第3話:迷子はみんなそう言う

 バスに揺られて30分。3人はゲームセンターに着いた。

「へえ……これがゲームセンター……」

 入り口の自動ドアの前に立ち、菜々羽はきらきらとした目で見上げていた。

「一矢、早く入りましょう!一緒に脳を溶かしましょう!」

「嫌な言い方するな」

 菜々羽が先導し、一矢と紗月が後ろに続いていく。店内に入ると、初ゲーセンのお嬢様は感嘆の声を上げた。

「おぉー!これは、正しく夢にまで見たゲームセンター!見てください一矢、クレーンゲームがありますよ!こんなにたくさん!」

 店内はアイドルとアニソンを掛け合わせたような音楽が鳴り、客の話し声が響く。そんな中、菜々羽はずらりと並んだクレーンゲームを指さして興奮していた。

「こんなにあるなんて、悩んでしまいます!一矢、まずはどれをやるのがいいんでしょうか?」

「別に、クレーンゲームに作法とかないぞ。好きなのやればオッケーだ」

「えぇっ!?そんな、困ってしまいます!はあ、どれも魅力的で……よし、とりあえず見て回りましょう!」

「おう……」

 菜々羽は一矢の返事を待たず、クレーンゲームの森の中に入り込んでいく。まるで小学生だ。あのまま迷子とかにならないだろうか。

「危なっかしいし、ついてくか……。行こう、紗月」

「うん。子供が出来た時の予行演習にちょうどいい」

「それ冗談で言ってるよな?本気じゃないよな?」

「本気じゃないと思う?」

「ですよね!」

 にやりと笑みを浮かべ、紗月は両手で自分の腹を撫でる。

「私、国が作れるくらい子供が欲しい。とりあえず日本かな」

「1億2千万人!?」

「もちろん、みんな一矢君の子だよ」

「みんな!?」

 本当に出来たなら、一矢と紗月だけで日本の人口問題が解消される。ただし1億2千万人目が生まれた時には、彼は抜け殻になっているだろう。

 モンゴルの英傑チンギス・ハンには2千人近くの子供がいた、という噂がある。もし一矢が1億2千万人に挑むなら、チンギス・ハンの6倍の人数にチャレンジする事になる。ゆくゆくはアジアの3人に1人が佐山一矢の血を持っている、という事態になりかねない。

 しかし紗月は真剣な表情をしている。

「1億2千万を目指すならもう時間はないよ。2人で隠れられる場所を探さないと……とりあえずプリクラか」

 彼女は顎に手を当て、ゲームセンター内を見回す。

「待て待て待て落ち着け!目が本気なんだよ!」

「本気部だからね」

「限度がある!」

 限度の遥か上を超えていくのが上村紗月という女である。

「そういえば、祠堂さんは?」

「え、祠堂?……あ」

 ふと冷静になり、ゲームセンター内に目を向ける。クレーンゲームが立ち並ぶ中、菜々羽の姿はどこにも無かった。

 その時、示し合わせたように店内のスピーカーから流れていた音楽が消え、アナウンスが入る。

「えー、本日はご来店ありがとうございます。ご来店中のお客様に迷子のお知らせをいたします。黒い帽子に白いパーカー、黒いスニーカーを履いた15歳の女の子、菜々羽ちゃんをお預かりしております……」

「ちょっと店員さん!私は迷子ではありません!迷子なのは一矢と紗月です!」

 男性店員のアナウンスを遮るように、清楚さと苛烈さを兼ね備えた女子の声が入った。それを聞いて一矢はため息を吐き、手で顔を覆った。

「……一矢様、紗月様、至急1階カウンターまでお越しくださいませ」

「だから私が迷子ではなくて!え?迷子はみんなそう言う?違います!濡れ衣です……」

 菜々羽の抗議の途中で、ぷっつりとアナウンスが切れた。

「……迎えに行こうか」

「そうね、貴方」

「……」

 やはり、この2人を外に連れ出すべきではなかった。首根っこを掴んででも某高校内に留めておくべきだったと、一矢は後悔したのだった。

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