ゴールデンウィーク②

第1話:パーカーとニット

「明日はゲームセンターに行きましょう!10時集合です!」

 お題ジェンガが色々な意味で終わり、先生にこってりと絞られたその日の夜。チャットで菜々羽はそう号令を掛けた。反省の意が全く見えないが、叱られた程度で凹んでいては本気部の部長は務まらない。

 そんな中、一矢は考えていた。学校でテロ騒ぎを起こすような人間や、刀を振り回すような人間を連れ出してよいのだろうか。自分が彼女達の尻拭いをするはめにならないだろうか、と。

 まあ、あの2人もなんだかんだ高校生である。多少の常識は持っているはずだ。いくら何でも学校の外で暴れたりはしないと思いたい。

 で、翌日の朝。

 一矢は集合場所の正門に向かった。

「あ、一矢!」

 先に正門にいた菜々羽が、彼を見かけて手を振る。

「おはよう、祠堂」

「おはようではありません!遅いですよ!」

 菜々羽は腰に手を当て、ムッとした表情で一矢を見た。

 遅刻したかと思い、彼はスマホで時間を確認する。表示は9時56分。

「いや、余裕で間に合ってるじゃん……」

「何を言ってるんですか!4分前なんて、遅刻も同然です!」

「ええ……じゃあ祠堂はいつ来たんだよ?」

「30分前です!」

「早くね!?」

「本気部の部長として当然です!」

 ふふん、と笑う菜々羽。

 一矢は、そんな彼女の服装に注目した。

 校舎内では基本的に制服を着ているが、この日は外出するため、私服。

 これまで1か月強、彼らは行動を共にしてきた。そんな中、初めて見る私服姿。

 黒のキャップにオーバーサイズのパーカー、デニムのショートパンツに黒のスニーカーというファッションだった。特にパーカーは白地にピンク、水色、黄色のインクをぶちまけたような派手な色合いのデザインだった。

 普段の行動や言動の中に髪の毛1本ほど含まれた気品から、一矢は何となく菜々羽のお嬢様らしさを感じていた。ただ、今日のファッションはラフなストリート系だ。ゲームセンターの楽しげな雰囲気と合っているような気はするが、そういうスタイルは想像していなかった。彼はつい「へえ……」と興味深く菜々羽を見た。

「な、何ですかその目は」

「いや……私服そんな感じなんだなって思って」

 そして、一矢の目線は自然と菜々羽の脚に向かっていく。オーバーサイズのパーカーの丈が、ショートパンツの丈と同じくらいの長さである。必然的に、普段は制服のスカートで隠された太ももの部分が露出されている。基本的に乳派の一矢だが、脚派の主張も理解しつつあった。

「ちょ、ちょっとそんなに脚ばかり見ないでください!変態!」

「はっ!?み、見てねえし!見てねえし!!」

「嘘です!見てました!」

「見てねえ!ちょっと“短くない?”って思っただけだ!」

「見てるじゃないですか!」

「ちくしょう!墓穴!」

 一矢は額に手を当てた。邪な考えを何とか誤魔化そうとしたが、却って裏目に出てしまった。

「わ、私だって短いなとは思ってますよ……」

 菜々羽は顔を赤くして、パーカーの裾を引き伸ばす。太ももを隠そうとしているのだろうか。

「じゃあなんで……」

「ゲーセンと言えば不良な感じ、ちょっと羽目を外す場所!遊びは恰好から!今日を本気で楽しむために揃えたんです!」

「なるほど……」

 恥ずかしがっているところまで含めて、菜々羽らしいと言えば菜々羽らしい。本気部の部長として模範的な振る舞いだ、と白シャツにジーンズの一矢は感じた。

「っていうか、服揃える金なんかどこにあったんだ?残金20イェン系女子だったのに」

「失礼な!実家から送ってもらったんです!」

「ふうん。じゃあ元々その服持ってたんだな」

「いえ。新しく買ってもらいました」

「は!?それ一式全部を!?」

 一矢は目を丸くし、菜々羽のファッション1つ1つを指差す。

「しかもキャップも、パーカーも、パンツもスニーカーも全部ブランドもの!?」

 一矢はブランドに興味は無い。そんな彼でも知っている、Gから始まったりBから始まるようなブランドで菜々羽は身を包んでいた。

「ええ、そうですけど……そんなに驚く事ですか?」

 菜々羽はキョトンとしている。

「……そっか」

 金銭感覚の違いをまざまざと見せつけられ、一矢はそれしか言えなかった。彼にとっては考え難い話だった。遊びのために服を、しかもハイブランドを買ってくれなどとねだったが最後、父親から雷が飛んでくるだろう。菜々羽の破滅的なギャンブル癖の理由がわかった気がした。

「おはよう、一矢君」

「うわーっ!」

 突然背後から呼びかけられ、一矢は飛び跳ねた。

「お、おはよう紗月……」

 振り返ると、紗月がいた。

「おはよう。祠堂さんも」

「お、おおおお……」

「ん?どうした祠堂?」

「おおおおおおおおおおお」

 おはよう、と言うのかと思ったが、菜々羽はどこか一点を見つめて固まっていた。

「おっきい……」

 彼女の口から出たのは、挨拶ではなかった。

「(わかる)」

 そして一矢は、“おっきい”の意味を完全に理解し、共感していた。

“おっきい”の説明をするためには、まず紗月のファッションから説明せねばならない。

 例に漏れず、彼女も私服だ。髪型はいつものルーズサイドテール、5分袖のグレーのニットに、緑のロングタイトスカート、足元はベージュのローファー。菜々羽と異なり、デザイン自体はシンプルである。

 しかし、彼女はニットを着ている。ニットを着ている。しかも着た時にゆとりのあるタイプではなく、しっかりと体のラインが出るタイプだ。

 普段の制服姿では、なんだかんだデッドスペースが生まれて実際のサイズはハッキリとはわからない。

 しかしニットを着ている(大事な事は何度でも言う)。

 だから、バストサイズが明確にわかる。

「おっっきいですわ……ええ……」

 菜々羽はあんぐりと口を開け、紗月の胸をまじまじと観察する。

「見てください一矢。ほら、私の顔よりもおっきい……」

 紗月の右乳のサイズを両手で測り、それを自分の顔に合わせる。確かに、菜々羽の顔より大きい。

 自分はあれに沈められていると考え、一矢は意識が飛びそうになった。よく比喩で“ロケット”だの“ミサイル”だの言うが、あれは正真正銘の兵器である。やはり脚より乳だ。

「ふふふ」

 徐に紗月はいつものねっとりとした笑みを浮かべ、一矢に向かって両手を広げた。

「おいで。今日はニットだから、肌触りも気持ちいいよ」

 昨日は真っ赤な顔をして窓から飛び出していったが、もう平常運転に戻ったらしい。もうしばらくあのモードでもよかったのだが。

「い、いや、それはまたの機会に。制服の方が好きだから」

「そうなの?じゃあ今から着替えてくる」

「いやそこまでしなくても」

「うわあ……制服好きなんですか……」

 菜々羽が一矢に軽蔑の目を向ける。

「おいお前、今日ばかりは同類だぞ。さっき楽しそうにサイズ測ってたじゃねえか」

「一矢が言うと、何か……」

「そんなにか!?」

 確かに最近、もったいないと思ってラブドールの封印を解除しようとしたが、まだ使ってはいない。仮に使ったとて、誰にも迷惑は掛けていないのだから非難される筋合いはない。

「制服はダメなの?」

「いや、そういう事でもなく……」

「わかった。こんな服着るくらいなら全裸の方がマシってことか」

 そう言うと紗月は両腕を交差させてニットの裾を掴み、まくり上げる。既に腹が見えた。本気で脱ごうとしている。

「違う違う違う違う!!脱げばいいってもんじゃない!着衣にも良さはある!」

「じゃあ何?どういうこと?」

 紗月は脱ぎかけの状態で首を傾げる。

 そんな彼女に向かって一矢は叫んだ。

「その服装で今日この日を過ごしてくれ!似合ってるから!!」

「……」

 紗月はじっと一矢の目を見た。

「似合ってる?」

「ああ」

「本当に似合ってる?」

「似合ってるよ」

「いつかこの服着て一矢君と不倫していい?」

「ダメです」

「じゃあ脱ぐ」

「服じゃなくて不倫がダメって言ってんだ!」

「そっか」

 そしてニットの裾から手を離す。

「じゃあ今日はこの服着る」

「ああ、そうしてくれ……」

 一矢は肩で息をしていた。何故服を着せるためだけに、呼吸を乱さねばならないのだ……。

「一矢君」

「なんだ?」

「大好き」

「……」

 不意にそう言われ、一矢は紗月の顔を見つめる。彼女は細い目を更に細くして笑っていた。いつものねっとりとした不気味なそれではなく、心が温まるような、向けられて嬉しくなるような表情だった。

「ああ……うん。ありがとう」

 一瞬、どう答えていいかわからず、目を逸らした。しかし改めて紗月の目を見て、礼を言った。

「もうこの服洗濯しない」

「いや洗え!」

 紗月は既に、いつも通りのねっとりスマイルになっていた。あの表情は幻覚だったのかもしれない。

「(こいつら、大丈夫か……?)」

 菜々羽と紗月。2人を某高校の外に連れ出すことに、一矢は大きな不安を感じ始めていた。

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