第2話:ただの雑談

 しかしこんなところで中止になるはずがなく。3人は揃ってゲームセンターへと向かう。

 某高校はその特性上、郊外に位置する。ゲーセンがある都市部に行くにはバスに乗らなければならない。

 運賃を支払い、一番後ろの席に並んで座った。窓側から紗月、一矢、菜々羽の順だ。

「そういえば祠堂、今日はなんでゲーセンに?」

「私、ゲームセンターって行った事ないんです」

「珍しいな」

「禁止されてましたから」

「そうなんだ」

「はい。うちのおばあ様から、“脳が腐る”と」

「腐る!?」

 一矢は思わず自分の頭に手を触れた。彼は一時期ゲームセンターのメダルゲームに嵌っていたが、確かにその時は溶けているような感覚があった。知らないうちに脳の腐敗が進んでいたのかもしれない。

「もちろんおばあ様の勘違いです。……え、本気にしましたか?」

「ま、まさか。ハハハ……」

 一矢はひっそりと、“もうメダルゲームはしないでおこう”と誓った。

「ゲームセンターに行ったくらいで脳は腐りません。けどおばあ様は昔気質だったので、本気でそう言ってましたね。ハロウィンの日には、“ゲームセンターで脳が腐ったゾンビ”という仮装をしてくれました」

「そんなコスプレ聞いた事ねえよ」

 脳がドットに変質した、とかだろうか。あるいはコントローラーが頭に刺さったとか。何にせよ、祠堂家の血の繋がりを感じるエピソードだ。

「というわけで、ゲームセンターには行った事がありません。習い事で行く時間がなかった、というのもありますけど」

「へえ」

「だから今日すっごく楽しみなんです!」

 菜々羽は目を輝かせる。

「つい朝早く起きてしまい、集合時間の30分前に正門に着いてしまいました」

「……お前さっき、“30分前行動は本気部の部長として当然”とか言ってなかったか?」

「はぅっ!」

 菜々羽は急いで自分の口を塞ぐ。

「あ、あれは……そうです!一矢は変態だから、ちょっとお灸を据えてあげようと思ったんです」

「おれが変態な事は関係なくね!?」

 変態である事は否定しない一矢だった。

「っていうか、紗月はおれより後に来たじゃねえか!」

「そ、それは……おほほ……」

 わざとらしく笑い、菜々羽はそっぽを向いた。素面の紗月にそんなことは出来ない、という意味か(だからこそ、先日の“お題ジェンガ”では徹底的に煽ったのだろう)。

「あと、こいつの方がよっぽど変態だぞ!」

「一矢君、それは心外」

 グレーニット姿の彼女は自分の胸に手を置いて抗議する。

「私が変態なのは一矢君の前だけだから。勘違いしないで」

「じゃあ何故公衆の面前で服を脱ごうとする!?」

 これまでの犯行の数々を思い出す。夜の体操服に着替えたり、谷間を見せつけたり、シンプルに脱ごうとしたり……。

「それはほら。“自分の女にこんな事させてやったぜ”って喜んでくれそうだと思って」

「いくら何でもそこまで歪んでないぞ!?」

「ホントに?バスで色々したくない?」

「したくない!」

 一矢はどちらかと言うとMである。間違っても紗月に羞恥プレイをさせて喜ぶタイプではない。

「ふむ」

 唐突に紗月はカバンからメモ帳を取り出し、満足げな表情で何かを書いていく。

「変化球的な聞き方して正解だった。やっぱり一矢君はM、と……」

「何!?」

 その時一矢は悟った。今までの紗月の話はブラフであった。否定させる事で、彼がMであることを確認するための罠だったのだ。

「くそっ、一本取られた!」

 またしても一矢は自分の弱みを紗月に握られたのだった。

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