第2話:パンツは?

「よし、じゃあ次はおれだな」

 一矢は指の骨を鳴らして、ジェンガのタワーを見つめる。

「精々頑張って下さい。私は高みの見物をさせてもらいます!」

 菜々羽が逆立ちをしながら煽る。そんな彼女の頭は、一矢の膝くらいの高さにあった。

「……どっちかっていうと低くね?」

「こっ、細かいことはいいんです!カポエイラしますよ!」

「あぶねえからやめろ!ホントにやりそうだから!」

 カポエイラとは、地面に着いた両手を軸にして、足をプロペラのように回す格闘技である。常人が出来るものではないが、菜々羽なら多分出来るだろう。

「……さて」

 一矢はゆっくりとタワーに手を伸ばす。同じ大きさのジェンガブロックが積み重なっているように見える。だが、実はそれぞれのブロックは微妙に大きさが違う。小さいジェンガを選ぶことが出来れば、苦労なくターンを終えられる。

「……おっ」

 軽く突いてみただけで動くブロックがあった。これなら簡単だ。

「抜くの?」

 対面で一矢をじっと見つめていた紗月が聞く。

「ああ、勿論だ」

「そう」

 すると、紗月は徐に身を屈め、シャツのボタンを上から外し始めた。はち切れそうな彼女の胸の谷間が露わになる。

「って何のつもりだ!!なんでいきなり脱ぐ!?」

「え、抜くって言ったから」

「“ジェンガのブロックを”抜くんだ!」

「えぇーっ。せっかく今日、一矢君の好きな白の下着なのに」

「何故おれの好きな下着の色を知ってる!?」

「うわぁ……」

 菜々羽が細い目をして嫌そうに一矢を見た。

「お前は黙って逆立ちしてろ!!ったく……」

 紆余曲折あったが、一矢はブロックを抜き、タワーの一番上に置いた。

「はあ……よし、次はお題だな」

 無駄に体力を使った一矢は、肩で息をしながらお題カードを一枚取った。

 お題は“1:1枚脱ぐ 、10:2枚脱ぐ、50:3枚脱ぐ”だった。

「何だこれはァ!!」

 一矢は叫びと共にカードを床に叩きつけた。

「3枚か、2枚か、1枚。当然3枚脱いでくれるよね、一矢君?」

 紗月はにんまりと口角を上げ、期待に満ちた表情をしていた。

「くっ……」

 一矢は自分が引いたカードを睨みつけ、何故こんなものが回ってきてしまったのかと頭を抱えた。

 彼は紗月と関わった事で色々歪んでしまったと自覚しているが、変態性は高くない。人前で脱いで喜ぶようなタイプではない。

「ほら、ぬーげ、ぬーげ」

 そう、公衆の面前で脱衣し、羞恥を感じる人間を見て興奮する真の変態とは違うのである。

「くそっ……!」

 一矢も50イェンは欲しい。しかしそのために払う代償が大きい。例えばシャツ、インナーシャツ、ズボンの3枚を脱いでしまったら、もうパンツ一丁だ。シンプルに公然わいせつ罪であることはもちろんだが……

「ふふっ」

 不気味な笑みを浮かべた紗月の前での脱衣は、逮捕以上の災難を生む可能性もある。この雰囲気、シャツを食べるくらいだったら平気でやりかねない。

「あらぁ~?一矢、まさか1イェンで刻むつもりですか?序盤からそんな調子で私に勝てますかぁ?」

 逆立ちをしたまま、菜々羽がクスクスと笑っている。

「うるさい人間サーカス団!おれのストリップショーを見たいのか!?」

「はぁっ!?ちょっとやめてください!通報しますよ!」

 こんな事になるくらいなら、菜々羽をスカートのまま逆立ちさせるべきだったかもしれない。彼女のパンツを丸見えにさせておけば、この場では“パンツを見せる事”が普通になり、一矢も堂々と脱げた。

 まあ、このようなお題を引くとは思っていなかったし、いくらなんでもパンモロさせるわけにはいかないが。

「……待てよ」

 ここで一矢に頭を、ピリッと光が走る。

 彼はここまでパンツ一丁になる前提で考えてきた。しかしその前提が間違っていたのではなかろうか?

 50イェンのお題はあくまで“3枚脱ぐ”であり、“パンツを見せる”ではない。

「これだっ!!」

 一矢は膝を叩く。そして立ち上がるとまずはワイシャツを脱ぎ捨てた。

「まずは1枚!」

「むっ!」

 紗月の細い目がカッ、と見開かれる。そして残像が見えるレベルの高速で移動し、滑り込みながら一矢のシャツを奪い取った。

「そして、これで2枚目、3枚目だ!!」

「!」

 紗月の目が期待でギラギラと光る。鼻息も荒い。彼女の興奮は最高潮に達していた。“脱ぐ”という行為には、ただの下着姿とは異なるエロスがある。紗月は今、それをこれでもかというくらい感じていた。

 しかし、一矢とてそうやすやすとパンツを見せる気はなかった。

「ほい」

 彼は両足の靴下を脱ぎ、床に置いた。

「シャツで1枚、右足の靴下で2枚、左足で3枚!」

「は?」

 あれだけ興奮していた紗月の目から、一瞬で光が消えた。

「え?終わり?」

「ああ。お題には“3枚”としか書いてないからな!これで50イェンだ」

 してやった。一矢は自分の閃きに満足していた。やれやれ、このお題ジェンガ、なかなか難問を出してくる。

「パンツは?」

 ただ残念ながら、一矢のとんちに納得出来ない者がいる。

 紗月が立ち上がり、彼に詰め寄る。

「パンツは?」

「見せねえよ!」

「パンツは?」

「ちょっ、近い怖い無表情!」

「パンツは?」

「お、落ち着け落ち着け!ステイ!ステイ!」

「……はあ~……」

 一矢がズボンを脱ぐ気はないと知り、紗月は露骨に大きなため息を吐いた。

「パンツ見れなかっただけで落ち込みすぎだろ……」

「逆に落ち込まないと思ってるの?」

 こいつならあり得るか……と思った一矢であった。

「まあしょうがない」

 紗月は床に置かれた一矢の靴下を拾う。

「今日はこれで我慢しよう」

「ん?ちょっと待てどういう意味だ?なんだその袋は?何故そこにおれのシャツと靴下を入れる!?」

「ほら、洗濯しないといけないから」

「それは誠か!?本当に洗濯してくれるのか!?」

「勿論。私は一矢君の母だから」

 そう言う紗月の顔には、にんまりとした笑みが浮かんでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る