第6話:ぶっ潰してやる!!

「(つ、疲れた……)」

 試合会場まで続く通路で、一矢は大きなため息を吐いた。エキサイトした紗月に絡まれたことや、これまで多くの試合を戦ってきたことによる疲労を感じていた。

 しかし、疲労如きでうだうだ言っているわけにはいかない。次の試合に勝てば賞金が手に入る。3万イェンあれば、紗月や菜々羽に壊された家具を新調できる。

 本当の敵は本気部の2人ではないか?一矢の脳裏にそんな思考がよぎったが、それ以上はやめておいた。

「さあ、出陣です!」

「優勝!」

 その2人は決勝に向けてしっかり気合を入れていた。菜々羽は生活のために、紗月は優勝後に一矢と“遊ぶ”ために。

 本気部の中で唯一気後れしていた一矢。しかし通路から試合会場に出たとき、彼の心情はがらりと変わった。

「うわ、すげぇ……」

 会場に入った瞬間世界が変わり、疲労が消えた。まず目に入ってきたのは電光掲示板。普通、体育館に設置される電光掲示板は点数表示だけのものだが、それだけでなく会場に入ってきた本気部の様子も映し出されていた。そして360度、会場を取り囲むように観客席が設けられ、座席のほとんどに生徒がいる。彼らは一矢たちを見ると、歓声を上げた。

「頑張れよ、一矢ー!」

 背後の観客席から、3人に対するエールが飛ぶ。振り返ると、1-Aのクラスメイトがいた。

「応援来てくれたのか!?」

「当然だろ!」

 クラスメイトの男子が観客席の柵に身を乗り出し、叫ぶ。

「1-Aで何かやらかすのはお前らだと思ってるからな!!」

「それ悪い意味じゃね!?」

「祠堂も頑張れよ!!今日はいくらでも暴れていいぞ!!」

「ええ!やってやります!」

 祠堂菜々羽はこれまで、初対面の男子にモデルガンを突き付け、テロを働き、競人で負けて床を転がってきた。暴れられる場所を与えられた彼女がどんな活躍をするのか……何だかんだ、彼女は1-Aの期待を背負っていた。

「紗月ちゃーん!頑張れ!」

 紗月にも応援が飛ぶ。確か、紗月と教室で竹刀を振っていた剣道部の女子だ。

 彼女はわざわざ作成したのか、応援用のボードを掲げていた。

 そこには、ポップな字で“悩殺”と書かれていた。

「あれ何か間違ってないか!?」

「いや、合ってる」

 紗月は薄く笑みを浮かべて、剣道部の女子に向かって手を振る。

「この“夜の体操服”で、一矢君を悩殺しろってこと。気持ち、受け取ったから」

「仲間を殺してどうすんだ!」

 本気部の3人が日々暴れまくるせいで、1-Aのクラスメイトが影響を受け始めていた。その方向性はさておき、応援したいという意志は本物である。

 しかし、1-Aの応援を更に上塗りするような歓声が上がった。

「な、何だ!?」

「野球部です!」

 菜々羽が、自分たちの向かい側の通路から登場した3名を見て歯噛みする。

 柱のように隆々な筋肉がついた四肢。県大会で常に上位まで勝ち進むだけのことはある。

 そして、“壁”のように質量を持った応援が彼らを後押しする。圧倒的な“強者”のオーラが醸し出されていた。

「うん?」

 しかし一矢は相手チームを見て首を傾げた。メンバーの中に、見知った女性がいたからだ。

 前髪を左右に分けたショートボブ。顎は細く、線を引いたような目尻と眉が特徴的な、シュッとした感じの美人。

「あれ……先生じゃね?」

 光森は左右に野球部員を置き、本気部を見つめていた。

「……なあ、本気部」

 大歓声の中にありながら、光森の氷のように冷たい声がコートの反対側にいる本気部に届く。

「私は、本気部の顧問だよな?」

 彼女は、本気部に向かって一歩近づく。

「私は、本気部の一員なんだよな?」

 もう一歩近づく。

「あの日、そう言ってくれたよな?」

 もう一歩、近づく。

「ええ、ちょっと何あれ怖い!また何かやったのか祠堂!」

「ちょっと一矢!何でもかんでも私のせいにしないでください!」

「……っ」

 一矢と菜々羽のやり取りを見て、光森は唇を噛みしめる。目頭に力が入る。何かをこらえているような表情だ。

「なあ、どうしてだ……?どうして私はこっちにいて、お前たちはそっちにいるんだ……?」

「え、そりゃまあ……野球部の顧問ですし……」

「私は本気部じゃないのか!?」

 光森は拳を握りしめる。

「あのとき言ってくれたじゃないか、“いつでも貴方を迎えます”って!じゃあどうして、今日の球技大会に私は誘われていないんだ!?あんなに、あんなに嬉しかったのに……!あの話は嘘だったんだ……!」

 光森はとうとう泣き始めた。

「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい美穂ちゃん!嘘じゃありません!ねえ、一矢!」

「いや、まあ……」

 菜々羽が光森のことを“美穂ちゃん”と呼んでいるのは一旦置いておくとして、一矢は光森の様子に困惑していた。

 まさかあの教師、自分が本気部に誘われなかったことにショックを受けている?いやいや、いくら何でも成人した教師だぞ(風の噂で27歳だと聞いた)。何かイベントがあったら生徒は生徒同士でグループを組むのが一般的だろう。それに、誘わなかったからと言って光森を除け者にしたわけではない。彼女が生徒として本気部にいたら、必ず彼女も誘っていたはずだ。

 しかしそこは某高校。個性が暴走する場所である。それは、生徒だけには限らない。

「もういい!!」

 光森はジャージの袖で無茶苦茶に涙を拭うと、きっ、と本気部を睨んだ。紗月ほどではないが、彼女は高身長の部類に入る。紗月とはまた違った威圧感があった。

「どうせ私に居場所なんかないんだ!だったらもうぶっ潰してやる!!」

 そう叫ぶと、光森はぷりぷり怒りながら自分のコートのエンドラインに歩いていく。

 彼女の姿を見て、紗月がぽつりと呟いた。

「こっちにいたらいたで、野球部に同じこと言ってそう」

「うるさい!!」

 何やら穏やかでない雰囲気の中、ドッジボール決勝が始まった。

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