第5話:控室、ロッカー、男女
「ホァァーッ!!」
と菜々羽が地面に伏せれば、
「ハァァーッ!!」
と一矢は体をCの字にしてボールを避ける。
運動経験のある一矢、服装以外は何事もそつなくこなす紗月、秘密兵器の菜々羽。なんだかんだ面子の揃った本気部は、順調に勝ちを重ねた。
そしてあれよあれよと言う間に、決勝に進出したのだった。
「決勝戦です!」
菜々羽が控室で部員の士気を上げるために、拳を握り、声を上げた。
「これを勝てば賞金9万イェン!一人3万イェンです!我々は我々の為に、団結してこの試合に絶対勝たなければいけません!」
これまで予選はグラウンドで行われていたが、決勝は体育館で行われる。そのため、本気部は選手用のロッカーやベンチが置かれた控室にいた。体育館で実施する理由としては、「決勝戦は生徒がしっかりと観戦できるようにするため」らしい。実は、彼らのいる体育館は授業で使うそれではなく、バレーボール部やバスケットボール部が練習や試合のために使う“総合体育館”というものである。県のインターハイ予選の決勝が行われるレベルの設備があり、観客席も設けられている。“個性を伸ばすための設備、人材はすべて整っている”と校長が豪語するのも頷ける。
一矢は賞金も勿論のこと、この場所で決勝が出来ると知り、自ずとテンションが上がっていた。まるで自分がスポーツ選手になったかのように感じていた。
が。
「助けてくれぇぇぇぇ!!」
今の彼にそんなことを考える余裕はなかった。何故なら、ロッカーに押し込められそうになっていたからだ。
「球技大会、控室、ロッカー、男女……」
犯人は当然紗月である。彼女は血走った目でブツブツと今のシチュエーションを呟き、その体躯に秘められたパワーを全開にして一矢をロッカーにぶち込もうとしていた。紗月は紗月で、テンションが上がっていた。
「ちょっと貴方達、何を!?」
「え、控室のロッカーでやることは一つでしょ」
「真顔で変なこと言わないでください!」
菜々羽が顔を真っ赤にする。
「そ、そういうことは優勝してからです!!」
「む……?」
普段、紗月は一矢以外の言う事は聞かない(一矢の言う事もあまり聞かない)。その彼女が、菜々羽の発言に反応していた。まるで脳に天才的な閃きが舞い降りたような、そんな表情だった。
そんな紗月を見て、菜々羽は怪訝な顔をした。
「え、ええと、何かありまして?」
「なるほど……確かにこのタイミングだと、試合開始前に全部終わっていないといけない。けど試合後、それも優勝後なら時間を気にする必要はない。運動してテンション上がってるし、それに……ふふ」
紗月はにんまりと口角を上げた。この表情は、今朝一矢が“夜の体操服”に喜んでいると知った時のものと同じ、爽やかさとは真逆のねっとりとした笑みだった。
「お、おい、お前は一体何を考えている……?」
頭と右腕以外ロッカーに収納されている一矢。それだけでも十分な危機のはずだが、彼は紗月の表情から読み取れる思考に恐怖を覚えていた。
「いっぱい盛り上がって……あと、一矢君の汗」
ちらり、と紗月は背後のロッカーに入った一矢を見る。そして生唾を飲んだ。
「確かに優勝してからの方が良い」
「何がだ!?何が……おわっ!」
紗月は一矢をロッカーから引っ張り出す。そして彼のシャツをむんずと掴み、勢い良く控室の出入り口に向かっていく。
「私は私の幸せを手に入れるために、この試合に勝つ」
「待て待て待て!おれの幸せも考えて!」
「大丈夫、一矢君も楽しめるようにするから」
「そういう問題じゃねえ!」
「2人とも、次決勝ですけど!?チームとしての一体感はどこに!?」
「“一体感”!?」
「やめろ祠堂!今の紗月にセンシティブな単語を言うな!」
「一体感のどこが!?」
そんなこんなで、本気部は球技大会決勝に向かったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。