ゴールデンウィーク①

第1話:ジェンガ

 入学式、テロ未遂、不法侵入、球技大会……激動の4月が終わり、ゴールデンウィークに突入した。

 環境の変化は想像以上のストレスを人に与える。それを癒すのに、この期間はもってこいだ。

 しかし某高校本気部に休みは無い。

「今日はこれをします!」

 校舎3階の隅にある部室にて。3人は、机に叩きつけられた箱に注目する。細長いそれの中には、木のブロックが敷き詰められていた。

「ジェンガ?」

「そう、ジェンガ!」

 菜々羽が箱を上下さかさまにし、中身だけを残して箱を取る。3本ずつ並んだ木のブロックがビルのように18段積み上がった、紛れもないジェンガだ。

「懐かしいな。小学校のときにやったぶりだ」

 一矢が指先でツンツンとタワーを突くと、僅かに揺れる。

「ふふふ。残念ですけど、ただのジェンガではありません」

 菜々羽が意味深に笑う。

「と言うと?」

「これです!」

 一矢と紗月は、菜々羽がポケットから出したカードを見る。そこには50、10、1という3つの数字と、それぞれに対応した3つの文章が書かれていた。

 そして、菜々羽が高らかに宣言する。

「今日のゲームは、“お題ジェンガ”です!」

「“お題ジェンガ”?」

「説明しましょう!今からやるのは、基本的にはジェンガです。ただし、プレイヤーはブロックを抜いた後にこの“お題カード”を引きます!ブロックを無事に抜き、タワーの上に置くことが出来たら、カードに書かれたお題を実行!お題を完遂すれば、それに応じた賞金を積むことが出来ます。ただし!賞金を獲得できるのは、3ゲームの合計で最も賞金を積んだプレイヤーだけです!」

「なるほどな」

 一矢は頷く。本気部らしい、ギャンブル性に富んだゲームだ。

「じゃあ、さっそく準備しましょう!」

 そう言うと、菜々羽はロッカーから小さなアタッシュケースと小さな金庫を取り出した。アタッシュケースの中には、数字が振られ、色の付いたチップが入っていた。その中から菜々羽は50、10、1のチップを取り出す。

 そして一矢は金庫のダイヤル錠を開ける。そこにはイェンの札が入っていた。

「今日は……一旦3千くらいか」

「そうですね、それくらいでいいでしょう」

「了解」

 3人はそれぞれ財布から3千イェンを取り出し、金庫に入れた。

 彼らは何をやっているのか。それは、“合法的にギャンブルをするための手続き”である。校営ギャンブルがある某高校だが、個人間でのギャンブルは禁止されている。しかしこの制度には抜け穴がある。

 某高校におけるギャンブルの定義とは、“ゲームや競技の結果に対して金銭(イェン)を賭ける行為”を示す。校営ギャンブル以外でこれに類する行為をした際、罰則が適用される。

 そこで本気部は考えた。そして1つの妙案を見出した。つまり、“ゲームや競技の結果に対して金銭を賭けなければよいのだ”、と。

 その結果考え付いたのが“チップ”である。チップは本気部が“部費”として支払った額に応じて提供される。これは本気部の定義としては単なる“領収証”であり、誰がいくら部費を納めたかという証拠でしかない。特別な事情がない限り、部費の返還は認められていない。

 しかし、“特別な事情があれば”部費の返還はOKとされている。本気部は毎日の部活で色々“特別な事情”が起こっているため、申請して部費の返還を行っている(申請の審査を行うのは光森の役割だが、彼女は審査を通さないと本気部にいられなくなると思っているため、通らないことはない)。つまり、ゲームや競技の結果に応じてイェンを受け取ることが可能なのだ。

 ただ、これは某高校で通用する理屈である。外の世界では黒寄りのグレーゾーンなので、真似をしてはいけない。

「さて、さっそく始めましょう!」

 この日の部活、お題ジェンガが始まった。

「順番は私からでいいですか?」

「どうぞ」

「では遠慮なく。まずは華麗に50イェンゲットしてみせましょう!」

 菜々羽は意気揚々とジェンガタワーに右手を伸ばす。

 その時、ふと一矢は思った。

 簡単に菜々羽が50イェン獲得するのは何か腹立つ、と。

「祠堂。1万イェン札落としてるぞ」

「え、どこに?」

 一矢が指差した先の床を見る菜々羽。しかしそこには1万イェン札どころか1イェン玉すら無い。

「なんだ、ついつられてしまいました……」

 菜々羽はホッと胸を撫で下ろす。

 しかしそれは、一矢の罠だった。

 安堵して力が抜けた結果、菜々羽の指がジェンガタワーの中途半端な位置を突いてしまった。タワーがグラグラと揺れ出す。

「ホワァーッ!!」

 絶叫した菜々羽は伸ばしていた右手を引き、左手で揺れを押さえる。傾きかけていたタワーの動きが、ピタリと止まった。

「あ、危ない……一矢!私を動揺させようと、嘘をつきましたね!?」

「いやぁ~、おかしいなぁ~。本当に1万イェン札が落ちてるように見えたんだけどなぁ~」

 一矢は頭の後ろで手を組み、しらを切る。イカサマや妨害は引き際が肝心だ。

「全く、油断も隙も無い……」

 切り替えた菜々羽は真ん中あたりのブロックを抜き、危なげなくタワーの一番上に置く。

 そしてカードを引き、お題が見えるように机の上に置いた。

 お題は“50:次の人のターンが終わるまで逆立ち ”、“10:次の人のターンが終わるまでプランク ”、“1:次の人のターンが終わるまで正座”とあった。

「これはなかなか……」

「ま、祠堂はとーーぜん50だよなあ?」

 一矢が煽る。逆立ちを失敗させて、ひとまず菜々羽の賞金はゼロのままにしよう、という作戦だ。彼は過去に野球の練習の一環で逆立ちを行ったことがあり、それが簡単ではない事を十分に理解していた。ましてや次の人のターンまで続けるなど、かなりの身体能力が求められる。いくら菜々羽でも、これは無理だろう。

「い、いやに煽るじゃないですか、一矢……」

「いやいや煽ってなんかない。部長の良いところを見たいなーと思ってさ。なあ紗月?」

「わー、祠堂さんの逆立ち見たい―」

 紗月は無表情で手を叩く。勿論、セリフは棒読みである。

 菜々羽は焚きつけられればそれだけ燃えるタイプだ。いくら無理だとわかっていても「ここで引くのは恥!」とか言って大体何でもやる。

「いいでしょう。ではやります」

「ま、さすがに補助無しでやるのはさすがにむずいからな。壁使っていいぞ」

 一矢はわざと譲歩した。菜々羽の性格的に「舐めないで下さい!壁なんていりません!」と言って支え無しで無謀な挑戦をすると考えての策だった。

「舐めないでください!壁なんていりません!」

「……ふふっ。そうか」

 あまりに思い通りの展開になり、一矢は思わず笑ってしまった。今回のターン、菜々羽の獲得賞金がゼロになることが確定した、と思った。

 しかし。

「……フッ」

 菜々羽の表情に焦りは一切ない。その顔には、逆に笑みが浮かんでいた。

「なんだその笑いは」

「あら一矢、ご存じありませんか?人は余裕を感じると、つい笑みを浮かべてしまうんです」

「余裕……?まさか!」

「ええ、そのまさかです!」

 菜々羽は椅子から立ち上がり、床に手をつく。

 一矢は焦りを感じていた。

「(まさかこいつ、逆立ちするのか!?)」

 彼女の自信満々な態度を見ると、焚きつけてしまったのはゲーム的に不正解だったようだ。

「(まあ、こうなったら50イェン積まれるのはしょうがない。けどよくよく考えたら、これはマズイ!)」

 一矢の焦りは賞金以外のところから生まれていた。逆立ちが出来ることにより、賞金獲得よりもよっぽど大きな問題が現れてしまった。

「待て祠堂、落ち着け!」

「残念ですね一矢!文武両道を掲げる祠堂菜々羽にとって、逆立ちくらい楽勝です!まずは50イェン!」

「違う!そうじゃない!」

 一矢は額に汗を浮かべて、菜々羽の逆立ちを全力で静止した。

 彼のその様子に、今まさに両手で立とうしていた菜々羽は動きを止める。

「もう、何なんですか一矢。いくら50イェン取られるのが嫌だからって、ちょっと強引ではないですか?」

 彼女は口を尖らせて不満を露わにする。

「いや、賞金もそうだけど……」

 そう言って一矢は四つん這いになった紗月の下半身に目を向ける。

「……それで逆立ちする気か?」

「へ?何が……」

 一矢に言われて、菜々羽も表情を強張らせた。

 彼女は、スカートを履いていた。

 そのまま逆立ちをすればどうなっていたかは、考えるまでもない。ベロンと布がめくれて、太ももからパンツまで全て見えていただろう。

「っ……!」

 菜々羽は短く息を呑み、思わずその場でスカートを押さえた。そしてぐっと口を結んで一矢を見る。

「……変態」

「おいおいちょっと待て!おれ止めようとした側じゃん!?」

「……」

 普段だったら言い返してきそうなものだが、菜々羽は何も言わず、顔を真っ赤にしてただ一矢を睨んでいる。

「何か言ってくれ!マジでおれが悪い気になってくるから!」

「一矢君」

 そんな彼の肩に、ポンと手が乗せられる。

「そういうのはやめてほしい」

 紗月が呆れたように首を横に振る。

「待てって!おれ何もしてないし、何ならあいつのパンツを守ったぞ!?」

「パンツなら私が見せてあげるから。ね?」

「ね?じゃねえ!お前もお前でどうかと思う!」

「……一矢、変態」

「だからおれは何もしてないんだって!!」

 多数決により、何故か一矢が悪者になっていた。菜々羽のジェンガを邪魔した報いだろうか。

 結局、菜々羽は体操服に着替えて逆立ちをした。パンツを見せないようにするならスカートの下にズボンを履くだけでも良いのだが、“スカートがめくれる”事が嫌だったようだ。

「ホントに逆立ち出来るんだな……」

 壁を使って行う逆立ちであれば、一定の筋力とバランス感覚があれば難しくない。しかし菜々羽は何の支えもなく、両手でピシッと立っていた。

「ええ、まあ。何なら……」

 菜々羽は右手を床から離す。

「うわ、すげえ!」

 左手一本でも全くバランスを崩すことなく、菜々羽は逆立ちしていた。

「おほほほ!これくらい朝飯前です!」

 超人的な姿勢で、菜々羽は高らかに笑っていた。

「すげえ……」

 本気部結成の際には職員室で“ブリッジ手押し車”をやっていた。ボールが後ろに飛んでいくという深刻なバグがあったが、球技大会で見せた投球の威力自体は力強かった。球技が絶望的に出来ないだけで、身体能力は相当高いらしい。

 スポーツ経験者の一矢も、素直に感嘆した。

 なお、“それだけの身体能力があるなら競人部に入った方が稼げたんじゃないか”と思ったことは秘密である。

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