第8話:語り継がれる珍事

「第23回某高校球技大会ドッジボールの部!優勝は、本気部です!」

 試合後の表彰式。

 選手達はコートに整列し、一人一人メダルを掛けられていた。

 野球部は銀色。

 本気部は、金色。

「一矢、やりましたわ!私たち、優勝!」

 列の右端、リーダーの位置にいた菜々羽が金メダルを手に取り、表情を弾けさせる。心の底から嬉しそうだ。

「ああ、そうだな」

 彼女の左隣にいた一矢も自然と頬が綻ぶ。色々あったが、本気部は初めて部として参加したイベントで優勝することが出来た。貪欲に勝利を目指す彼らにとって、それは大きな報酬である。

 ただ、その喜びは勝利だけがもたらすものではない。

「やっと……やっとですわ!これで私は汚名を返上できます!!」

 菜々羽は何かから解放されたように、嬉し涙を流していた。

 そう、賞金だ。

 長い戦いの果て、彼らはついに金を手にした。特に残金20イェンの女にとってはその喜びもひとしおである。

「いやあ……本当に良かった」

 一矢もそれは素直に嬉しい。4月のゴタゴタで破壊されたテーブルとベッドを買える。

「うっふふふ、一矢くぅん……」

 そんな彼の背後に、ねっとりとした笑みを浮かべた紗月が迫る。

「な、何だ紗月!」

「何だじゃない。約束したでしょ、優勝したらロッカーで……」

「うっわ忘れてた!待て紗月、落ち着け」

「待てるわけない。うっふふふふふ……」

 紗月は悪いものでも食べたようにケタケタと笑い続ける。

「待て待て待て!ちょ、部長、助けてくれ!」

 一矢は菜々羽の背後に回り、彼女を盾にする。

「そんな事急に言われても……いえ、私は部長です。部員のためなら、盾にもなりましょう!」

 菜々羽はぽん、と胸を叩き、紗月と相対する。が。

「祠堂さん、3万イェンあげるから一矢君渡して」

「良いでしょう!」

「良くねえよ!金に釣られるな!」

「この世は金です!」

「最っ低だな!!」

「競人のために犠牲になってください!一矢!」

 今度は菜々羽が一矢の背後に回る。紗月の笑みが一層濃くなった。

「うふふふふふ、一矢君、ロッカーが待ってるよ……」

「待ってない!……そうだ祠堂!おれも3万イェンあげるから、犠牲になってくれ!」

「何言ってるんですか!まさか、金で仲間を売るつもりですか!?」

「5秒前と言ってる事がまるで違う!!」

 一矢は頭を捻るが、今の紗月を倒せる策は何も思い浮かばない。このままではロッカーで押し潰されてしまう。

 しかし、救いの手は意外なところから現れた。

「あの……その事なんですけど」

 いつも通り騒いでいた本気部に、一人の女性が近づく。本気部のクラスの担任である。

「ど、どうしたんですか先生!」

 一矢は今度は彼女を盾にする。さすがの紗月も教員に対しては二の足を踏む。

 彼は助かったと思った。最大の危機は脱した、そう思っていた。

「その……喜んでいるところ申し訳ないんですけど」

 しかし担任の発言は、本気部を有頂天からどん底に突き落とした。

「賞金は、没収になりました……」

「「……え?」」

 それを聞き、一矢と菜々羽がフリーズした。

「ちょっと待ってもらっていいですか先生。今何と?」

「だからその、賞金は、没収に……」

「「……は!?」」

 2人は担任に詰め寄った。

「僕達優勝しましたけど!?」

「どういう事なんですか先生!?」

「いや、その……」

 担任は一矢と菜々羽の後方に目を向ける。彼らもその視線を追う。

「……」

 そこには、紗月が破壊した体育館の壁があった。何かが撃ち込まれたかのようにコンクリートの壁が貫通し、グラウンドの端まで見えていた。

「その……先生たちも、本気部の皆さんが頑張ったことはよくわかっているんです。ただ、そのままにはしておけず……」

「……」

「学校からもお金は出すみたいですが、さすがに“あれ”をやってお咎めなしというのもどうかという話に……」

「ま、待ってください先生!」

 菜々羽が先生に縋りつく。

「あ、あれは上村紗月がやったものであって、私は何も関係はありません!」

 最低な発言だが、菜々羽同様に資金を必要としている一矢は何も言えなかった。

「それに、私は今20イェンしかないんです!賞金には、私の生活が掛かっているんです!後生です、この通り!!」

 菜々羽は体育館の床に膝をつき、それはそれは綺麗な土下座をした。指の先までしっかりと揃えられた、見事なものである。彼女の家柄が垣間見えた瞬間であった。

「お、おれからもお願いします!祠堂は今、水をおかずに水を飲む生活をしています!どうかこの通り!」

 一矢もゴンゴンと床に頭を打ち付け、土下座をした。正直菜々羽の惨状は自業自得だと思っているが、家具を買い換えたいと懇願するよりも、彼女の味方をしたほうが恩赦を与えてくれるのではないかという狡い算段だ。悪い意味で、彼も本気だった。

「あ、も、勿論、全部賞金を持っていくというわけではないですよ!あくまで一部です」

 生徒の土下座を見て、先生は慌てて弁明する。

「ほ、本当ですか、ありがとうございます!」

 それを聞いた菜々羽と一矢は、再び床に額を着ける。

 が、彼らは土下座しながらニヤリと笑みを浮かべていた。

「(あ、危なかった!やっぱり、交渉は人の情につけこんでこそですわ!)」

「(た、助かった!こいつを餌にして正解だった!)」

 金が絡むと人は良心を捨てる。その典型例であった。

 そして彼らはこう思っていた。「3万が貰えないのは痛いが、最低でも2万、いや1万は貰えるだろう。ひとまずそれだけあれば、文句は言うまい」、と。

 しかし。

「千イェンは賞金として渡すので、安心してください」

「「……は!?」」

 またしても、2人は揃って口をあんぐりと開けた。

「ちょ、ちょっとお待ちください先生!今千イェンと言いましたか!?1万イェンの間違いではなく!?」

「は、はい……千イェンです」

「ま、待ってくださいよ!千イェンって……祠堂だったら10秒で溶かしますよ!?」

「そ、そうです!千イェンなんて、触れれば消える泡と同じようなものですわ!」

「それは……競人をしなければいいだけでは……?」

「うっ」

 菜々羽の胸にグサッと何かが刺さった。

「それに貴方達、頻繁に学校のものを破壊してますし……それらも含めると、むしろ千イェン支給されるのはかなり寛大な措置ではないかと……」

「うっ」

 一矢の胸にもグサッと何かが刺さった。

 この担任、仕草や口調はおどおどしているが、言うべきことはしっかり言うタイプらしい。

「ご、ごめんなさい……」

 そして、3人のやり取りを見ていた紗月はプルプルと震えていた。

「か、一矢君、私のせいで賞金が……」

「いやまあ、その……」

 確かに、壁を破壊したのは紗月である。しかし、彼女のおかげで優勝した事も事実だ。責める気はさらさらない。

 ただ、一矢に迷惑を掛けたと感じている紗月にとって、彼のその態度は逆に良くなかった。

「ひ、否定してくれない!やっぱり私が悪いと思ってる!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!許して一矢君、私を捨てないで!」

 表情の起伏に乏しい紗月にしては珍しく、目に涙を浮かべ、一矢に縋りついていた。

「お、落ち着け紗月!」

「お詫びに何すればいい?あ、とりあえず……」

「おれのズボンに手を入れるな!」

「じゃあ脱ぐ……」

「脱ぐな!!」

 紗月は紗月で本気で一矢に許しを請うていた。決して、どさくさに紛れて一矢に触れようとしていたわけではない。

「ぎゃははははは!!」

 そして、その様子を見ていた光森はクールな印象からは考えられないような笑い声を発した。

「いい気味だな、本気部!私をハブったことを後悔しておけ!」

「それが顧問の言う事か!?」

 第23回某高校球技大会。ドッジボールの部において、本気部は見事優勝した。

 しかし彼らが晒した痴態と優勝賞金千イェンは、個性が爆発する某高校でも珍事中の珍事として語り継がれたらしい。

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