束を解く。
「びっくりした?冗談だから安心してね」
微笑む紗月。しかしその目は笑っていないように見えた。
「本当に死んでたらどうするつもりだったんだ……」
「死んで骨になっても、愛してるよ」
「話がまるで通じていない」
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