第23回某高校球技大会

第1話:御託はいらぬ!!勝て!!

「……んっ」

 目が覚める。カーテンの隙間から日光が差し込み、部屋はすっかり明るくなっている。壁掛け時計を見ると現在の時刻は7時30分。起床のタイミングだ。

 佐山一矢はベッドではなく、フローリングに敷かれたマットレスから体を起こす。彼のベッドは前々日の騒動で大破したため、この形で寝ざるを得なかった。睡眠自体はとれたものの、関節が固まっている気がする。

 何となく部屋を見渡す。テレビ台の上にテレビが置かれ、その前にはゲーム機がある。漫画や教科書の入った本棚、ハンガー掛け、クローゼットなどがある。一人暮らしの部屋、といったところだろう。

 ただ、部屋の真ん中だけはがらんとして何も無かった。以前まではここにテーブルがあった。しかしそれも先日の騒動により大破してしまったため、そのスペースがぽっかりと空いている。テーブルが無いというのは意外と不便なので、どうにかすべきである。先日、クローゼットに封印されている上村紗月型ラブドールを何とかテーブルに使えないかと思い色々試したが、ダメだった。当然である。

 “壊れたなら新しいものを買えばいいじゃない”と思うが、某高校に入学してまだ3週間、4月第4週目の水曜日だ。某高校通貨のイェンは毎月初めに振り込まれる。5月まではあと数日ほどあるため、現状テーブルとベッドを買うような予算は無い。先日紗月が競人で買った金を一矢の口座に振り込んできたが、使うと後で対価を払わせられる予感がしたので定期預金にしてしまった。

 しかし一矢は諦めていなかった。この日、彼や哀れな友人が救われる可能性があった。

 食堂で朝食を摂り、朝の支度を整え、制服ではなく体操服を着る。

 寮を出て、向かう先は校舎ではなくグラウンド。ドーム球場2つ分はあるだろう。学校のそれとは思えないほど、とにかく広い。いたるところに白線が引かれ、カラーコーンや椅子、得点板や、運動会で見るようなテントなどが設置されている。そしてグラウンドの真ん中には、ひときわ大きな看板が置かれてある。

 そこには、“第23回 某高校球技大会”とあった。

 そう。この日、某高校では球技大会が開催されるのだ。

 大看板の足元には、各クラスが並んでいる。一矢は1-Aの列を見つけ、その最後尾に並んだ。

「おはよう、一矢君」

 後ろから声を掛けられる。紗月だ。

「ああ、おはよう紗月……ってうわぁっ!!」

 一矢は背後を振り返り、紗月の服装を見て声を上げた。

 彼女は体操服を着ていた。しかし明らかに学校指定のものではない。半袖のシャツは胸の下までしか丈が無い。彼女の無駄の無いウエストが完全に露わになっている。バストは一応隠れているが、シャツがパツパツになっているので逆に目のやりどころに困る。

 そして、下半身はブルマだった。短いソックスを履いている事もあり、太ももからくるぶしまで晒されていた。周囲の生徒たちも、色々な意味で紗月の恰好に目が釘付けになっている。

「お前何着てんの!?」

「体操服だけど」

「おれの知ってる体操服じゃない!」

「洗濯したら縮んだ」

「そんな器用な縮み方するわけないだろ!」

「まあ、ネットで買ったんだけど」

 紗月は自分の胸の辺りをさすり、襟をつまむ。

「……持ってる事には今更驚かないけどさ。なんで着てきたわけ?こないだは普通だったじゃん」

 先日の体育ではまともな体操服を着ていたので、“夜の体操服”だけしか持っていないわけがない。

「そりゃ、一矢君が喜ぶかなと思って」

 「どう?」と言って、紗月は一矢に自分のコスチュームを見せる。

「……」

 まあ、悪いわけがない。少なくとも一矢は、今の紗月を見てテンションが下がる人間ではない。自分の欲には正直である。

「ふふ」

 一矢の表情と視線を見て、紗月はにんまりと口角を上げた。

「うん、満足した。じゃあ着替えてくる」

「最初から着るな!」

 紗月は一矢に背を向け、寮に向かって帰っていく。極めて露出の高い服装を着て、にんまりと笑みを浮かべ続ける紗月に対し、他の生徒は不審な目を向けていた。

「……はあ」

 毎日の事ではあるが、紗月の突飛な行動には体力を持っていかれる。そろそろ慣れたいとは思っているが、手を変え品を変え紗月は現れるため、そう簡単にスルー出来ない。

 そして一矢の知り合いの中で、突飛な行動を取る者がもう一人いる。祠堂菜々羽だ。

 教室の中でモデルガンを突き付けて来たり、時速500キロのボールを射出する兵器(バッティングマシン)を野球対決に持ってきたり、彼女も何をしでかすかわからない。「古代オリンピックの正装です!」と言って全裸で現れたり、「祭りですわ!」と言って法被にふんどし姿で現れたりするかもしれない。

 考えれば考えるほどそわそわしてくる。何を想像しても「アイツならあり得る」となってしまう。

「あら、おはようございます一矢」

「!」

 後ろから声を掛けられる。一矢は一度深呼吸した。もし彼女が変な恰好をしていたとしても、まずは落ち着いて対応しよう。

 そしてゆっくりと振り返る。

 そこには何と、白いシャツの上に学校指定のジャージを羽織り、丈がくるぶしまである長ズボンを履いた菜々羽がいた。

「うん?」

 一矢はもう一度菜々羽を見る。長袖のジャージにくるぶしまでのズボン。ふむ、体操服だ。まごうことなき某高校指定の体操服だ。

「……な、何ですか?挨拶もせずにジロジロと……」

 見つめられた菜々羽は虫の居所が悪そうにする。ファスナーを開けていたジャージの前の部分を手で寄せ、白いシャツを隠すようにした。

「祠堂はその辺りまともで本当に良かったよ」

「……?」

 菜々羽は唇を尖らせて怪訝な表情をしていたが、一矢は皆まで言わなかった。

「そういえば、今日は髪括ったんだな」

 一矢が菜々羽の髪の毛に目を向ける。普段は背中まである黒髪をそのまま下ろしているが、この日はそれをつむじくらいの高さで括っていた。

「ええ、まあ。今日は絶対に勝たないといけないですから!」

 菜々羽が体操服のポケットから、前日に配布されていた球技大会のプログラムを取り出す。その表紙に堂々と書かれていた。

 “賞金あり!!”、と。

 この日の朝、一矢が考えていた“可能性”とはこれだ。

 この球技大会は、ただの運動会ではない。某高校らしく、各競技で5着以内に入った場合、賞金が出る。1位から9万、6万、3万、2万、1万イェンだ。1か月に1回支給される金額が3万であることを加味すると、1位を狙う価値は存分にある。ちなみに、某高校球技大会は最少3名で1チームを組み、1つの競技にエントリーする。賞金は1チームに支給されるため、3名のチームが1位を獲った場合は1人あたり3万分が支給されるというわけだ。

 一矢はこの賞金を手にして、入学後のゴタゴタで破壊された家具をどうにかしようと目論んでいた。

 そしてその気持ちは、先日の卯月賞で5万イェンが消えた菜々羽も同様であった。

「頑張りましょう!」

「ああ!」

 菜々羽が一矢に握りこぶしを差し出す。一矢も右手を握り、パン、と打ち合わせた。

 これまで幾度となく衝突した一矢と菜々羽が、“金”という共通の目標のためについに結託した。現金な事この上ない。

 そして学校指定の体操服を着た紗月が合流し、開会式が始まった。

「では最初に、校長先生の挨拶です」

 司会の教師が促し、大看板の下辺りに用意されていた演台に大柄な男性が上がる。某高校の校長だ。今日はスーツではなく、上下に迷彩服を着て、帽子を被っていた。あれだと完全に軍人だ。あの恰好で何を話すのだろう。ざわついていたグラウンドが自然と静まり返る。

「……ふぅ」

 マイクスタンドの前に立ち、校長が一つ息を吐く。そして徐にマイクのスイッチを“オフ”にして、叫んだ。

「御託はいらぬ!!勝て!!以上!!」

 ドーム2つ分のグラウンドの端から端まで、その声はマイクなしで轟いた。

 余韻の中、カツン、カツンと校長が演台を降りる足音が響く。

 誰かが、伸ばした右手を額の前に置く。その動きは波のように広がり、生徒、教師まで続いていく。そして最後の1人が敬礼した瞬間、その場の全員が声を上げた。

「はっ!!」

「これにて、開会式を終了します!」

 時間にして僅か1分。それだけで、この場にいる者を奮い立たせるには充分であった。

 入学式の時には周囲の熱量に引いていた一矢だったが、今や彼も某校生。指先までピンと伸ばした敬礼をしていた。

 賞金9万イェンを賭けた球技大会が、始まった。

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