第3話:いただけないですよお
「次は私か」
紗月のターン。彼女は危なげなくジェンガブロックを抜き、タワーの上に置いた。そしてお題カードを引く。
「えーっと、“これまで経験した部活動”、“好きな異性のタイプ”、“初恋のエピソードを語る”か」
獲得できる賞金は、順番に1、10、50である。
「(これは余裕で50だろうなあ……)」
上半身インナーシャツ姿の一矢は、腕を組んで唸った。普段から教室内で堂々と竹刀を振ったり、堂々とグラウンドで“夜の体操服”を着たりしている紗月だ。初恋のエピソードを語るくらい、どうという事はないだろう。
「……じゃあ、50で」
「やっぱりか~」
一矢は両手を頭の後ろで組んだ。1ターン目では獲得賞金の差を着けられなかった。既に頭の中では、2ターン目以降どういう戦略を取るかをぼんやり考えていた。菜々羽はどこかで自滅するだろうが、強敵は紗月か。
「初恋……ということは、一矢との話ですか?」
「うん」
「へぇー!ぜひ!聞かせてください!実は気になってたんです、2人の話!」
菜々羽は興味津々、といった様子で顔を輝かせた。
「いいよ。じゃあ特別に話す」
「あらァ~!楽しみです!!」
逆立ちしたまま菜々羽は口元を手で押さえる。井戸端会議のおばちゃんみたいになっている。
ふと、一矢は何だか嫌な予感がした。普段から奇行が目立つ紗月だ。どんなエピソードを話すかわかったもんじゃない。彼女との日々を全て覚えているわけではないが、思春期の衝動で何か変な事をしていたとしても不思議ではない。というか、確か彼女には何度か醜態を晒している。一矢の胸が急にざわざわとし始める。
「……紗月。一応言っとくけど、変な事話すなよ?」
「変な事?私と一矢君の毎日に、変な事なんて全くないよ」
「いや起こってるんだわ!いつも部屋に侵入してくるし、ついさっきは露出を強制されてる!」
「んん……?好きな人と一緒にいたいのは当然だし、パンツは見たくなるものじゃ……」
「百歩譲ってそうだとしても!一般的にダクトは通らないし“パンツは?”って圧も掛けないだろ!」
「そう?」
紗月は首を傾げた。
一矢は頭を抱えた。ダメだ、話が通じない。いつもの日常ではあるが、今日だけは通じてほしかった。
そういえば中学2年の時、ノリで友達と古本屋のR18コーナーにいたところを紗月に見られた覚えがある。しかも間が悪い事に、その時一矢は漫画を1冊持っていた。その年のバレンタイン、彼は紗月からアダルトグッズを貰った。
マズイ。この話をするんじゃないだろうか。
一矢にしてみればただの黒歴史だが、紗月の脳内では“バレンタインに一矢の欲しいものをあげた良い話”になっているかもしれない。そんな話をされたら菜々羽にカポエイラでぶっ飛ばされてしまう。
一矢の脳の出力が急激に上がる。この状況を乗り切る事に、彼の命が燃やされる。
「(そうだ、これなら!)」
彼は紗月と菜々羽が見えないようにお題カードの山札から一枚手に取る。そしてそれを床に落とした。
「さ、紗月!カード落ちてるぞ!もしかしたらお題これなんじゃないか!?」
そう言って一矢は紗月と菜々羽に持っているカードを見せた。ちなみに、彼はお題が何かを見ていない。どんなものがあるかは知らないが、少なくとも初恋のエピソードよりはマイルドなはずだ。
「え、それでいいの?」
「ああ、いいと思うぞ!お題は……」
彼は、そのカードに書かれたお題を見た。
1:隣の紗月ちゃんに膝枕をしてもらう、10:隣の紗月ちゃんにだっこしてもらう、50:隣の紗月ちゃんの胸に顔を埋める。
「なんじゃこりゃァーッ!!」
一矢はカードを床に叩きつけた。
そんな彼に、紗月が両手を広げて近づいていく。
「私は自分の胸にダイブするのは無理。だから一矢君、協力して」
「ま、待て、落ち着け!おれが失神するって知ってるだろ!?」
「知ってる。だからやる」
「おかしいだろ!?祠堂、助けてくれ!」
「えっ!?えーっと……あ~、わたくし、逆立ちが辛くなってきましたわ~。ここから動けませ~ん」
「覚えてろよてめぇ……」
そうこうしている内に紗月が近づいてくる。彼女が一歩踏み出すのに合わせて、一矢は失神に向かていく。
「(ダメだ!ここで失神するわけにはいかない!)」
失神したらゲームに参加できなくなる。それすなわち、賞金獲得チャンスの喪失と同義。本気部のメンバーとして、最優先すべきはこのゲームに勝ち、金を得る事。
つまり、すべき事は1つだ。
「もっ、申し訳ありませんでしたぁー!!」
床に膝をつき、手をつき、額をつける。
「実はそのお題カード、おれがイカサマで出したやつです!!」
土下座。誠意をこれでもかというくらいに込めた最上級の日本式謝罪である。
「何ですって、イカサマ!?」
一矢の自白に、菜々羽が反応する。
「は、はい……初恋のエピソードを語るのは簡単すぎたので、50イェンをみすみすやるわけにはいかないと、つい……」
本当は過去のアホな黒歴史を話されたくなかっただけだが、それを言うわけにもいかない。
「へぇ……」
それを聞き、菜々羽はにやりと笑った。そして逆立ちのまま、一矢に近づいていく。
「かーずや。真剣勝負が第一の部活中に、イカサマとは。いただけないですよお」
「は、反省はしています……」
「ホントですかぁ~?謝罪は、被害者の目を見て言うべきじゃないんですかぁ~?」
頭を下げ続ける一矢の周りを、逆立ち状態の菜々羽がカサカサと回る。
「(さっき動けないとか言ってたくせに……!)」
普段虐げられる役回りを担っているからか、ここぞとばかりに菜々羽が一矢を煽る。実際、彼女は本気部結成以来、最も生き生きとしていた。
「ほらほら、顔を見せてください。私達、イカサマされてとっっても傷つきました!謝ってください、さあ!」
「くっ……!」
入学当初、野球勝負に500キロのボールを射出するマシンを持ってきた彼女にだけは言われたくなかった。しかし、イカサマをした事実に変わりはない。だから不承不承、一矢は顔を上げた。
「……ふ」
彼の目の前に、菜々羽の顔があった。彼女は一矢の醜態を一瞬たりとも見逃さないように、カッと目を見開いていた。そして、当然ながら口の端は吊り上がっていた。優越感に浸りきったその表情は、パーツの整った普段の顔と比べて歪み切っていた。
「ふふふふふ、いい気味ですねえ、かーずや。今の気持ちは?」
「……屈辱だ」
「ああ……たまりませんわ……」
「祠堂さん」
不意に、紗月が菜々羽に呼びかけた。
「一矢君ももう反省したから、許そう」
「さ、紗月ぃ~」
菜々羽が壁になり、一矢から紗月の様子は見えない。しかし今の彼には、紗月が懺悔室のシスターに見えていた。
「そうですか?この男はもっと叩きのめしたほうが……」
「何てこと言うんだお前」
「いいえ。祠堂さん、過ぎた罰はただの毒にしかならないから」
菜々羽に対し、紗月は毅然とした態度で諭す。
「うっ……まあ、確かに。つい興が乗ってしまいました。これ以上は下品ですね」
菜々羽も頭が冷えたのか、一息ついた。
「まあ、これくらいで許してあげましょう」
「ありがとうございます!」
一矢は再び頭を下げた。
「(くそ、ガワだけお嬢様め……次アイツがイカサマしたら、煽り散らかしてやる)」
と、心の中で誓ったのであった。
「……」
そんな一矢に、再び人影が重なる。顔を上げると、紗月が膝を抱え込むようにしゃがんでいた。
「反省した?」
「……一応」
「もうやったらダメ。わかった?」
「はい」
「よろしい。でも、もしまた一矢君が悪いことしても、許してあげるから」
そう言って紗月は笑った。
笑って、恍惚とした表情で身を震わせた。
「こうやって、私にどんどん依存してね」
「恐ろしいこと言うんじゃねえ!!」
イカサマはバレないようにやろう。
一矢はそう誓ったのであった。
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