第2話:F

 某高校球技大会では生徒がチームを組み、複数の競技の中から1つにエントリーする。

 本気部メンバーは前日から、“ドッジボール”にする事に決めていた。野球部経験者の一矢を最大限に生かそう、という考えだった。

「それでは、名前を入力してください」

 受付の運営委員の案内に従い、一矢、紗月、菜々羽の3人はPCでそれぞれの名前を入力する。必要な手続きはこれだけだ。

 ちなみに、この球技大会への参加は強制ではない。運動が苦手な者は運営委員として日給3千イェンを受け取る事も可能だ。“やりたい”気持ちも“やりたくない”気持ちも尊重する、某高校らしい制度である。

「チームは3人でOKですか?」

「……あ、そういえば先生呼んでなかったな」

 一矢は光森のことを思い出す。本気部の顧問だ。

「あの人は野球部の方じゃないですか?」

 光森は野球部の顧問も兼任している。本気部と野球部のどちらを優先するかと言われたら、野球部だろう。

「それもそうだな」

 後ろに他の生徒達が並んでいた事もあり、結局彼らは3人でエントリーを完了した。

「はい、じゃあFグラウンドに向かってください」

 案内用のプリントを貰い、本気部はFグラウンドに向かう。

「にしても、Fって凄いよな。どんだけデカいんだよ」

 一矢はグラウンドを見て唸る。彼は部活で球場に足を運んだ経験があるが、それよりも圧倒的に広い。端から端まで行くだけで20分はかかりそうだ。聞いたところによると、6競技の予選がグラウンドで開催されるとか。

「一矢君、私Fより大きいけど」

 やけに対抗心を燃やした様子で、紗月が言う。

「何言ってるんだ」

「カップサイズ」

「そういう意味の“何言ってるんだ”じゃねえ!」

「一矢、今のは貴方に隙がありました。反省してください」

「おれが悪いの!?さっきの文脈で紗月のカップサイズの話をするわけがないだろ!?」

 菜々羽は目を細めて、自分の肩を抱くようなポーズを取った。一矢が悪いらしい。

「今のは絶対おれじゃないだろ……いや、おれか……?」

 段々と、一矢は罪の意識を感じ始めていた。確かに紗月なら、“F”と“デカい”の組み合わせからバストの話に繋がることも十分に考えられる。

「……今度からは隙を見せないようにするよ」

「“好き”を見せないだなんて、一矢君のシャイボーイ」

「アァーッ!!おれにはどうする事もできねえ!!」

 一矢は紗月と小学6年生からの付き合いだが、彼女と対等になれる日はまだまだ遠そうだ。

「ちょっと2人とも、今日はふざけている場合ではありません!」

 普段通りの一矢と紗月を見て、菜々羽が一喝する。

「今日は我々本気部の初戦です。もっと気を引き締めましょう」

 言われてみれば、この日は3人が“本気部”となってから初の学校行事だ。一応、部が成立してから2日目だが、1日目は部室で“叩いて被ってじゃんけんぽん”しかしていないので、彼らの実質的な初陣となる。

「本音は?」

「お金が欲しいです!」

 一矢の問いに対して、菜々羽は堂々と答えた。金は命より重い。

「ちなみに今はいくらあるんだ?」

「52イェン」

「ええ……」

 イェンの通貨価値は円と同様である。そのため、52イェン=52円しか持っていないのと同義だ。

「……1日1食、駄菓子ならまあ何とかなるか……?」

 イェンの支給日まであと3日、一日10イェン使えるならばまだ救いはあるか。

 と思った一矢だったが、菜々羽は少し目を逸らして口を開いた。

「……ちょっと盛りました。実はもう20イェンしかありません」

「何故盛った!?5月までどう過ごす気なんだ!?」

「うぅぅぅーっ!!」

 鳥の首を絞めたような声を出し、菜々羽はその場に崩れ落ちた。握った拳でバンバンと地面を叩く。

「卯月賞まではよかったんです!競人の他のレースで稼いでいましたから!けど卯月賞で5万!5万も溶けたんです!どうしようもありませんわ!!」

「ああ……」

 どうしようもなくはないだろう、と一矢は思ったが、あえてそれは言わなかった。結果、曖昧な声を出した。

「卯月賞に5万賭けなかったら良かったんじゃ」

「あぁぁぁぁ!!」

 一矢が押し殺したセリフを、紗月が何の躊躇も無く言った。結果、菜々羽は全校生徒のいるグラウンドでうつ伏せになってオイオイ泣き始めた。

「紗月!多分それは一番言っちゃいけない!」

「私、サバサバしてるので」

「今のはただの無神経だ!祠堂の腕持て!Fまで持っていくぞ!」

「Fまで持っていくってどういうこと?まさか祠堂さんのカップサイズを?揉んで大きくするの?それは許せない」

「いいからこいつを運べ!!公衆の面前なんだよ!!」

「了解了解」

 紗月は菜々羽の腕を持ち、一矢は脚を持つ。オイオイ泣いている菜々羽を組体操のように持ち上げて運んでいく。通りかかった他の生徒は何をやっているんだと彼らに白い目を向けていた。なお、慣れている1-Aの面々は全く意に介さなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る